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白石和彌監督、日本ノワール復興への思い「チャレンジしなければ表現ではない」

近年の映画賞レース常連として名を馳せ、いずれ日本映画界を背負って立つ存在になることを誰もが疑わない白石和彌監督。若松イズムを受け継ぐ白石監督の最新作『孤狼の血』は、近年、日本映画界を席巻している“キラキラ”“胸キュン”といった若年層向けの作風とは真逆を行く、日本ノワールの真骨頂。東映によるメジャー配給で日本映画シーンに一石を投じる白石監督が、本作に賭ける熱い胸のうちを語った。

腹をくくって、魂を削って臨まなければいけない

  • 『孤狼の血』を手がけた白石和彌監督

    『孤狼の血』を手がけた白石和彌監督

――東映の“得意技”ともいえるジャンルの復活を期待されての熱いオファーだと思いますが、お話を受けたときの思いは?
白石和彌もう困ったなと(笑)。「深作欣二監督、中島貞夫監督、笠原和夫さんらが作り上げてきた『実録やくざ』路線のようなエネルギーのある映画を、柚月(裕子)先生が書かれた『孤狼の血』でやりたい」という話を聞いて、もちろん熱意は伝わったし、胸は熱くなりましたが、東映さんの金看板を背負って、しかも勝ってくれと……。僕で大丈夫なのかなというのが正直な気持ちでした。

――逆にいえば、それだけ命運を賭けた作品だからこそ、白石監督のもとへお話がいったのではないでしょうか。
白石和彌振り切った映画にしてくれると感じてくれたみたいですね。3億円の製作費なんて、これまでの自分の作品にはありませんでしたから、こんなすごいチャンスをいただけるのは映画監督冥利につきるわけで、困ったなと思いながらも、腹をくくって魂を削って臨まなければいけないという気持ちも強かったです。

――まさに「魂を削った」という言葉通り、近年のコンプライアンスや規制などという風潮をものともしないハードで重厚な仕上がりです。
白石和彌表現する以上は、当然しっかりと描きたい。昔は当たり前にできていたことが、いまは自主規制をかけてしまうことが多いんです。でも、どんな作品でも、チャレンジをしなければ、それは表現ではない。だからといって、いたずらに露悪的なものをやりたいというわけではないんです。映画のテーマとして必要な表現は、たとえ目をそむけたくなるようなものであってもしっかり描くということです。とはいえ、上映できなくなると困るので、映倫(映画倫理機構)さんにはちゃんとおうかがいをたてましたけど(笑)。

――「必要なものは描く」というポリシーのなか、とくにこだわった部分はありましたか?
白石和彌ある登場人物の死体があがるところで、(松坂)桃李くんが顔をのぞくシーンがあるんですけど、スタッフたちが顔を映すことに反対しました。「1時間半以上ずっと見てきて、あそこで生々しいシーンは映さなくても……」と。でも、それは作り手が観たい、観たくないではなくて、しっかり描くことで後半さらに思いが強くなる。物語を綴るうえでは絶対に必要だと思ったんです。この作品はそういう部分を描くからこそ意味がある。そこで引いてしまうから、日本映画は韓国ノワールの後塵を拝してしまうんです。いまの日本映画は、本当のノワールのお客さんを失っているような気がします。

動画配信サービスが今後の転機になっていく

撮影現場のメイキングカット

撮影現場のメイキングカット

――日本のノワール映画の系譜は、途絶えてしまっているのでしょうか。
白石和彌なくなってきていますよね。単純に映画会社がお客さんが入らないと思っているから、企画にもあがらない。Vシネマがあったときは、観ている人もそれなりに多かったのですが、粗製乱造になって衰退していってしまった。もちろん、三池崇史監督のようなスター監督や、個性的な俳優たちも生まれたのですが、あとが続かない。日本ノワールがなくなっていったのは、商業活動として見れば当然の判断の結果かもしれません。

――とは言っても、いまの日本映画シーンを見ると似たような映画ばかりで、本作が新たな日本ノワールの起爆剤になってほしいという期待も高いと思います。
白石和彌そうなってくれればうれしいですね。僕はプログラムピクチャーのつもりで撮っているので、こうしたジャンル、シリーズが続いていくことが大切だと思います。しかもそれが東映ということが重要なんです。SNSで「これは東映だから作れた映画ではなく、東映以外で作ってはいけない映画」とつぶやかれていたんです。それを見て嬉しくなりました。東映さんが腹をくくってやったことが、いろいろなところで話題になっています。いまは眠っている全国の東映やくざ映画ファンが、映画館に再び足を運んでくれたら、続編の可能性も出てくるし、こういった路線ももっと増えてくると思うんです。

