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(更新: ORICON NEWS

話題の“異色肌ギャル”に見る、繰り返すギャル文化 抑圧された自分を解放する手段に

 ギャルといえば“ガングロ”“白メッシュ”なんて時代も今や昔。近年、全身を黄色、緑や紫などビビッドな原色系で染め上げた『異色肌ギャル』が注目を集めている。若者のトレンドにおいて“インスタ映え”が重要な要素となっている昨今、時代にマッチした異色肌ギャルたちの生き様、そして『繰り返すギャル文化』について検証する。

“インスタ”との親和性も抜群! 時代が異色肌ギャルに追いついた!?

  • 「ウチらが一番カワイイし」という書き込みとともに、『異色肌』にギャルファッションを組み込んで広めたmiyakoさん。

    「ウチらが一番カワイイし」という書き込みとともに、『異色肌』にギャルファッションを組み込んで広めたmiyakoさん。

 1990年代から2000年代初頭にかけて、ド派手なカラーリングのファッションで身を包んだギャルたちが街を闊歩していた。そんな時代のギャルを彷彿とさせるのが、新たなギャルトレンド『異色肌ギャル』。舞台や撮影で使われるドーランを使用したメイクのインパクトは、思わず二度見してしまうこと間違いなし。『異色肌』とは元々、アニメやゲームに登場するエルフやドワーフなど、人間とは明らかに異なる色の肌を持ったキャラや、その肌の通称であるが、その『異色肌』にギャルファッションを組み込んで広めたのがmiyakoさん。「ウチらが一番カワイイし」という書き込みとともにTwitterに投稿されたmiyakoさんの写真は大きな反響を呼ぶとともに、先月末には彼女たちのビジュアルに惚れ込んだ写真家・蜷川実花プロデュース「TOKYO道中」のステージに降臨。写真映えするそのサイケな発色っぷりは、インスタなどのSNSでも目立ちまくりで、いま猛烈な勢いで認知されつつあるネオ・カルチャーだ。

ゴングロ、マンバ…ギャルたちの“変身願望”は今も昔も同じ

 今回取り上げている『異色肌ギャル』。原色をふんだんに取り入れるのはギャルの伝統的な装いの1要素だが、彼女たちは服だけでなく自身の肌まで飾り立てることで、より強烈な個性を手に入れた。その根底にあるのは“目立ってナンボ”というギャルのスタンスが大きく影響していることは想像に難くない。渋谷系ギャル男雑誌『men’s egg』で編集を務め、20世紀末から20年近く間近でギャルと接してきた井上キャバ男氏によると、そのギャルならではの着想は大いに理解できるとのこと。
  • “ゴングロメイク”で一大ムーブメントを築いたeggモデルたち(egg/大洋図書)

    “ゴングロメイク”で一大ムーブメントを築いたeggモデルたち(egg/大洋図書)

 いつの時代も女の子は“カワイイ”“キレイ”と言われるよう多大な努力を重ねているが、そういった普遍的な乙女心に加えて“目立ちたい”という思いが、ギャルのファッションを先鋭的にしてきた要因の1つ。「ギャルの歴史を紐解くと、かつて日サロで健康的な小麦色の肌を手に入れて、サーファーテイストな雰囲気で男性受けを重視したスタイルが主流だった中、“ゴングロ”と呼ばれるパイオニア的ギャルが出現した」とキャバ男氏は振り返る。ファッションは当時の流行であるパレオなどでリゾートテイストにまとめつつ、黒人ばりに日焼けした黒肌と白く脱色したヘア、そしてラメ+白のアイシャドー、白の口紅でケバケバしくまとめたルックスは、一目見ただけで忘れられないほどのファーストインパクト。男受けを完全に無視して“目立つ”ことに特化した極北的なスタイルだった。
 その後、かつてのゴングロたちと同じような黒肌&白髪に加え、アルバローザや着ぐるみでよりファッション的にも目立ち度を増した“マンバ”というギャルたちが出現。マンバに触発されて、女物の服にメイクで武装した“センターGUY”と名付けられたギャル男たちが渋谷に増殖したのもこの頃。

渋谷カルチャー復権!? 廃れつつある渋谷に再び活気を呼び戻す

 キャバ男氏は「2003年から翌年にかけて、渋谷はマンバとセンターGUYに占拠されていたかのようだった」と語る。カワイイギャルやカッコイイ男が増えて欲しい男性ファッション誌の編集者としては頭の痛い時期でもあったようだが「ある意味、あの爆発的なブームは忘れられない一生の思い出」とのこと。
  • 2003年ごろに渋谷センター街に出没した“マンバ”ファッション(egg/大洋図書)

