20代で半分以上が白髪になり、38歳でベリーショートを決断した女性の投稿がSNSで話題に。重度のパニック障害や不安障害を抱えていた時期に白髪が増え、長年、頭皮トラブルに悩みながらも白髪染めを続けてきたという。そんな彼女が今では、白髪もファッションの一部として楽しみながら、自分らしい生き方を発信している。「髪は女の命」と言われる中で、若くして白髪になったつらさ、病気で外出も難しかった日々、そして人生を変えた38歳の決断について、投稿者・姫さんに話を聞いた。
■白髪が増え、天真爛漫な性格も180度変化「髪型や髪色を楽しんでいる全女性が羨ましかった」
――38歳でベリーショートにする決断をされた投稿が大きな反響を呼んでいますが、当時はどのような状況だったのでしょうか?
「20代から白髪染めをしてきたので、30代の頃には頭皮が常に荒れていました。そんな状態での白髪染めだったので、もちろん染みました。でも、まだ若いうちから半分以上が白髪だなんて恥ずかしくて、染めないわけにもいかず、ヘナやトリートメントタイプも使ってみましたが、やはり頭皮の炎症は治りませんでした。最終的にはヘナでも痒みが出たり、顔の方までただれてきてしまって、白髪染めをやめる決心をして動画に撮ったのが38歳の時でした」
――パニック障害や不安障害を抱えていた時期に白髪が増えていったと拝見しましたが、ご病気を発症した当時の状況について教えてください。
「バイト先でいじめにあったことがきっかけです。1年くらい続きました。負けず嫌いなので、1人でずっと耐えていました」
――その後、パニック障害や不安障害が重く出ていた時期は、日常生活にどのような影響がありましたか?
「電車などに乗れないことから始まり、次第に外出が難しくなりました。最終的にはお風呂も1人では入れなくなりました。お風呂やトイレにも電話の子機を置き、いつどこで苦しくなるのか分からない不安が常にあることや、たくさん薬を飲んでも効かなかったことが1番つらかったです。薬で治らないなら、私は一生こんな生活をしなくちゃいけないのだろうか、という絶望感もすごくありました」
――まだ若い時期に白髪が増えたことで、どのようなお気持ちになりましたか?
「黒髪はもちろん、髪色や髪型でおしゃれを楽しんでいる全女性が心の底から羨ましかったです。『私の人生は終わった』とも思いました。ましてや病気である私が生きている意味はあるのだろうか、ということをずっと考えていたと思います。生きることを諦めようとも何度も思いました。でも終わらせる勇気はなかったです。天真爛漫だった性格は180度変わって、『絶対無理』『きっとうまくいかない』など、最初から否定するようないつもマイナスなことしか考えられなくなりました」
――白髪が増えたことで、周囲の反応が気になったことはありましたか?
「自分から『私、白髪が多いから』と話していたので、何か悲しいことを言われた記憶はありません。ただ、やはり視線は気になりました」
■頭皮トラブルの末に決めた38歳のベリーショート、支えとなった夫の存在
――白髪染めやブリーチを続ける中で、頭皮トラブルもあったとのことですが、“染めないわけにはいかない”と思っていた当時、どのような気持ちでしたか?
「葛藤というよりも、ただただ『まだ若いのに白髪になるのは恥ずかしい』という気持ちだけでした」
――38歳でベリーショートにする決断は、大きな転機だったと思います。どんな思いで“切ろう”と決めたのでしょうか?
「『白髪染めがもうできないなら、逆に白髪に合わせて明るくしてみようか?』ということで、頭皮から浮かせてブリーチをしたのですが、明るい色で長いのは目立つし、とにかく早く白髪を生え揃えさせたかったのでベリーショートにしました」
――実際に切った後は、どのように感じましたか?
