■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第9回 蜷川実花監督
写真家として活躍している蜷川実花が、長編映画3作目となる『Diner ダイナー』を完成させた。過去『さくらん』、『ヘルタースケルター』で、圧倒的な映像表現を見せたが、本作ではどんなこだわりを見せたのだろうか。映画監督としての蜷川実花に迫る――。
■脚本参加で蜷川イズムが作品に色濃く
過去2作品は、蜷川監督自ら「やりたい」と手を挙げて立ち上げたプロジェクトだったが、本作ではプロデューサーから「やってみないか」と提案があった。「原作も男性っぽい話で、主人公も男性。過去の2作品は、女性が主人公であり、これまでの自分のキャリアとは、ある種かけ離れたものでした」とオファーがあった当時を振り返る。
多少の不安があったものの、自分の手の内にない題材だったからこそ、モチベーションが上がったという蜷川監督は、オファーを快諾。まず着手したのが脚本作りだ。自分の得意技ではないという自覚があっただけに、脚本を担当した後藤ひろひ氏と、杉山嘉一氏と共に、キャラクターの微調整を含め、手を加えた。これは『さくらん』『ヘルタースケルター』ではなかったことだが、こうした作業によって、人物がスムーズに動き出したという。
さらにもう一つ、監督自ら脚本に加わることで、自身の“生き方”が作品の随所ににじみ出た。結果的に蜷川実花という人間の作家性が、色濃く出ているというのだ。「自分が大事にしていることや、格好悪いなと思っていることを、表面的ではなく、深い部分で映画のなかで語ることができました。このことはすごく新しい発見でした」。 蜷川監督の父親は、言わずと知れた舞台演出家の故・蜷川幸雄氏だ。劇中、藤原竜也演じる主人公・ボンベロの師であるデルモニコ役として、肖像画が物語の舞台となる食堂「ダイナー」に飾られている。
「父を出そうというアイデアは、プロデューサー陣の提案だったのですが、話の展開上『なるほど』と思うことが多かったんです。脚本のなかに自分が父親から言われて大切にしていた言葉や、あの環境で育ったからこそ生まれた哲学を随所に散りばめているのですが、それらがうまくはまったんです」。
■一択だった藤原竜也の起用
主人公のボンベロは、元殺し屋であり、天才的な料理の腕を持つ男という設定があるものの、その素性や気持ちのつながりはあまり描かれていないキャラクターだ。
「ボンベロという役はすごく難しい。バックヤードが描かれていないぶん、見ているものをねじ伏せられる圧倒的な存在感がないと成立しないんです。ボンベロを演じることができる俳優は誰かと考えたとき、日本の役者のなかでは(藤原)竜也しかいないと思いました。撮影を終えた今、思い返してみても、彼じゃなかったら成立しなかった場面はたくさんあったと思います」。
藤原と言えば、幸雄氏の演出した舞台「身毒丸」で俳優デビューを飾ったあとも、何度も幸雄氏の舞台に出演するなど縁が深い。劇中、幸雄氏と藤原の関係性を連想されるようなシーンもある。「いろいろな部分で設定、映像、セリフなど、ミラクルなことが起きています。竜也にとっても私にとっても、深い思いがつながるようなシーンはありました。撮影していても楽しかったです」。
■蜷川監督が惹きつけられる俳優とは 劇中で見せる藤原の存在感は圧倒的だが、ボンベロの店に集う殺し屋たちも、スキン役の窪田正孝、キッド役の本郷奏多、ブロ役の武田真治をはじめ、小栗旬、土屋アンナ、真矢ミキ、奥田瑛二……など数え上げたらキリがないほどの豪華キャスト。ジャパンプレミアの壇上で藤原は「実花さんに頼まれたら断る理由がない」と語っていたが、みな蜷川監督の才能と人柄に惹かれて集まった面々だ。
