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CREATORx2 TALK:Vol.2『映画監督・押井守×伝統文化再生屋・丸若裕俊:世界に打って出る“高級な駄菓子”』

構想15年、製作費20億円。世界20ヶ国で上映された超大作『ガルム・ウォーズ』がいよいよ日本で公開される押井守監督。そして、そんな独特の世界観と映像美で世界を魅了する鬼才に多大な影響を受けたと語る、日本伝統文化を再構築するクリエイティブディレクターの丸若裕俊氏。今回は、世界を股にかけて活動するアニメ界と伝統文化界のクリエイターの異色対談が実現。それぞれの業界に共通する職人との仕事とは? 世界の人々は日本の何に注目するのか? ジャンルを超えてクリエイター同士が熱く語り合った。
僕がアニメを作らなくなっている最大の理由は
一緒に作る職人がいなくなってきていること (押井守)
丸若裕俊僕は『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』に非常に大きな影響を受けていまして、今までに100回以上は観ていますが、伝統工芸の世界に通じるものがあると思っているんです。
押井守ありがとうございます。それはおもしろいですね。僕は工芸品が好きなんですよ。美術作品だとなかなかとっつきにくいというか。やはりふだん使っているグラスやお茶碗、皿、ハサミだったり、そういったものの延長で表現をされると、分かりやすい。おもしろいなと感じるんです。
丸若裕俊工芸品は道具ですからね。
押井守道具の世界には独特の合理性がありますから。でも、オブジェになるとあまりにも自由で、何を基準にしようとしているのか分からない。それは映画の映像もそう。ある程度、自分たちの日常につながっている部分がなくてはいけない。あまりにもぶっとんだ表現だと、すごいなと思っても、あまり魅力を感じないんですよ。
丸若裕俊押井さんの作品を観ていて感じるのはそういうリアリティなんですよね。
押井守ところで伝統芸能に関わっている人たちって一般的に古い考えの人が多いじゃないですか。いわゆる職人に、パトロンや旦那衆がいるわけですが、新しいことをやろうとすることに対して、あつれきが生じたりはしませんか?
丸若裕俊それはすごくあります。そういうとき、職人さんたちには「丸若に言われたからしょうがなく作ったんだ」と僕を悪者にしてくださいと言っています。そうすることで職人同士の摩擦を少なくしながら、日本の伝統工芸のために今の時代にやるべきことを僕なりに提案しています。
 伝統工芸とは、何百年も続いている世界なんですが、実際に伝統的なものを作っている現代の職人は、コンビニに行くし、携帯電話も持つし、インターネットだって使う。すごく不思議なタイムレスな感覚とそこに生まれる価値があって、そういったところに魅了されました。その世界に気付かせてもらったきっかけが、押井さんの作品だったんです。中学3年生くらいの頃に、テレビCMでたまたま目に入ってきた『攻殻機動隊』の映像に心を奪われました。その頃はまだネットがなかったので、今のは何だったんだろうと本屋で必死に調べた記憶があります。
映画監督:押井守
1951年東京生まれ。タツノコプロダクション入社。1977年にテレビアニメ『一発貫太くん』で演出家デビュー。スタジオぴえろを経てフリーランスに。1995年の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で世界的な評価を受ける。2004年の『イノセンス』はカンヌ国際映画祭オフィシャルコンペティション部門に正式出品。続く2008年の『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』はヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に出品されるなど、日本を代表する映画監督として名高い。最新作『ガルム・ウォーズ』が5月20日より公開。
『ガルム・ウォーズ』公式サイト(外部サイト)
押井守アニメ作りも職人の世界です。とにかく彼らは偏屈だし、言うことを聞かなくて気難しい(笑)。自分のパートを120%完璧にやりたいと思うものなんだけど、それをやらせると作品が破滅の道に向かってしまうので、90%でいいじゃないと。「そろそろ出してよ」って言いながら、なだめたり、すかしたり。最後には「出せよ、この野郎」と脅したりして(笑)。そういう世界ですよ。
 ただ、国内ではそういう精度が高い仕事ができるのは、おそらく業界全体の5%以下くらい。今の若い世代は個人主義になってきているし、画はうまくなって世の中の評価は受けたいけれども、上の世代のおやじたちみたいな破滅的な仕事の仕方はしたがらなくなりました。僕がアニメを作らなくなっている最大の理由は、一緒にやってくれる人間がいなくなってきているから。そういう職人は全体から見れば滅びつつあります。
丸若裕俊そうなんですか。アニメ界って、まさに寝食を忘れて物作りに没頭する職人たちが集まった世界のような印象がありました。キツイ職業ではあるんだろうなと想像していましたが、それでもそこに打ち込む熱い気持ちがあって人生をぶつけているといいますか……。