「髪の毛は長いと、どこかしらで分け目ができてしまうと思うのですが、ベリーショートの場合は、くしゃくしゃに立たせたりすることで、分け目が目立たないところが良かったです。ブリーチで傷みも出るので、しばらくはベリーショートだったと思います。また、ベリーショートはウィッグも被りやすくて良かったですね」
――そうした時期を乗り越える上で、ご主人の存在はどのような支えになっていたのでしょうか?
「家族以上に寄り添ってくれた人で、私の命の恩人です。主人と出会っていなかったら、今、私は生きていないと思います。病人にとって『頑張れ』ってつらい言葉なのですが、主人は『頑張ってるのは分かってるから、今は踏ん張れ!』と言ってくれたことが1番印象的な言葉です。その日以後、私はつらくなったら“踏ん張る”ようになりました。
どんなに苦しい発作も、少しの間踏ん張れば過ぎ去っていく。これは今も教訓になっていて、あんなにつらい日々を過ごしてきたのは、その時その時を踏ん張って乗り越えてきたから。つらいことはずっとは続かない。だから私は大丈夫、と思えるようになりました」
■52歳でたどり着いた“自分で選ぶ人生”「頼るだけの人生は嫌だった」
――今のように白髪も含めて自分らしくおしゃれを楽しめるようになった、一番のきっかけは何だったのでしょうか?
「私が白髪でも自信を持っておしゃれをして歩けるようになったのは、Instagramでカミングアウトしたことがきっかけではありますが、1番のきっかけは、自分の人生を自分で選んで、決めて行動したからです。私はInstagramが大好きで、ずっと仕事にしたいと思っていました。2023年の春に長く勤めた仕事を辞めて、Instagramに集中すると自分で決めて頑張ったことが、結果的に今につながっています」
――そうして“自分で人生を選ぼう”と思うようになった背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
「前述した通り、私は重度のパニック障害を経験し、今も軽い不安障害があります。そんな生活の中で、ほとんどのことを主人に頼って生きてきました。もちろん幸せでもありましたが、60歳の自分を想像した時に『このままじゃ絶対に嫌だ』と思ったんです。主人がいないと生活できない自分がすごく嫌だったし、自立したいという気持ちもありました。
もっと海外旅行に行きたい、いろんな服を着てお出かけしたい、お友達ともたくさん遊びたい。20代以後にできなかったことを、これからやっていこうと思いました。『いつか』って、待ってるだけでは来ないんですよね」
――年齢を重ねた今、時間の大切さを意識するようになったことも大きかったのでしょうか?
「最近気づいたのは、時間は思ったより多くないということです。私は今52歳、主人が56歳。70歳まで元気に海外旅行に行けるかなと考えたら、あと14〜15年ほど。年に1度の海外旅行なら、あと14〜15回しか行けない。行きたい国はもっとあるのに時間がない。そう思ったら、もっと健康管理や仕事を頑張ろう、とエンジンがかかりました」
――今、若くして白髪に悩んでいる方へ、どんなことを伝えたいですか?
「まだまだ白髪は染めないと恥ずかしい、という風習があり、『染めないと恥ずかしいよ』と言う人もいます。フォロワーさんの中にも、そんな言葉に悲しい思いをしている人がいます。私はその考えを変えていきたいんです。今は白髪ぼかしやハイライトなど技術も豊富なので、私のようにカラーを入れたり、自分に合ったやり方で白髪を生かしてほしいと思います。『何歳だから』も脱ぎ捨ててほしいですね。白髪がおしゃれなイメージになるよう、私も発信を頑張りたいです」
――また、同じような病気で苦しんでいる方へは、どんなことを伝えたいですか?
