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出来が良いものよりも、面白いものを―― 大友良英がめざす劇伴

 ノイズやフリー・ジャズを中心に音楽家、ギタリスト、ターンテーブル奏者として活躍する一方、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』や映画『アイデン&ティティ』など、国内外で数々の映画やドラマの音楽を手掛け、劇伴(※)作家としても存在感を発揮する大友良英。そんな彼が、現在放送中のNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺』の第2部の音楽をまとめた『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 後編』、そして自身のキャリアをさかのぼるアルバム『GEKIBAN2-大友良英 サウンドトラック アーカイブス』を7月24日に同時リリースした。通年放送となる『いだてん』の劇伴づくりの舞台裏、そして『あまちゃん』で一大ブームを巻き起こし、劇伴の面白さについて一石を投じた名人に“大友流・劇伴づくり”の極意を聞いた。  ※劇伴…映画やテレビドラマなど、作品の裏で流れる伴奏音楽のこと

映画や1クールのドラマとは異なり、長いスパンで作り上げた『いだてん』の劇伴

――長いキャリアの中での最新作、『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 後編』がリリースされましたが、『いだてん』の劇伴は、いつ頃から制作に取りかかったのですか?
大友良英(以下、大友) オファーがあったのは2017年だったと思います。まだ、台本の1冊目ができる前かな。その段階で、熊本や浅草でロケハンをして、2018年の2月には、メインのテーマ曲がほぼできていました。そこからはずっと、撮影と並走して劇伴を作り進めていったので、ライブ感があって。それは、映画や1クールだけのテレビドラマとは全然違って、大河ドラマという長いスパンでの作品の面白さです。
――オープニングで流れる「いだてん メインテーマ」は、どんなイメージで作っていったのですか?
大友 大人数で演奏したいと思って。それも、30〜40人とかじゃなく、何百人、何千人と。そこで、サンバを参考にしたんです。サンバって、平気で何百人ものアンサンブルになる音楽ですから。実際にテーマ曲の録音には、300人ほどが参加しています。

――そうしたイメージは、やはり脚本から練っていくのですか?
大友 そうですね。最初は、スポーツすら知らない数人で「オリンピックだ!」って騒いでいたわけで。それこそ、インディーズですよ。それが、国を挙げての祭典にまでなっていくドラマを、音楽でもバカバカしいほど正直に表現しようと考えたんです。冒頭のファンファーレは6人の演奏で、次がギターと打楽器の3人だけ。そこから、どんどん膨らんでいくっていう。あとはもう1つ、誰でも参加できる曲にしたくて。朝ドラの『あまちゃん』の劇伴もそうだったんですけど、なるべく簡単で、たくさんの人が参加して生まれる揺らぎが面白い音楽を作りたいなと。だからテーマ曲の合唱も、いわゆる歌のプロは1人もいなくて、スタッフさんや、演奏しに来たミュージシャンに歌ってもらったんです。たとえば、野球の応援って誰でもできるじゃないですか。音程なんか関係ない。あぁいう感じにしたかったんですね。それはやっぱり、宮藤(官九郎)さんのドラマが、そういう風に作られているから。『いだてん』って、みんなが一丸となってオリンピックに向かう根性物語ではないんです。ドラマの第2部から登場する田畑政治(阿部サダヲ)って人物だって、一見無神経でせっかちですが、その行動力で世界を変えていく。でも挫折していくんですよ。第1部の主人公だった金栗四三(中村勘九郎)さんだってそう。挫折の物語なんですよ。成功する人の話じゃない。そこが良いなと思って。

劇伴づくりで重要なのは、監督とのコミュニケーション

――では、大友さんにとって、劇伴を作るための一番重要なポイントは?
大友 監督と、あとNHKの場合は音響デザインというチームがあって、そことコンセンサスを取っていくことです。要は、「このドラマはどっちを向くのか?」を共有すること。別に音楽を付けなくても、セリフや役者さんの動きで、田畑の忙しなさは示せるわけです。でもそこに音楽を付けることで、田畑の忙しなさを強調するのか。それとも、忙しないんだけど本当はそうじゃないんだよ、ということを伝えるのか。だから監督がどうしたいのかという点が、脚本以上に重要になってくると思っています。そういう意味では、第1部用の録音時は監督も僕もまだそこが見えていなくて、たくさんの曲を録りました(3月6日に『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編』を発売)。でも、ドラマが始まって撮影が進行していくと、だんだん方向性が見えてきたので、今回リリースした後編の楽曲は、僕なりにフォーカスをバシッと合わせて「これだ!」というものが作れたと思っています。
――今回、過去に手掛けた劇伴やCM曲を集めたアルバム『GEKIBAN 2 〜大友良英サウンドトラックアーカイブス〜』も同時にリリースされましたが、今のお話は他の劇伴作りにも共通することですか?
大友 基本はどれも一緒ですし、『GEKIBAN 2』に入っている音楽は、わりとそこが上手くいったと思っています。台本があったうえで、監督がどの方向を向いているのかを理解して、その方向で自分は何ができるかを考えて音楽を作ります。だから、本当に伴奏なんですよ。劇伴の“伴”は、伴奏の“伴”だし、僕はギタリストですから、ソロも弾くけど、そもそも伴奏楽器の演奏者なんです。歌手が向いている方向を考えながら、どうプッシュして、歌を引き立たせるか。伴奏によって、歌がより良いものになることが、最大の喜びで。自分のソロは、時々やれたら十分。人をどう見せるか、どう光らせるかを考える方が好きだし、気質的に合っていると思っています。

