プロ野球・日本ハムファイターズの宮西尚生投手がプロ野球人の社会貢献活動を表彰する報知新聞社選定の『第24回 ゴールデンスピリット賞』を受賞し、21日に都内で行われた表彰式に出席した。
救援陣の公式戦で挙げたホールドとセーブの総数を元に支援額を決める活動を2015年に開始。1ホールド、1セーブにつき1万円を寄付している。これまでの寄付金は、個人では237万円、チームでは1283万円(宮西個人も含む)となっている。個人ではなく投手陣全体で継続的に支援する仕組みを作ったことなどが評価された。賞金の200万円は、2015年から17年までの寄付先だったNPO法人「iCareほっかいどう」、2018年からの寄付先である一般社団法人「北海道こどもホスピスプロジェクト」に寄贈された。
これまで現役最多の839登板を達成している。3度目となる左肘手術から復活した今季は31登板で1勝3敗13ホールド1セーブという成績だった。壇上でスピーチした宮西は「この度は栄えある『ゴールデンスピリット賞』を受賞することができ、大変、光栄に思います。ノミネートされた選手、コーチ、皆様の取り組みは、どれも素晴らしいものばかりでいまだに信じられない気持ちです」と心境を明かす。そして、「これまで支援させていただいた団体の皆様のご尽力なくして、私がこの場に立つことはありません。深く感謝申し上げます」と出席した寄付先の関係者へ頭を下げた。
2015年から開始した。宮西の発案ではあるが、投手陣の賛同があってこその活動となる。「中継ぎ、救援投手のセーブとホールドの合計を元に寄付を続けてきて、9シーズンともに腕を振り続けたピッチャー一人ひとりの顔が思い浮かびます。私がけがや不調で苦しんでいる間も頑張ってくれた先輩、後輩たちがいてくれたからこそ、今回の受賞につながったと思います」と感謝すると「きょうはファイターズブルペン陣の代表として来た、という気持ちでこの場に立たせていただいています」と笑顔で語った。ファイターズからの受賞者は2010年のダルビッシュ有投手以来となる。「彼もメジャーの舞台でいまだに第一線で頑張っています。私も負けじとマウンドに立ち続け、この賞に恥じぬよう今後も社会に貢献して参りたいと思います」と誓った。
その後、選考委員であり、日本ハムファイターズ入団時の監督だった栗山英樹氏は乾杯のあいさつで「宮、おめでとうございます」と祝福。「長く野球を一緒にやってきましたが、どんな状態でマウンドに上がっても緊張しない宮西投手が、きょうは緊張しております。初めて見ました」とイジって笑わせた。
司会を務めた日本テレビ上重聡アナウンサーがインタビューを実施。上重アナは「栗山さんから、普段、マウンドでは緊張しない宮西さんが緊張されているとありましたが」と水を向けられると、宮西は「きのうから、ほとんど寝られておりません…。考えすぎて頭がパンクしそうです…」と苦笑い。上重アナが「(マウンドで)緊張するという方しか知らないのですが…」と驚くと、宮西は「野球は、どちらかと言うと諦めながらマウンドに立つ。割り切ってというか。ただ、こういう舞台は諦められない。しっかりしないと、という緊張感」と口にしていた。
今シーズンはエスコンフィールド元年だった。宮西は「新球場元年。また、今までやってきたチームメイトがガラリと変わって若いチームになった。僕自身も昨年はあまり状態がよくなく手術もしました。本当にルーキーのような気持ちで挑んだシーズンでした」と振り返った。
16年目、38歳にして新しい球種のチェンジアップに挑戦した。上重アナから「この向上心。若いですね!」と驚かれると、宮西は「いいものではないですけど。ここ数年は、これだけ投げてきましたけど、最後までもがいで結果を出したい、という思いから必死にたどり着いたのがチェンジアップでした」と照れ笑い。手応えを問われると宮西は「それなりにありましたけど…。僕、変なところで頑固なところがありまして。ここまで真っすぐとスライダーという変化球一本で戦い抜いてきた。これをもう1度戻したい頑固さは正直あるので。それが通用しなかったら辞めてやるぐらいの覚悟を持って、もう1度スライダーを磨きたいと思っている」ときっぱり。