「私は“完治”だけを幸せの基準にはしていません。薬に少し頼りながらでも、外に出て、海外旅行に行ける方が自分にとっては幸せです。人間はやはり外に出た方がいい。そして運動は本当におすすめしたいです。回復には体力も必要になります。
最初は月に1度でもいい。最寄りの駅まで行って美味しいものを買ってくる、そんな小さな行動でも、やらない自分との差は大きいです。私の最初の一歩も本当に小さかった。でも、それが海外旅行に行ける日にまでつながりました。諦めないでほしいです。
私が経験してきたことが誰かの役に立つ日が来るなんて、過去のつらい日々が報われる思いです。私もまだまだ成長途中なので、同じように悩む人たちと一緒に前に進んでいけたら嬉しいです」
【動画カット】ヘアセットで白髪もわかりづらく…ベリーショートにした38歳当時の姫さん
■白髪が増え、天真爛漫な性格も180度変化「髪型や髪色を楽しんでいる全女性が羨ましかった」
――38歳でベリーショートにする決断をされた投稿が大きな反響を呼んでいますが、当時はどのような状況だったのでしょうか?
「20代から白髪染めをしてきたので、30代の頃には頭皮が常に荒れていました。そんな状態での白髪染めだったので、もちろん染みました。でも、まだ若いうちから半分以上が白髪だなんて恥ずかしくて、染めないわけにもいかず、ヘナやトリートメントタイプも使ってみましたが、やはり頭皮の炎症は治りませんでした。最終的にはヘナでも痒みが出たり、顔の方までただれてきてしまって、白髪染めをやめる決心をして動画に撮ったのが38歳の時でした」
――パニック障害や不安障害を抱えていた時期に白髪が増えていったと拝見しましたが、ご病気を発症した当時の状況について教えてください。
「バイト先でいじめにあったことがきっかけです。1年くらい続きました。負けず嫌いなので、1人でずっと耐えていました」
――その後、パニック障害や不安障害が重く出ていた時期は、日常生活にどのような影響がありましたか?
「電車などに乗れないことから始まり、次第に外出が難しくなりました。最終的にはお風呂も1人では入れなくなりました。お風呂やトイレにも電話の子機を置き、いつどこで苦しくなるのか分からない不安が常にあることや、たくさん薬を飲んでも効かなかったことが1番つらかったです。薬で治らないなら、私は一生こんな生活をしなくちゃいけないのだろうか、という絶望感もすごくありました」
――まだ若い時期に白髪が増えたことで、どのようなお気持ちになりましたか?
「黒髪はもちろん、髪色や髪型でおしゃれを楽しんでいる全女性が心の底から羨ましかったです。『私の人生は終わった』とも思いました。ましてや病気である私が生きている意味はあるのだろうか、ということをずっと考えていたと思います。生きることを諦めようとも何度も思いました。でも終わらせる勇気はなかったです。天真爛漫だった性格は180度変わって、『絶対無理』『きっとうまくいかない』など、最初から否定するようないつもマイナスなことしか考えられなくなりました」
――白髪が増えたことで、周囲の反応が気になったことはありましたか?
「自分から『私、白髪が多いから』と話していたので、何か悲しいことを言われた記憶はありません。ただ、やはり視線は気になりました」
■頭皮トラブルの末に決めた38歳のベリーショート、支えとなった夫の存在
「葛藤というよりも、ただただ『まだ若いのに白髪になるのは恥ずかしい』という気持ちだけでした」
――38歳でベリーショートにする決断は、大きな転機だったと思います。どんな思いで“切ろう”と決めたのでしょうか?
「『白髪染めがもうできないなら、逆に白髪に合わせて明るくしてみようか?』ということで、頭皮から浮かせてブリーチをしたのですが、明るい色で長いのは目立つし、とにかく早く白髪を生え揃えさせたかったのでベリーショートにしました」
――実際に切った後は、どのように感じましたか?
「髪の毛は長いと、どこかしらで分け目ができてしまうと思うのですが、ベリーショートの場合は、くしゃくしゃに立たせたりすることで、分け目が目立たないところが良かったです。ブリーチで傷みも出るので、しばらくはベリーショートだったと思います。また、ベリーショートはウィッグも被りやすくて良かったですね」
――そうした時期を乗り越える上で、ご主人の存在はどのような支えになっていたのでしょうか?