――近年、『君の名は。』や『ラ・ラ・ランド』、『グレイテスト・ショーマン』など、音楽がより深く関わった映画がヒットしていますが、大友さんはこうした傾向をどう感じていますか?
大友 昔って、「ドラマは良いけど音楽が嫌だ」っていう意見は、そんなに出なかった気がするんです。でも、最近は音楽にうるさい人が増えて、それはすごく良い傾向なんじゃないかな。

最近の劇伴はどれも優秀「だけど、それだけだとちょっと不満で」

――つまり、それだけ映像の作り手に“音楽ファン”が増えた、と。
大友 逆に言うと、善し悪しは別にして、映像に付けられる音楽の量が昔よりも増えてきたので、音楽の支配力が強まってきている気がします。だからこそ、無神経に音楽を付けたドラマとか観ていられないですよね。そうなった理由は、MTVのスタートが1980年代初期で、そのネイティブの世代が作り手になっているからだと思うし、あと、自分たちで映像を所有できるようになったことも大きいですよね。僕らが子どもの頃は、まだ録画なんかできなくて、映像はテレビか映画館で観るしかなかった。それがある時代に、所有できるようになったでしょ? 映像も音楽と同じようにパーソナルなものになって、音楽と映像の関係性も、明らかに80年代以前とは変わってきていると思います。作り方だって、コンピューターで映像と音楽のタイムをバッチリ合わせるのがハリウッド映画の主流ですもんね。しかも今は、劇伴のノウハウをみんな身に付けているから、最近の劇伴って本当にどれも良く出来ていると思います。だけど、それだけだと、僕はちょっと不満で。良く出来たものって、過去に参照するものがあってそれをどうより良くつけていくかでしょ。でも、僕は優等生のドラマを作りたいんじゃなくて、発見していくのが好きなんで。なんだかわけがわからないけど面白いってもんを見たんです。だから今どき、わざわざ生演奏で映画やドラマに音楽を付けるなんていう僕は、絶滅危惧種ですよ(笑)。

――いまや、AIが作曲する時代ですからね。
大友 いずれ本当に、「伊福部昭さんとポール・マッカートニーさんの共作風で、演奏はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の曲」とか、現実にはあり得ないような劇伴だって、AIが作ってくれる時代がくると思うし、人が劇伴をつくるってこと自体がなくなるかもしれないよね。「シーン48で感動のピーク」とか、AIが計算で作れるようになると思う。だとしたら、絶対に計算されてたまるか!っていう音楽を作り続ける。それが、この先の野望かな(笑)。でも現実的なことを言うと、これから先は身の丈に合わないことはせずに、好きな音楽をやっていきたい。本当に、このひと言です。これからもプロデュースはするだろうけど、作曲やプレイヤーとしての活動に重心を移したいかな。

――いろんなことを突き詰めた結果、音楽を始めた頃の感覚に戻っていくのかもしれませんね。
大友 そうそう。結局、人って好きで始めた頃の感じに戻るんですよ。いろいろやったけど、やっぱり僕はフリー・ジャズが好きだし、ギターを弾いていたいし、エレクトロニクスを使ってノイズを「ビーッ」って鳴らしていたい。そこはずっと変わらない。耳と指が健康なうちに、それをもっとたくさんやりたいですね。

文/布施雄一郎

Information

Profile

大友良英(オオトモ ヨシヒデ)
1959年生まれ。映画やテレビの音楽を手掛けながら、ノイズや即興の現場がホームの音楽家。ギタリスト、ターンテーブル奏者。活動は日本のみならず欧米、アジアと多方面にわたる。美術と音楽の中間領域のような展示作品や一般参加のプロジェクト、プロデュースワークも多数。震災後は、故郷の福島でもプロジェクト「FUKUSHIMA!」を立ち上げ、現在に至るまでさまざまな活動を継続中。その活動で2012年には、芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門を受賞している。2013年、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽で、日本レコード大賞「作曲賞」ほか、数多くの賞を受賞。2014年より、アンサンブルズ・アジアのディレクターとしてアジア各国の音楽家のネットワークづくりにも携わっている。2017年には札幌国際芸術祭の芸術監督を担当。福島を代表する夏祭り『わらじまつり』改革のディレクターも務めるなど、活動は多岐にわたる。

■オフィシャルサイト:http://otomoyoshihide.com/(外部サイト)
■大友良英Twitter:@otomojamjam

提供元: コンフィデンス

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