宮西の決意の表情に栗山氏も深くうなずく場面も。上重アナは「新しいボールへのチャレンジも必要ですけど、芯の曲げない部分ですね。あれだけスライダーは曲がるのに、芯の部分は曲げない!」と真っすぐなこだわりに驚いていた。
救援陣の公式戦で挙げたホールドとセーブの総数を元に支援額を決める活動を2015年に開始。1ホールド、1セーブにつき1万円を寄付している。これまでの寄付金は、個人では237万円、チームでは1283万円(宮西個人も含む)となっている。個人ではなく投手陣全体で継続的に支援する仕組みを作ったことなどが評価された。賞金の200万円は、2015年から17年までの寄付先だったNPO法人「iCareほっかいどう」、2018年からの寄付先である一般社団法人「北海道こどもホスピスプロジェクト」に寄贈された。
2015年から開始した。宮西の発案ではあるが、投手陣の賛同があってこその活動となる。「中継ぎ、救援投手のセーブとホールドの合計を元に寄付を続けてきて、9シーズンともに腕を振り続けたピッチャー一人ひとりの顔が思い浮かびます。私がけがや不調で苦しんでいる間も頑張ってくれた先輩、後輩たちがいてくれたからこそ、今回の受賞につながったと思います」と感謝すると「きょうはファイターズブルペン陣の代表として来た、という気持ちでこの場に立たせていただいています」と笑顔で語った。ファイターズからの受賞者は2010年のダルビッシュ有投手以来となる。「彼もメジャーの舞台でいまだに第一線で頑張っています。私も負けじとマウンドに立ち続け、この賞に恥じぬよう今後も社会に貢献して参りたいと思います」と誓った。
その後、選考委員であり、日本ハムファイターズ入団時の監督だった栗山英樹氏は乾杯のあいさつで「宮、おめでとうございます」と祝福。「長く野球を一緒にやってきましたが、どんな状態でマウンドに上がっても緊張しない宮西投手が、きょうは緊張しております。初めて見ました」とイジって笑わせた。
司会を務めた日本テレビ上重聡アナウンサーがインタビューを実施。上重アナは「栗山さんから、普段、マウンドでは緊張しない宮西さんが緊張されているとありましたが」と水を向けられると、宮西は「きのうから、ほとんど寝られておりません…。考えすぎて頭がパンクしそうです…」と苦笑い。上重アナが「(マウンドで)緊張するという方しか知らないのですが…」と驚くと、宮西は「野球は、どちらかと言うと諦めながらマウンドに立つ。割り切ってというか。ただ、こういう舞台は諦められない。しっかりしないと、という緊張感」と口にしていた。
今シーズンはエスコンフィールド元年だった。宮西は「新球場元年。また、今までやってきたチームメイトがガラリと変わって若いチームになった。僕自身も昨年はあまり状態がよくなく手術もしました。本当にルーキーのような気持ちで挑んだシーズンでした」と振り返った。
16年目、38歳にして新しい球種のチェンジアップに挑戦した。上重アナから「この向上心。若いですね!」と驚かれると、宮西は「いいものではないですけど。ここ数年は、これだけ投げてきましたけど、最後までもがいで結果を出したい、という思いから必死にたどり着いたのがチェンジアップでした」と照れ笑い。手応えを問われると宮西は「それなりにありましたけど…。僕、変なところで頑固なところがありまして。ここまで真っすぐとスライダーという変化球一本で戦い抜いてきた。これをもう1度戻したい頑固さは正直あるので。それが通用しなかったら辞めてやるぐらいの覚悟を持って、もう1度スライダーを磨きたいと思っている」ときっぱり。
宮西の決意の表情に栗山氏も深くうなずく場面も。上重アナは「新しいボールへのチャレンジも必要ですけど、芯の曲げない部分ですね。あれだけスライダーは曲がるのに、芯の部分は曲げない!」と真っすぐなこだわりに驚いていた。
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2023/12/21