「家族以上に寄り添ってくれた人で、私の命の恩人です。主人と出会っていなかったら、今、私は生きていないと思います。病人にとって『頑張れ』ってつらい言葉なのですが、主人は『頑張ってるのは分かってるから、今は踏ん張れ!』と言ってくれたことが1番印象的な言葉です。その日以後、私はつらくなったら“踏ん張る”ようになりました。
どんなに苦しい発作も、少しの間踏ん張れば過ぎ去っていく。これは今も教訓になっていて、あんなにつらい日々を過ごしてきたのは、その時その時を踏ん張って乗り越えてきたから。つらいことはずっとは続かない。だから私は大丈夫、と思えるようになりました」
■52歳でたどり着いた“自分で選ぶ人生”「頼るだけの人生は嫌だった」
――今のように白髪も含めて自分らしくおしゃれを楽しめるようになった、一番のきっかけは何だったのでしょうか?
「私が白髪でも自信を持っておしゃれをして歩けるようになったのは、Instagramでカミングアウトしたことがきっかけではありますが、1番のきっかけは、自分の人生を自分で選んで、決めて行動したからです。私はInstagramが大好きで、ずっと仕事にしたいと思っていました。2023年の春に長く勤めた仕事を辞めて、Instagramに集中すると自分で決めて頑張ったことが、結果的に今につながっています」
――そうして“自分で人生を選ぼう”と思うようになった背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
「前述した通り、私は重度のパニック障害を経験し、今も軽い不安障害があります。そんな生活の中で、ほとんどのことを主人に頼って生きてきました。もちろん幸せでもありましたが、60歳の自分を想像した時に『このままじゃ絶対に嫌だ』と思ったんです。主人がいないと生活できない自分がすごく嫌だったし、自立したいという気持ちもありました。
もっと海外旅行に行きたい、いろんな服を着てお出かけしたい、お友達ともたくさん遊びたい。20代以後にできなかったことを、これからやっていこうと思いました。『いつか』って、待ってるだけでは来ないんですよね」
――年齢を重ねた今、時間の大切さを意識するようになったことも大きかったのでしょうか?
「最近気づいたのは、時間は思ったより多くないということです。私は今52歳、主人が56歳。70歳まで元気に海外旅行に行けるかなと考えたら、あと14〜15年ほど。年に1度の海外旅行なら、あと14〜15回しか行けない。行きたい国はもっとあるのに時間がない。そう思ったら、もっと健康管理や仕事を頑張ろう、とエンジンがかかりました」
――今、若くして白髪に悩んでいる方へ、どんなことを伝えたいですか?
「まだまだ白髪は染めないと恥ずかしい、という風習があり、『染めないと恥ずかしいよ』と言う人もいます。フォロワーさんの中にも、そんな言葉に悲しい思いをしている人がいます。私はその考えを変えていきたいんです。今は白髪ぼかしやハイライトなど技術も豊富なので、私のようにカラーを入れたり、自分に合ったやり方で白髪を生かしてほしいと思います。『何歳だから』も脱ぎ捨ててほしいですね。白髪がおしゃれなイメージになるよう、私も発信を頑張りたいです」
――また、同じような病気で苦しんでいる方へは、どんなことを伝えたいですか?
「私は“完治”だけを幸せの基準にはしていません。薬に少し頼りながらでも、外に出て、海外旅行に行ける方が自分にとっては幸せです。人間はやはり外に出た方がいい。そして運動は本当におすすめしたいです。回復には体力も必要になります。
最初は月に1度でもいい。最寄りの駅まで行って美味しいものを買ってくる、そんな小さな行動でも、やらない自分との差は大きいです。私の最初の一歩も本当に小さかった。でも、それが海外旅行に行ける日にまでつながりました。諦めないでほしいです。
私が経験してきたことが誰かの役に立つ日が来るなんて、過去のつらい日々が報われる思いです。私もまだまだ成長途中なので、同じように悩む人たちと一緒に前に進んでいけたら嬉しいです」
2026/04/16