写真家でもある蜷川監督にとって、魅力的な俳優、被写体とはどんな資質を持っている人なのだろうか。「血筋なのかもしれませんが、やっぱり暴れん坊が好きですね」と微笑みながらつぶやく。続けて「おとなしく言われたことをやるだけではなく、いい意味でなにか違和感がある人。特にメインキャストは、不器用さがありつつ、スクリーンを支配する華がある人が好きです」と語る。
そうした資質は、生まれながらに持っているのか、それとも経験によって備わってくるのか――。
「両方あると思います。被写体として立ってもらった瞬間に『いいな』と感じる人もいれば、時を経て『こんな風に変わっていくんだ』と驚きを与えてくれる人もいます。でも写真をやらせてもらっているので、話すよりも撮らせてもらった方が伝わってきますね。(オオバカナコ役に抜てきした玉城)ティナなんかも写真を撮っていて、ものすごくいいなと思って声を掛けさせてもらったんです。そういう意味で、写真の方が多くの人に出会う機会が多いので、そこは得だと思います。まだそこまで名の知られていない子でも、いいなと思えば青田買いできますしね」。
■足し算、掛け算の美学 シーン一つひとつに強いこだわり
蜷川監督作品らしく、食材、衣装、建物……どれをとっても色彩豊かで、非現実的な世界観が堪能できる本作。シーン一つひとつに強いこだわりを感じる。
「でも今回の作品に関して、私はほぼ各部署にお任せだったんです。これまで作品を重ねて、私がどこまでやれば納得するのかを、ほかのスタッフが分かってくれていたから、なにも言う必要がありませんでした。食堂の装飾美術を横尾忠則さんにお願いしたり、ウォッカボトルの制作を名和晃平さん、フードクリエイションを諏訪綾子さん、フラワーデコレーションを東信さんに頼んだり……。最高のアーティストたちが集まってくれて映画を盛り上げてもらえたのは、感謝しています」。
さらに今回、蜷川監督がこだわったのは「プラスにプラスを重ねること」だという。上述したように、一流のクリエイターたちが集まり、圧倒的な情報量がスクリーンに映し出される。バランスを考え、引くところは引くという演出も考えられるが、蜷川監督はすべてを足し算した。
「この作品に関しては、足し算、掛け算の美学を見せようと考えたんです。セリフも決めゼリフが多かったと思うし、キャラクターも、これでもかというぐらい濃い人たちだらけ。確かに、どこかで引いた方が、バランスは取れるのかなと思ったこともあったのですが、恐れずに全部足しました」。
■蜷川実花監督の未来 こうした蜷川監督の思いにキャスト、スタッフが呼応した。とにかく現場は活気に満ち溢れていたという。「いろいろな人が撮影の見学に来ましたが、みなさん『こんなに活気に満ち溢れた現場は久しぶりに見た』とおっしゃってくれました。その言葉は本当にうれしかったです」。
過去2作品の監督を務めたとき「できないけれど、監督としてどういう風に上に立てばいいのか、試行錯誤していました」と語っていた蜷川監督だが、今回の現場では、頼るところは頼り、楽に呼吸をしながら、ベストパフォーマンスが発揮できた。「ちゃんといいものを撮れば、楽にしていていいんだ」と腑に落ちたという。
「写真撮影の現場にもスタッフはいますが、基本的には個人戦。でも映画は団体戦。その楽しさの虜になってきています」と撮影を終えた感想を述べた蜷川監督。さらに「写真は『格好いいな』と思った感情とシャッターが同期している。感じたことが映しされるんです。でも映画は、自分で撮るわけではないので、感じたことを言語化して相手に伝えなければいけない。そこは非常に難しかったのですが、イメージが固形になっていくような感じはとても面白かった」と映画ならではの魅力を語る。
「圧倒的に映画は大変」と苦笑いを浮かべていたが、一方で「大変なことほど盛り上がってしまう癖がある」と笑う。「生活のすべてが最終的に映画にたどり着く」と感じられるところも映画に魅了される理由の一つだという。
