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民放連続ドラマが朝ドラ化、背景に高齢視聴者の取り込み

日曜劇場『この世界の片隅に』第8話より(TBS系)(C)TBSテレビ

日曜劇場『この世界の片隅に』第8話より(TBS系)(C)TBSテレビ

 戦争について考えることの多い夏、TBS日曜劇場で放送中の『この世界の片隅に』がSNSで話題になったが、そのなかには「朝ドラっぽい」という声が目立っていた。確かに昨今、民放で朝ドラの匂いを漂わせるドラマは増えたように思う。今クールでは、『ラストチャンス』(テレビ東京系)の主人公・樫村徹夫(仲村トオル)も、困難なときでもおおらかで明るい“朝ドラ的主人公”と言えそう。民放は朝ドラ化しているのか。その背景と理由について考えてみる。

連続ドラマで目立つ朝ドラ出身俳優の活躍

「オリコンドラマバリュー」満足度調査より

「オリコンドラマバリュー」満足度調査より

『この世界の片隅に』は、累計120万部を突破したこうの史代氏の同名漫画が原作。広島県・呉に嫁いだ主人公すずが、戦時下の困難のなかで工夫を凝らしながら豊かに生きる姿を描いた名作だ。同原作をドラマ化した本作も評判は上々で、SNSでは「胸が苦しくなる」「大切な人をもっと大切にしようと思った」「松本穂香と松坂桃李のイチャイチャに胸キュン」などのポジティブな感想が多い。そんななか注目したいのは「朝ドラを観ているような既視感がある」とする声だ。

 この理由として挙げられるのは、まずはキャスティング。以下のとおり朝ドラのメインキャスト経験者が勢揃いしているのだ。
松本穂香(『ひよっこ』第4週ほか)
松坂桃李(『梅ちゃん先生』『わろてんか』)
土村芳(『べっぴんさん』)、久保田紗友(同)
宮地雅子(『あぐり』『すずらん』『ひよっこ』)
竹内都子(『カーネーション』)
大内田悠平(『とと姉ちゃん』)、稲垣来泉(同)
山本圭祐(『梅ちゃん先生』)
尾野真千子(『芋たこなんきん』『カーネーション』)
木野花(『純情きらり』『どんど晴れ』『あまちゃん』)
塩見三省(『甘辛しゃん』『十条キラリ』『あまちゃん』)
仙道敦子(『おしん』)
宮本信子(『本日も晴天なり』『まんてん』『どんど晴れ』『あまちゃん』『ひよっこ』)

 ちなみに、前クールも『コンフィデンスマンJP』東出昌大(『ごちそうさん』)、『シグナル』坂口健太郎(『とと姉ちゃん』)、『花のち晴れ』杉咲花(同)、『正義のセ』吉高由里子(『花子とアン』)、『未解決の女』波瑠(『あさが来た』)、『モンテ・クリスト伯』ディーン・フジオカ(同)、『あなたには帰る家がある』玉木宏(同)、『おっさんずラブ』田中圭(『おひさま』)、吉田鋼太郎(『花子とアン』)、『ブラックペアン』竹内涼真(『ひよっこ』)、葵わかな(『わろてんか』)など朝ドラ出演俳優は多くの連ドラで活躍しているのだが、『この世界の片隅に』のように1作にここまで集中するのはめずらしい。

安心と安定感の朝ドラ、脇役を含め役者が注目されるきっかけに

日曜劇場『この世界の片隅に』第8話より(TBS系)(C)TBSテレビ

日曜劇場『この世界の片隅に』第8話より(TBS系)(C)TBSテレビ

 朝ドラは近年では、『ゲゲゲの女房』が注目され、『梅ちゃん先生』あたりから視聴率も好調。『あまちゃん』は視聴者層を若い世代まで広げた。なかには『純と愛』など賛否を呼ぶものもあったが、安定してほぼ視聴率20%以上を誇っている。この朝ドラの人気を紐解いていくと、ここでも、まずはキャストの妙が挙げられるだろう。とくに最近は相手役や脇役が注目されるパターンが多く、『ごちそうさん』の東出昌大、『梅ちゃん先生』松坂桃李、『あさが来た』ディーン・フジオカ、『ひよっこ』竹内涼真のほか、『あまちゃん』有村架純や橋本愛、『ごちそうさん』キムラ緑子、『花子とアン』吉田鋼太郎などが脚光を浴びた。