    2003年ごろに渋谷センター街に出没した“マンバ”ファッション(egg/大洋図書)

 一気にスターダムにのし上がったマンバとセンターGUY。TVなどのメディアに取り上げられることも多かったため、覚えている人も多いのではないか。一方で、それはまたブーム終焉の序章でもあった。あれほど溢れかえっていた彼ら彼女らは一斉に消えて、その後の渋谷は大人の街を目指して、『若者のたまり場』からの脱却を図った。そのため、かつて若者カルチャーの発信基地であった渋谷は衰退。ファッションの聖地は再び“原宿”へと移り変わっている。そんな“渋谷受難“の時代に突然変異で出現したのが、ネオ・マンバ的な存在の『異色肌ギャル』なのだ。彼女たちは「ネオ渋谷! ネオ新宿!」を掛け声に渋谷、新宿に出没。再び渋谷に若者カルチャーの活気を取り戻そうとしている。
 「異色肌のイメージはアメコミ、漫画、イラストですけど、ウチらのメイクやファッションは、かなりギャル雑誌から影響受けてますね。オタクだったけどギャル雑誌を読むのは好きだったんで」と、当時のギャル雑誌『egg』と、ギャルの聖地・渋谷に影響を受けていたとmiyakoさんは語る。

 本来、目立ちたがりであるギャルが目立つためにデコラティブに仕立てたギャル・ファッション。それはmiyakoさんのような非ギャルたちのハートをもゲットして、より高度に進化しつつある。

異色肌を纏うことで“もう一人の自分”を発見

 本来、大人しめな性格のmiyakoさんが異色肌メイクに目覚めたのは2年前。それまで化粧っ気のなかった普通の女の子が、“異色肌ギャル”というジャンルを自ら作り出すことで自分の人生を激変させた。miyakoさんと、その仲間たちが考えた「世界にこんなギャルがいたらいいな」という妄想を具現化したことで、劇的に変わった彼女たちの外見。では、内面の変化はどうなのだろう。
 「普段はノーメイクのオタクですが、異色肌ギャルを始めてからメイクの楽しさを知りました。コスプレと同じく、地味で大人しい自分が素敵な衣装やメイクを纏うことで、本当になりたかった自分になれる。それが異色肌ギャルの魅力です」と力説。
 かつてのマンバやセンターGUYも、学校や地域で孤立していた子たちが「自分自身を変えたい」という変身願望から辿り着いたジャンル。元マンバや元センターGUYには、意外なほど引きこもり寸前だった子も多かったとキャバ男氏。また、かつてマンバで渋谷を闊歩していたヨシエさん(仮名)はこう語る。
 「クラスでも部活でも存在感のなかったアタシが、マンバメイク&ファッションで渋谷を歩けば注目される。『これが本当のアタシなんだ』って思ってたのは今思うと滑稽だけど、でもあの時はホント楽しかったし、仲間と一緒なら怖いモノなしだった。最初は親にもビックリされたけど、eggとか雑誌に載るようになって、そのうち理解されてきたのも良かった。放任だったのかもしれないけど(笑)」

ギャルファッションが、非行化を防いでいた側面も!?

 学校や家庭で抑圧されながらも“良い子”でありたいと自己を抑制する傾向が強いのは思春期の特徴。そんな彼ら彼女らが犯罪などに走らず、ド派手なメイクやファッションで目立ちたがるというのはある意味健全。「本当の自分はこんな地味なわけない。もっと輝けるはずだ」。そんな悩める少年少女たちに対して1つの道筋を示してくれる『ギャル』というスタイル。「アウトサイダー寄りなギャルという生き様が、若者たちの非行化を防いでいた一面もあったのではないか」とキャバ男氏。
 「オタクな自分が異色肌ギャルに変身することで解放される感じ。文字通り、輝いている自分自身を見ると嬉しくなります」と話すmiyakoさん。性格的には全くギャル要素はないのに、その輝いた表情はまさにギャルそのもの。主張の仕方は変わっても、ギャルたちの本質は変わってないのだ、と実感。若者たちの“自己表現”、“抑圧された自分の解放”という欲求が、ギャル文化という形で繰り替えされているのだ。

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