押井守僕がやってきたことは宮大工みたいなところがあって。職人が作ってきたパーツを集めて、それを組み立てて作品を作っていくということ。一方、テレビでやっているようなアニメは建売住宅みたいなもの。そういう意味では、やっていることが少し違うんですよ。ただ職人にとって、何か新しいことをやろうというのは過去の自分を否定することだから。例えば『攻殻機動隊』のときにやったのが、デジタルのCGを導入することでした。手描きアニメの時代はデジタルが敵だと思われていて、とにかく職人たちを説得しました。それに乗る人もいたし、新しいことをやりたがらない人もいました。だから一緒に組む職人がどういう仕事をするのか見極めることも大事。そのために一緒に酒を飲んだり、“事情通”に話を聞いたりもします。「あの作品のあのパートはすごかったけど誰が描いたの?」と聞くと、「実はあれを作った人はクレジットとは違っていて、作画監督がすべて直している」とか。そういう裏の裏まで調べないと、仕事を発注した後で痛い目に遭うんです。だからアニメ監督というのは、プロデューサーみたいなところはあると思います。
西洋人が気にしているのはオリエンタリズム
自分のカテゴリーや文脈にない美しさに魅了される (丸若裕俊)
丸若裕俊押井さんは世界に作品を発信されていますが、僕も日本の伝統文化を海外に紹介していくなかで感じていることがありまして。日本人が作るものが海外で評価されるのって、マジメさや品質の良さといった部分だと思われがちですけど、西洋人が気にしているのはオリエンタリズムというか。自分たちがこれまで抱いてきたカテゴリーや文脈に当てはまらなくて、分からないものだけど美しい。そういうものに魅了されていますよね。
押井守彼らはすごく貪欲だから、自分たちの周辺にない表現を絶えず求めているんです。日本のアニメーションの動き、キャラクター表現、デザイン、色彩など貪欲に取り入れています。でもそういう表現を求めているけれども、その心というか、なぜこの表現が出てきたのかということに関しては意外に淡泊というか、全然興味がない。
丸若裕俊本当にそれは感じます。逆に日本人は心を知ってもらいたいと思うから、そこを一生懸命に説明するけど、彼らはあまり理解しようとしないですね。
丸若屋代表、日本文化の再生屋:丸若裕俊
1979年東京生まれ。2010年、株式会社丸若屋を設立。日本で育まれた多種多様な伝統・英知・技術を徹底的に分析し、再構築によって生まれる研ぎすまされたプロダクトアウト、プランニングを行う。2015年9月、フランスと日本の日常を繋ぐ姿をテーマに、テーブルウエアシリーズを中心にしたプロダクト「NAKANIWA」(猿山修氏デザイン)製作。2016年1月、日本初の空港型市中免税店「Japan Duty Free GINZA」の中の日本の美しい品々を集めた「The 800 Hands Japanese Beauty」のブースコンセプト、一部商品セレクションなどを務める。
公式サイト(外部サイト) 
押井守そこは日本の職人にも似たようなところがあって。CGと手描きの絶対的な違いって何かと言うと、ノイズがとても多いことなんです。(『攻殻機動隊』の主人公)草薙素子の顔も、アニメーターが100人いれば100人とも全然違うわけです。でも、CGだとみんな一緒になってしまう。最近は工夫して、アップは別に描いたりしていますけど、それでも人間の手で描く画ほどノイズが入らない。作品に宿る観る人を惹きつける力には、手業による膨大なノイズが人をひるませることがあります。手業の価値ってそこにしかないから。でも実際、職人さんはそれを自覚してやっているわけではないんですけどね。
丸若裕俊押井さんはそれを感じていても、職人さんはそこに興味がないと。
押井守全然ない。だからあの人たちに仕事をさせるためには高いハードルをあえて設定する必要があるんです。あえて無理なことやらせる。そうじゃないとノイズが出てこないから。結局、職人さんにはプロデューサーやパトロンが必要なんです。アニメは、今はそのパトロンがブルーレイやDVDを買ってくれる一般層になっただけ。最近はクールジャパンも含めていろいろな人が訪ねて来て、世界に発信してほしいと言われるんだけど、今まではそういうつもりで仕事をしてこなかったから。そもそも『攻殻機動隊』だって、まさかあそこまでヒットするなんて思っていなかった。でもやってみたら確かに環境が変わってしまったんです。そこで意識して同じことができるかっていう話なんですよね。
いつの間にか日本人的な感性が出てしまう (押井守)
押井さんの絶対的な世界は変わらない (丸若裕俊)
丸若裕俊意識してそれをやるのは非常に難しいことですよね。押井さんの最新作『ガルム・ウォーズ』(5月20日公開)を拝見させていただきましたが、押井さんがやろうとしていることは一貫しているんだなというのを感じました。どんな世界であっても、押井さんの絶対的な世界観は変わらないんだと。
押井守今回はカナダとの合作で作ったんですけど、契約的な問題でほとんど向こうのスタッフとキャストを起用することになりました。それで自分の映画が作れるのか、というチャレンジだったんです。その結果、打ち上げパーティーでカナダ人のプロデューサーから「これはヘンな映画だ」と言われて。英語で作られているし、出演しているのもカナダ人の俳優なのに、独特な目の動きとか、後ろ姿のたたずまいとか、どう見ても日本映画にしか見えないと。自分では意識していなかったんですけど、どこでどんな状況で撮っていても、いつの間にか日本人的な感性が出てしまうんですね。
丸若裕俊自分も常々思っていますが、“クールジャパン”や“メード・イン・ジャパン”を無理やり打ち出さなくてもいいということですね。
押井守先日、イタリアのコミコンに呼ばれたんですけど、『プリキュア』や『美少女戦士セーラームーン』のコスプレをしている人がたくさんいて、“カワイイ”が共通の感性として定着していました。基本的に僕がやっていることってそこと変わらなくて。高級な駄菓子みたいなものなんです。ある意味、ビー玉みたいなものだとも言えますよね。水を注いだグラスのなかにビー玉を入れて、光を当てると、宝石よりもキレイに見える。それが監督の仕事なんです。