「この1年、本当に映像の仕事をたくさんやらせてもらいました。これからもっと多くなっていけばいいなと思っています」――。蜷川監督の更なる映画での活躍に期待したい。(取材・文・撮影:磯部正和)
写真家として活躍している蜷川実花が、長編映画3作目となる『Diner ダイナー』を完成させた。過去『さくらん』、『ヘルタースケルター』で、圧倒的な映像表現を見せたが、本作ではどんなこだわりを見せたのだろうか。映画監督としての蜷川実花に迫る――。
■脚本参加で蜷川イズムが作品に色濃く
過去2作品は、蜷川監督自ら「やりたい」と手を挙げて立ち上げたプロジェクトだったが、本作ではプロデューサーから「やってみないか」と提案があった。「原作も男性っぽい話で、主人公も男性。過去の2作品は、女性が主人公であり、これまでの自分のキャリアとは、ある種かけ離れたものでした」とオファーがあった当時を振り返る。
さらにもう一つ、監督自ら脚本に加わることで、自身の“生き方”が作品の随所ににじみ出た。結果的に蜷川実花という人間の作家性が、色濃く出ているというのだ。「自分が大事にしていることや、格好悪いなと思っていることを、表面的ではなく、深い部分で映画のなかで語ることができました。このことはすごく新しい発見でした」。 蜷川監督の父親は、言わずと知れた舞台演出家の故・蜷川幸雄氏だ。劇中、藤原竜也演じる主人公・ボンベロの師であるデルモニコ役として、肖像画が物語の舞台となる食堂「ダイナー」に飾られている。
「父を出そうというアイデアは、プロデューサー陣の提案だったのですが、話の展開上『なるほど』と思うことが多かったんです。脚本のなかに自分が父親から言われて大切にしていた言葉や、あの環境で育ったからこそ生まれた哲学を随所に散りばめているのですが、それらがうまくはまったんです」。
■一択だった藤原竜也の起用
主人公のボンベロは、元殺し屋であり、天才的な料理の腕を持つ男という設定があるものの、その素性や気持ちのつながりはあまり描かれていないキャラクターだ。
「ボンベロという役はすごく難しい。バックヤードが描かれていないぶん、見ているものをねじ伏せられる圧倒的な存在感がないと成立しないんです。ボンベロを演じることができる俳優は誰かと考えたとき、日本の役者のなかでは(藤原)竜也しかいないと思いました。撮影を終えた今、思い返してみても、彼じゃなかったら成立しなかった場面はたくさんあったと思います」。
藤原と言えば、幸雄氏の演出した舞台「身毒丸」で俳優デビューを飾ったあとも、何度も幸雄氏の舞台に出演するなど縁が深い。劇中、幸雄氏と藤原の関係性を連想されるようなシーンもある。「いろいろな部分で設定、映像、セリフなど、ミラクルなことが起きています。竜也にとっても私にとっても、深い思いがつながるようなシーンはありました。撮影していても楽しかったです」。
■蜷川監督が惹きつけられる俳優とは 劇中で見せる藤原の存在感は圧倒的だが、ボンベロの店に集う殺し屋たちも、スキン役の窪田正孝、キッド役の本郷奏多、ブロ役の武田真治をはじめ、小栗旬、土屋アンナ、真矢ミキ、奥田瑛二……など数え上げたらキリがないほどの豪華キャスト。ジャパンプレミアの壇上で藤原は「実花さんに頼まれたら断る理由がない」と語っていたが、みな蜷川監督の才能と人柄に惹かれて集まった面々だ。
写真家でもある蜷川監督にとって、魅力的な俳優、被写体とはどんな資質を持っている人なのだろうか。「血筋なのかもしれませんが、やっぱり暴れん坊が好きですね」と微笑みながらつぶやく。続けて「おとなしく言われたことをやるだけではなく、いい意味でなにか違和感がある人。特にメインキャストは、不器用さがありつつ、スクリーンを支配する華がある人が好きです」と語る。
