風前の灯がヒットコンテンツに 『あ、安部礼司』に見る“ラジオドラマ”の可能性
「ユーミンの後番組がこれ?」 リスナーの戸惑いから始まったラジオドラマ
だが、1939年にテレビ放送が実験的に始まり、その後映像として視覚でも楽しまれるテレビが一気に家庭に普及すると「ドラマ」もテレビへ移行。ラジオドラマの数は徐々に減っていった。そんな「逆風」どころか、”風前の灯”の中で立ち上がったのが、『NISSAN あ、安部礼司 〜BEYOND THE AVERAGE〜』だ。
番組開始は2006年4月。当時、ラジオ全体で絶滅寸前だったラジオドラマを復活させ、ごくごく普通のサラリーマン「安部礼司」を主役に据えた番組が始まった。英語の「平均的な」を意味する「average=アベレージ」をもじった名前からして、その内容も軽いタッチのコメディスタイル。安部礼司がトレンドの荒波に揉まれる姿と、それでも前向きに生きる姿が描かれる話に思わずクスッとなる。憂鬱になりがちな日曜夕方5時に聴きたくなる番組を想定して作られた。
だが、番組開始から数ヶ月はリスナーから「ユーミンの後番組がこれ?穏やかな日曜の夕方を返して欲しい」などの反響が寄せられたという。それは、『あ、安部礼司』がスタートする以前に同枠を担当していた松任谷由実がパーソナリティを務める番組が別枠へ移行したためだった。当初、『あ、安部礼司』のキャストやスタッフなどはあえて明かさず、有名人を起用するわけでもない異色の存在だったが、コメディタッチで、新たなテイストで作られた完全オリジナルストーリーのラジオドラマに珍しさを覚え、共感をするリスナーが徐々に増えていった。
高橋(人気を実感したのは)番組開始1年未満でブログへのコメントが3ケタを超えた時。SNS黎明期だったため、番組当初から始めたのはブログ。安部礼司が放送内容の雑感を日記のように発信していくと、コメント欄に『安部さん、放送聴きました。今日は会社で大変でしたね』といった投稿がみるみるうちに増えていきました。その時、これはお化け番組になるのではと思いました。
ターゲットの絞り込みが功を奏してヒット 次代を担う作家の育成も
高橋35歳の男性サラリーマン、安部礼司をこの世にいるかのように作り上げるために、その世代の属性を徹底的にリサーチし、プロファイリングを詰めていきました。そのなかで35歳の人が青春時代に聴いていて、いま懐かしく感じる“今ツボ”な音楽もマスト。番組スタート当時、FMラジオでめったに流れてこなかった田原俊彦やWinkといった80年代、90年代の歌謡曲をラジオドラマの中で積極的に流していきました。そして、昔ながらのステレオタイプなラジオドラマではなく、ビジネスのヒントになるような会社ネタや知っておくとちょっと得する時事ネタやトレンドもまぶして、この番組を聴けば、明日から始まるウィークデーがちょっと心豊かに、気持ちが軽くなる番組にしようと、そんなコンセプトがありました。
キャスト陣の起用にも明確な狙いがあった。アニメの声優業をこなす音声のプロに頼らず、舞台を中心に活躍する俳優を集めた。
高橋音だけでドラマの世界を想像させることはラジオが得意とするところ。アニメが2次元で作り出す世界観ならば、ラジオは音だけで3次元の立体的な空間を作り出すことができるメディアです。元々3次元で活動している舞台俳優の方たちはまるで職場の隣から聞こえてきそうな自然な声を提供してくれる。このラジオドラマとして理想的な声が投影されると思いました。
一方、脚本は映像がないなかで、説明的になりすぎずに情景を描き、さらにその先の物語をリスナーに想像させる”余白“をもたらす。“ラジオドラマ”衰退に伴い、それらをバランス良くできる作家はあまり多くはなかったが、2018年以降、『あ、安部礼司』は今後を見据えてこれらも開墾し、作家陣を育てていく必要性も感じている。
高橋一度途切れてしまった職人技は一朝一夕に再生できることではありません。うれしいことに当初から参加してくれている作家陣は今、賞を取ったり、他のラジオドラマを手掛けていたりと、活躍の場を広げています。現在、『あ、安部礼司』では、若い世代の作家も加わってもらい、経験を積んでいる最中です。そういう意味では“ラジオドラマ”業界への未来に種をまいていると言えるかもしれません。
パイオニアだからこそ “これからのラジオドラマ”のためにやるべきことがたくさん
さらに、目下の課題はさらに長寿番組に育てていくことにある。
高橋ターゲットを絞ることから番組をはじめ、今では20代から50代に広がっています。音楽趣向も細分化されている今、ペルソナとなるターゲットをどうするかは我々にとっても大きな課題です。それでも、トライ&エラーを続けながら、常に番組が今の時代に合っているものなのか、問い続けていきます。「あ、安部礼司」はこの春でスタートして丸14年。この番組が音声ドラマのパイオニアであり続けるために、スタッフ一同、新しい事に臆せず挑戦していきたいと思います。
これだけメディアが発達し、さまざまなコンテンツを自分の好みで選ぶことができる現代。最後に、あえて聴覚的にのみ聴かせ、リスナーの想像力に委ねる“ラジオドラマ”の今後の可能性について聞いた。
高橋AIスピーカーや自動運転の車などでもそうですが、“音声”というのは次の時代のインターフェースの要になるのではと思います。視覚からの情報は飽和状態ですし、スマホの画面にはサイズの制限がある。また、視覚を奪われるメディアはもはや不便で使いにくいという声もある。そんななかで、ずっと音声だけでやってきたラジオは、音声コンテンツを作ることにおいて一日の長がある。急成長するサブスクリプションでの配信にも適応できるし、“ラジオドラマ”にはまだまだ大きな可能性があると思っています。
文/長谷川朋子
『NISSAN あ、安部礼司 〜 BEYOND THE AVERAGE 〜』
TOKYO FM/JFN38局
毎週日曜17:00〜17:55 プロデューサー:高橋智彦
【安部四輪 ABE FES 2020特設サイト】
https://www.tfm.co.jp/abe/fes2020/
TOKYO FM/JFN38局
毎週日曜17:00〜17:55 プロデューサー:高橋智彦
【安部四輪 ABE FES 2020特設サイト】
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