――「腹をくくった」という言葉が何度か出てきましたが、いまの日本商業映画は、白石監督が目指す表現は難しいのですか?
白石和彌動画配信サービスが増えてきていますが、今後の大きな転機になっていくような気がします。規制が多く表現が制限されると、より自由な方に流れる可能性はある。動画配信サービスがオリジナル作品を作っていますが、そこで人気を博した作品が劇場に集まって、お客さんが盛り上がれるような形で映画館で公開されるなんて時代も目と鼻の先なのかもせいません。ただ、日本はアメリカと違って、配給と興行が一体になっているので、なかなか自由が利かないことが多い。そこが少しでも変われば、映画界自体がもっとおもしろくなると思うんですけどね。

――やはり作り手にとって、自由に好きな表現ができるというのは魅力ですよね。
白石和彌もちろんそれはありますが、視聴料を基準とする動画配信サービスにおいても製作費とのバランスは出てくるだろうし、すべてが自由ではないでしょう。逆にこういった形態に触発されて、劇場映画でしかできない表現がより追及されることもあるだろうし、まだまだ映画にはできることはあると思います。そもそも原点に帰れば、映画館は作品を繰り返し流しているだけではなく、多くの人と空間を共有することが醍醐味なんです。満員の映画館で観る映画はおもしろい。それが映画の豊かさであることを僕たちはもっと広めていかなければいけないと思います。

ほぼ途絶えてしまっているノワールに夜明けを

――日本の伝統的な“やくざ社会”は海外でも注目を浴びそうです。
白石和彌もちろん海外の人の反応にも興味はありますが、最近は海外の映画祭も直接的な暴力描写には厳しいらしいんです。韓国ノワールもなかなか世界に出ていけない。イタリアなんかマフィア映画が人気ありますから、おもしろがってくれそうですけどね。

――いま、中国市場も大きく注目されています。
白石和彌最近、僕の映画では所々で中国をディスってしまっているので、謝りたい(笑)。もちろん魅力的な市場だと思いますが、日本人の几帳面さで向き合うと、苦労して嫌な思いをすることも多いと聞きます。

――今年は日中合作映画の製作協定もいよいよ締結されそうで、より親密な関係に進んでいくこともありそうですが。
白石和彌スクリーン数も人も多くて、魅力的な部分は多いと思いますが、中国のルールもあるので、そこに対してどれだけ順応できるかという問題も出てきます。もし、『孤狼の血』がヒットしなくて「当たらないから少女漫画の実写映画どう?」なんて日本で言われたら、需要のある国に行って、自分の得意なジャンルの映画を撮るかもしれませんけどね(笑)。

――近年は若年層向けの映画が多く、本作をどうやって大きな興行に持っていくかという興味もあります。
白石和彌ヨコハマ映画祭で監督賞をいただいたのですが、その際、西田敏行さんが挨拶されて「僕たちはコンテンツを作っているのではなく、作品を作っているんです」とスピーチしていました。マーケティングとかコンテンツというと、若年層にリーチしなくてはいけないという話になるけれど「いやいやそうじゃない」という気概は僕らにはある。実際、『孤狼の血』に「いままで観たい映画がなかったから、作ってくれてありがとう」という声も届いているんです。「マーケディング的には」みたいな決めつけをしないで欲しいという思いはあります。

――そのようなマーケティング理論を気にかけないかのようなキャスティングも魅力的です。
白石和彌役所さんが参加してくれて、勝負できる映画になりました。もし、役所さんが引き受けてくれなかったら桃李くんもツモれていたかわからない。役所さんのすごいところは、当たり前かもしれませんが、他の役者への影響力です。役所さんのテンションに全員が引っ張られて、ものすごい作品ができ上がりました。本当に幸せな現場でした。

――改めて、今作に込める想いを教えてください。
白石和彌『博奕打ち 総長賭博』や『仁義なき戦い』からの実録ヤクザ映画の流れって、実はそこまで長く続いていないんです。そこでほぼ途絶えてしまっているジャンルが、この映画によって、新しい元号がどうなるかわかりませんが、「○○ノワールの夜明け」みたいな位置づけになってくれたらいいなという期待は持っています。東映さんがここまで自由にやらせてくれた作品、僕としても何とか勝ち戦に持っていきたいです。
(文:磯部正和/撮り下ろし写真:逢坂聡)

『孤狼の血』

 物語の舞台は昭和63年、暴力団対策法成立直前の広島。所轄署に配属となった日岡秀一は、暴力団との癒着を噂される刑事・大上章吾とともに、金融会社・社員の失踪事件の捜査を担当する。常軌を逸した大上の捜査に戸惑う日岡。失踪事件を発端に、対立する暴力団組同士の抗争が激化していく――。
監督:白石和彌
キャスト:役所広司 松坂桃李 真木よう子 中村獅童 竹野内豊 石橋蓮司 江口洋介
5月12日(土)全国公開 【公式サイト】http://www.korou.jp/(外部サイト)
(C)2018「孤狼の血」製作委員会

提供元: コンフィデンス

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