丸若裕俊フランスで星を取っている日本料理レストランはたくさんありますけど、ほとんどがもともとは屋台料理、もしくはファストフードですからね。寿司も蕎麦もそうですし、たこ焼きやギョーザも屋台からです。
押井守そうなんです。自分がやっていることも、難しいことをいろいろと並べているように見えるかもしれないけど、コスチュームを着て、マントをひるがえして敵と戦ったり、戦車を走らせたりということなんです。一歩間違えれば、ただのコスプレ大会になってしまうようなこと(笑)。それをいかにして回避させるのか。そういう知恵がなかったら映画なんて絶対に作れない。
丸若裕俊パロディではなく、いかにリアルにするかだと。押井さんの作品って、しっかり予習して、予備知識を持って観ないとついていけないとか思われるかもしれないんですけど、僕からするとまったくそんなことはなくて。気構えずにいきなり飛び込んでも、難しいことはなにもなくて、その世界を純粋に楽しめると思います。
押井守毎回やっていることは一緒なんです。器が違うだけで。ハードボイルドだったり、アクションだったり、SFだったり。今回の『ガルム・ウォーズ』はファンタジーの器に載せてみたということです。
丸若裕俊今回はどんな器に載っているんだろうという楽しみが毎回ありますね。
押井守それが職人と一緒にやる大変さでもあり、おもしろさでもあります。
丸若裕俊いろいろお話をうかがって、衝動がないとものは生み出せないんだとすごく感じました。作品を作るたびに誰かと決別して、敵ができてしまうこともある。それは海外では当たり前のことだし、グローバルに仕事をしていくということでもあると思います。ただ、その一方で、本質的に物事に迫りながら、決して手を抜かず、日本人らしさも追求する。そんな押井さんの信念を感じて、自分にもそういうところがあると共鳴する部分がありました。今日は本当に刺激的な時間でした。
(文:壬生智裕/写真:逢坂 聡)