 次に世界観だ。朝ドラの王道は、悪人は登場せず、誰もがいい人で心温まるエピソードが多い、主人公の成功物語。その安心と安定感が、年配者が多い視聴者層をしっかりと掴んでいる。今季の『ラストチャンス』の主人公・樫村徹夫(仲村)も、最終的には「一生懸命働くことがよい人生になる」と考える人物で、“いい人、安心と安定”という意味での朝ドラ主人公的性格を匂わせる。

 世界観と言えば、『この世界〜』の脚本・岡田惠和氏もそうだ。『ビーチボーイズ』『泣くな、はらちゃん』『心がポキっとね』などのほか、『ちゅらさん』『おひさま』『ひよっこ』と3作の朝ドラ脚本を務めた人気脚本家。岡田氏の作風は、どこか優しい世界観にフィクションとしての毒や違和感を混ぜつつ、どこまでも続いていきそうな物語の“ある部分”を切り取ったような視聴感が特徴。変人は登場するものの絶対的悪はほぼ現れず、金太郎飴のようなステレオタイプのエンタテインメントは避けている印象がある。

 つまり、形の上だけで見ると朝ドラと似ている。同作から感じられる朝ドラ感は、原作が持つ雰囲気はもちろん、キャストと岡田氏の世界観によるものが大きいと考えられる。

朝の視聴習慣の取り込みを狙う民放朝ドラ参入も

 朝ドラと民放連ドラに多い刑事ものや医療ものとの決定的な違いは、「登場人物たちが、ケレン味のある特殊な状況に追い込まれることがない」ことだ。非日常が、日常から大きく逸脱することがなく、そこで描かれる家族がじっくりと視聴者の心のなかで馴染んでいく。だからこそ役者としても腕の見せ所になる。極端な役とは、難役ではあるが好評価を得やすい。だが日常的な役は、役者の個性や個人としての生き様、さらにテクニックで繊細に作り上げていかなければ浮かび上がることは難しい。結果、朝ドラで印象を残した役者は業界内で注目されやすくなる。

 現在は少子高齢化とともに、テレビを観ない若年層が増えてきている。若い世代を取り込むことはあらゆる業界の喫緊の課題であり、メディアにおいてもそれをなくして未来がないことは間違いないが、若者だけをターゲットにしていては、視聴率を指標にする以上、数字的に限界があることも分かってきている。高齢層をメインにした幅広い視聴者層を取り込むために、数字の良い朝ドラで注目された役者、力を見せた役者がキャスティングされるのは自然の流れだ。同時に、朝ドラが好調となれば、それに倣った世界観のドラマも増えやすくなる。視聴者が「民放が朝ドラ化している」と感じるのは、この辺りが理由と言えるだろう。

 一方、朝ドラの視聴率が好調なひとつの要因として挙げられるのは、朝の視聴習慣。1日の始まりに、ニュースなど情報番組を観る流れで朝ドラをそのまま視聴している層は多い。そこを取り込もうと画策しているのが、日本テレビだ。開局65周年を記念して、『架空OL日記』で向田邦子賞を受賞したバカリズムが脚本を手がける朝ドラを制作することが発表されている。

 昨今の連ドラの朝ドラ化に続いて、いよいよ朝ドラへの民放の参入も始まる。数々の実験や挑戦が行われ、過渡期を迎えている昨今のテレビドラマ界だが、朝ドラを巡る民放各社の動向は今後も要注目だ。
(文/衣輪晋一)

提供元: コンフィデンス

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