そうした資質は、生まれながらに持っているのか、それとも経験によって備わってくるのか――。
「両方あると思います。被写体として立ってもらった瞬間に『いいな』と感じる人もいれば、時を経て『こんな風に変わっていくんだ』と驚きを与えてくれる人もいます。でも写真をやらせてもらっているので、話すよりも撮らせてもらった方が伝わってきますね。(オオバカナコ役に抜てきした玉城)ティナなんかも写真を撮っていて、ものすごくいいなと思って声を掛けさせてもらったんです。そういう意味で、写真の方が多くの人に出会う機会が多いので、そこは得だと思います。まだそこまで名の知られていない子でも、いいなと思えば青田買いできますしね」。
■足し算、掛け算の美学 シーン一つひとつに強いこだわり
蜷川監督作品らしく、食材、衣装、建物……どれをとっても色彩豊かで、非現実的な世界観が堪能できる本作。シーン一つひとつに強いこだわりを感じる。
「でも今回の作品に関して、私はほぼ各部署にお任せだったんです。これまで作品を重ねて、私がどこまでやれば納得するのかを、ほかのスタッフが分かってくれていたから、なにも言う必要がありませんでした。食堂の装飾美術を横尾忠則さんにお願いしたり、ウォッカボトルの制作を名和晃平さん、フードクリエイションを諏訪綾子さん、フラワーデコレーションを東信さんに頼んだり……。最高のアーティストたちが集まってくれて映画を盛り上げてもらえたのは、感謝しています」。
さらに今回、蜷川監督がこだわったのは「プラスにプラスを重ねること」だという。上述したように、一流のクリエイターたちが集まり、圧倒的な情報量がスクリーンに映し出される。バランスを考え、引くところは引くという演出も考えられるが、蜷川監督はすべてを足し算した。
「この作品に関しては、足し算、掛け算の美学を見せようと考えたんです。セリフも決めゼリフが多かったと思うし、キャラクターも、これでもかというぐらい濃い人たちだらけ。確かに、どこかで引いた方が、バランスは取れるのかなと思ったこともあったのですが、恐れずに全部足しました」。
■蜷川実花監督の未来 こうした蜷川監督の思いにキャスト、スタッフが呼応した。とにかく現場は活気に満ち溢れていたという。「いろいろな人が撮影の見学に来ましたが、みなさん『こんなに活気に満ち溢れた現場は久しぶりに見た』とおっしゃってくれました。その言葉は本当にうれしかったです」。
過去2作品の監督を務めたとき「できないけれど、監督としてどういう風に上に立てばいいのか、試行錯誤していました」と語っていた蜷川監督だが、今回の現場では、頼るところは頼り、楽に呼吸をしながら、ベストパフォーマンスが発揮できた。「ちゃんといいものを撮れば、楽にしていていいんだ」と腑に落ちたという。
「写真撮影の現場にもスタッフはいますが、基本的には個人戦。でも映画は団体戦。その楽しさの虜になってきています」と撮影を終えた感想を述べた蜷川監督。さらに「写真は『格好いいな』と思った感情とシャッターが同期している。感じたことが映しされるんです。でも映画は、自分で撮るわけではないので、感じたことを言語化して相手に伝えなければいけない。そこは非常に難しかったのですが、イメージが固形になっていくような感じはとても面白かった」と映画ならではの魅力を語る。
「圧倒的に映画は大変」と苦笑いを浮かべていたが、一方で「大変なことほど盛り上がってしまう癖がある」と笑う。「生活のすべてが最終的に映画にたどり着く」と感じられるところも映画に魅了される理由の一つだという。
「この1年、本当に映像の仕事をたくさんやらせてもらいました。これからもっと多くなっていけばいいなと思っています」――。蜷川監督の更なる映画での活躍に期待したい。(取材・文・撮影:磯部正和)
2019/07/03