それぞれの業界の第一線で活躍するクリエイターズが、“これだけは欠かせない”こだわりの仕事アイテムをひとつご紹介します!
押井守監督/ワンワン手帳
「この手帳が大好きで。同じメーカーのワンワン手帳を15年以上使い続けています」(押井)
「ワンワン手帳という名前の手帳なんですか?」(丸若)
「いや、これは勝手に呼んでいるだけ(笑)。今年は柴犬ですけど、毎年微妙にデザインが変わっているんです。スケジュールを手帳に書かないと忘れてしまうけど、よくあるのが手帳に書いたけど見るのを忘れたということ。やはり持っていたいと思うものじゃないと見ないですよね。僕は犬じゃなかったら手帳は持たないと思う。好きな道具ってそういうものですよね」(押井)
丸若裕俊氏/お茶
「道具とは少し違うかもしれませんが、佐賀県の嬉野で作っているお茶です。仕事の合間とかに飲むお茶の時間って、とても“日本人らしい時間”だなと思っていて。実はいま、従来の伝統的な日本茶の概念を変えたく、日本中の茶葉を探求しているところなんです。今後は茶道具と合わせ、海外に発信していきたいと思っています」(丸若)
「これは新茶ですか?」(押井)
「そうです。これは水出しがおいしいお茶なんです。これからの季節に合う、冷たくて飲みやすいものをセレクトしてきました」(丸若)
「うん、おいしいですね。僕は20年前に熱海に引っ越して、静岡県人なんですよ。お茶は毎日飲んでいます」(押井)
「今日は押井さんに飲んでもらえて良かったです」(丸若)

ガルム・ウォーズ

 はるかなる古代、戦いの星・アンヌン。ここにはガルムと呼ばれるクローン戦士が生息し、果てしない争いを繰り広げていた。空の部族コルンバの女性飛行士・カラは、陸の部族・ブリガとの戦闘の最中、クムタクの老人・ウィド、ブリガの兵士・スケリグと出会う。ウィドが投げかける不可思議な問いによって、敵同士である彼らの間に奇妙な連帯が生じる。そんな3人は、海の向こうのはるかかなたにある伝説の聖なる森「ドゥアル・グルンド」を目指す旅に出る。

原作・脚本・監督:押井守
出演:ランス・ヘンリクセン、ケヴィン・デュランド、メラニー・サンピエール
声の出演:壤 晴彦、星野貴紀、朴ろ美(「ろ」はたまへんに「路」)
音楽:川井憲次
日本語版プロデューサー:鈴木敏夫
宣伝コピー:虚淵玄(ニトロプラス)
2016年5月20日公開 【公式サイト】(外部サイト)
(C)I.G Films

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