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銀杏BOYZ・峯田和伸の“別顔”を照らした野島脚本「人間を描くことが難しい時代になっている」
呼吸が聞こえる野島脚本の魅力「峯田っぽさを削ぎ落したものを見たいと言われた」
峯田和伸直人って、最初のうちは達観していて、つかみどころがなくて、あまり自分の感情を派手に表現しない男だと思っていたんですね。話の中にもあるけど、子供の頃に父親をなくしたのがきっかけで、いろんなことを諦めたり捨てたりしていて、ほんとは頭が良かったりするけど、それも全部手放して、今は自転車屋をやっている普通の人で。ただ、ももと出会ったことによって、または離れたことによって、人間らしさを取り戻しているんです。
峯田和伸一話で直人が将棋アプリを使っているんですけど、勝率100%なんです。相手の二手先三手先を読むような行動はそこからきているんでしょうね。最悪のことを想定して、結果うまくいかなくてもしょうがないと思えるように、常に先を読みながら、保険をかけて生きているところがあるんだと思います。
――峯田さん自身は先のことを読んだりする性格ですか?
峯田和伸そんなにないと思います(笑)。
――俳優として活躍することを予想していましたか?
峯田和伸今までも考えてないし、今もあまり考えないようにしています。ただ“役を演じる”という。世間がどうというのはあまり意識してないですね。
――それでも『高嶺の花』に出たいと思ったのは、やっぱり野島さんの作品だから?
峯田和伸そうですね。観ていてぞくぞくするというか。胸糞悪くなったりもするし、露悪的なところもあるし、そうかと思えば、すっと心に入ってきて感動するシーンとかもあって、人間描写をここまで描くかというくらい緻密なところもありますよね。ドラマってやっぱり、ストーリーを追うことだけが面白いというのとも違っていて、ちょっと指が動くとか、呼吸が聞こえるとか、そういうオフビートなところでの人間を描くところが面白いと思うんです。ただ、そういうものって作りづらくなってると思います。どうしてもパソコンとかスマホでドラマを観たりするので、ストーリーや画面が動いてないと退屈しちゃう。そういう時代にあっても、野島さんは溜めを描いたりするし、そうかと思ったら、大胆に展開したりもする。そんな“人間を描いている”ところが好きですね。
――この『高嶺の花』の企画が報じられたときは、誰もが『101回目のプロポーズ』を思い出したかと思います。
峯田和伸実は、台本を読む前に野島さんに会う機会があって、率直に、どんな感じになるんですかってぶつけてみたんです。そしたら、全く違うよと。「もうそれは2018年には書けない」ってことを言われ、もう少し入り組んだ“天才の孤独”を書くんだということでした。ただ、僕の演じる直人は、自分は平凡と思っている役で、「アーティストの峯田くんの普段見せない、峯田といえばこうでしょ、というところを削ぎ落としたものを見たい」と言われて、それは今までやったことがなかったのでチャレンジしたいと思ったんです。
石原さとみは“ドラマを背負っている”「好きな人と仕事をする感覚」
峯田和伸責任感の強い方ですね、口には出さないけど、“ドラマの責任を背負っている”という覚悟を感じます。自分も、音楽のときは責任が全部自分にくるんで覚悟があるんですけど、ドラマに出るときって、監督やプロデューサーに責任を預けられるんです。でも、石原さんは看板を背負ってやっているなって。
――峯田さんはオルタナティブなところで活躍しているイメージがあって、朝ドラや地上波のドラマに出演されるときは意外でした。
峯田和伸お芝居の仕事に誘われるようになってから、世間の人から見たら「誰だ?」と思うことがあるかもしれないけど、自分的には、好きな人と仕事してるって感覚なので、オルタナティブもメジャーもないんです。ただ、ずっと僕のことを見てくれていたお客さんは、「峯田ってこういう人とやるんだな」という気持ちはあるだろうけど、自分的にはこっちにいこうとか、そういうことを考えているわけではないですね。それは岡田(惠和)さんだろうが、三浦(大輔)さんだろうが、好きな人と仕事をして、刺激もらっているという感覚です。
――以前、峯田さんが演じた役からは自意識とか自己を問う感じのイメージがあったんですが、最近は違う役も続いていますね。
峯田和伸僕を使いたい人って、銀杏BOYZをやってる峯田やロックな感じ、そっち側を照らし出したいという人も多かったんですけど、野島さんはまったくそういう角度じゃなくて、普段、銀杏BOYZで見せてないところを照らそうということだったんですよね。
作り続けることの覚悟「自分の作ったものが誰かを傷つけるかもしれない」
峯田和伸分かることころも分からない部分もあります。ゼロから歌詞を作るって、日記みたいに自分のために書いているものとは違います。自分も、見てくれる人も、同じイメージを持って感動できたり歌えたりするものにならないといけなくて、それは僕からしても難しくて、簡単に何曲もかけない。
――やり始めたらやり続けるしかない?
峯田和伸映画を撮るでも、写真を撮るでもいいし、誰かに自分の作ったものを見せるって楽しいだけじゃないんだなって。最初は純粋に楽しくてもそれだけじゃなくなるし、もしかしたら自分の作ったものが、誰かを傷つけるかもしれない。それでもやるんだってことを、一流の人はやってるんだと思います。だから、自分も、ももみたいに“作り続けないといけない”と思います。
――いよいよ放送もあと2回。ももと直人は今後、どうなっていきますか?
峯田和伸中盤ではふたりが悲しいことになって、そこから這い上がっていくんですね。お互いにそれぞれ違う相手が現れたりもして、それがきっかけで、また意識せざるを得なくもなる。でもそれは、恋敵が現れたっていうシンプルなことではなくて、どうしてもお互いの顔が思い浮かんでしまう状況があって。最終回の台本を読んだんですが、そんな二人がどうなっていくのかを、野島さんのメロディで書かれているなと思いました。この話は、ももも再生していくし、直人も再生していく物語なんですよね。
(文/西森路代)