• ホーム
  • 映画
  • 東海テレビ、ゼロから立ち上げた10年の軌跡 シーンを賑わす地方局発ドキュメンタリー映画

東海テレビ、ゼロから立ち上げた10年の軌跡 シーンを賑わす地方局発ドキュメンタリー映画

ここ数年、テレビ局が制作したドキュメンタリー映画に注目が集まっている。その火付け役になったのが、動員22万人を記録し、現在も上映中の『人生フルーツ』。同作のほか数々の作品を手がけてきた東海テレビの阿武野勝彦氏に、ローカル局のドキュメンタリー制作の現状について聞いた。

労力と予算ばかりかかって視聴率が取れない金食い虫

  • 阿武野勝彦氏/東海テレビ放送 報道局 プロデューサー

    阿武野勝彦氏/東海テレビ放送 報道局 プロデューサー

 テレビドキュメンタリーに携わっていた阿武野氏が、映画館でドキュメンタリーを上映したいと考え始めたのは今から10年ほど前だった。
「それまでは、大切な表現を切り捨てるばかりの今のテレビに、飲み屋でダメ出しをするだけだったのですが、自分が50歳になろうというとき、好きで入ったテレビに何か恩返ししないと後悔すると思ったんです」

 そこで浮かんだのが、地上波で全国ネットが難しいなら、映画という形でアウトプットして、広く世の中に発信することだった。

「それを誰彼かまわず周囲に話しているうちに、東京のポレポレ東中野の支配人・大槻貴宏さんが、1作だけで終わらずに続けていくことを条件に乗ってくれました。それが、戸塚ヨットスクールに密着して教育とは何かを問う第1作『平成ジレンマ』(11年)でした」

 しかしその当時、東海テレビの社内ではスタッフ以外に協力者はなく、宣伝の予算確保に苦労する状況だったという。

「テレビ放送ためのドキュメンタリー予算で、映画まで制作してしまう。つまり映画の製作費はゼロです。あとは、宣伝費だけ予算を出してほしいと会社の事業担当に頼んだら、鼻で嗤われました。テレビ局にとって、ドキュメンタリーは、放送の意義はあるし、コンクールで賞を取れば局のステイタスになるけれど、本音は、労力と予算ばかりかかって視聴率が取れない金食い虫に過ぎませんでした」

 そんな状況のなか、なんとか宣伝費を確保して1作目の公開後も2作目、3作目と映画公開を進めていった。そして、世の中の反響を得たのが、「オウム真理教事件」や「和歌山毒カレー事件」など死刑事件の弁護を引き受ける安田好弘弁護士を追った第3作『死刑弁護人』(12年)のときだった。

「内容とともに動員数が初めて1万人の大台にのって話題になりました。その後、『ヤクザと憲法』(16年)は4万人を突破。この映画は千原ジュニアさんをはじめ多くの芸能人が話題にしてくれました。そして、『人生フルーツ』は17年1月に公開してから、口コミで広がっていって、現在、動員数は22万人超。観客の年齢層もどんどん広がっています」

2011年から映画を初めてようやく世の中に届いた感触

『ヤクザと憲法』大阪の指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」にカメラが入る。実録ではなくこれはホンモノ

『ヤクザと憲法』大阪の指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」にカメラが入る。実録ではなくこれはホンモノ

 東海テレビでは今年お正月のお昼の時間帯に、千原ジュニアのトークの模様など新たな映像を加えた『ヤクザと憲法』や樹木希林出演の『人生フルーツ』などを放送するに至った。

「映画にしたものが、テレビに帰ってくる。これがもともとの夢でした。それも、映画がヒットしたことでぐるっと回って戻ってきて、ファーストラン(初回のテレビ版放送)より、いい時間でオンエアすることになりました。いわば凱旋放送です。ほかにも、全国各地の映画館での10作すべての特集上映だけでなく、日本映画専門チャンネルや映画チャンネルNECOなど衛星放送でも特集が組まれたり、11年から始めたことがようやく世の中に届き始めたという感触です。しかし、まだまだです。これから10年、20年後に、もっとみなさんがドキュメンタリーを楽しめるように、次の世代の制作者にバトンを渡していかないと思っています」

 近年は、東海テレビのほか地方局が作るドキュメンタリーが続々と映画館で上映されている。この背景には、漫画実写映画など若年層向けの作品ばかりがシネコンに溢れるなか、市井の人々の人間ドラマを描くドキュメンタリーのおもしろさが浸透し始めるとともに、地域に密着するローカル局発の作品クオリティが信頼され、支持を得ている側面があるのではないだろうか。

「全国のローカル局がドキュメンタリー映画へ参入するスピードは、予想以上の早さでした。山口放送の『ふたりの桃源郷』、南海放送の『X年後』などのスタッフと横の繋がりもあります。世の中の流行り廃りは速いから、あっという間にドキュメンタリーへの関心がなくなるかもしれない。そうならないように、東海テレビだけじゃなくて、全国にはすばらしい制作者がいますから、いろいろな局がさまざまなドキュメンタリーのおもしろさを伝えていけばいいと思うんです」

40分テープ400〜500本から人間を描く物語を絞り出す

 これまでに10作を送り出してきた東海テレビだが、その専任スタッフがいるわけではなく、ニュースのデスクが企画を考え制作する。そして、映画化が決定すると通常業務と兼任で配給から宣伝までを手がけていくことになる。多忙を極めるのは必至だが、やりがいを求める志の高いスタッフは後を絶たないという。では、そんななかでの映画化の決め手とは何だろうか。

「スタートはテレビドキュメンタリーです。企画の段階で映画化を決めてとりかかる作品は今までに1本もありません。取材して第1稿の編集が終わったときに、それを観て映画化するかを“勘”で判断します。ただ、うちのやり方としては、40分テープで400〜500本の取材を重ねて、そこからぎゅっと絞り出すわけです。その絞ったものは、すごく濃い人間の物語になっています」

 この7年ほどで東海テレビは、ドキュメンタリー映画興行を成功させているわけだが、事業部化して利益を追求することなどなく、クリエイティブに特化するその制作体制は立ち上げ当初と変わらない。

「たしかに今ではビジネスとして成立しています。でも、これはたまたまの幸運に過ぎません。考えても見れば、利益や効率を考えすぎることでテレビはダメになったのではないでしょうか。ですから、成功の秘訣は、むしろ正しい会社のルートに乗せないことかもしれないと思っています。これからも、当てにいくような作品は作るつもりはありません。打席に立ったら、三振でもいいから思いっきり振り切る気持ちで作っていきたいです」
(文:西森路代)
東海テレビ放送 報道局 プロデューサー
阿武野勝彦氏
PROFILE/あぶの かつひこ
報道局専門局長、ドキュメンタリープロデューサー。09年度日本記者クラブ賞受賞、11年度芸術選奨文部科学大臣賞(放送部門)受賞、第43回放送文化基金賞個人ほか数々の賞を受賞。『人生フルーツ』では、第12回日本放送文化大賞グランプリ、今年度キネマ旬報文化映画第1位。

人生フルーツ

 愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの一隅。雑木林に囲まれた一軒の平屋。それは建築家の津端修一さんが、師であるアントニン・レーモンドの自邸に倣って建てた家。四季折々、キッチンガーデンを彩る70種の野菜と50種の果実が、妻・英子さんの手で美味しいごちそうに変わる。ふたりの来し方と暮らしから、この国がある時代に諦めてしまった本当の豊かさへの深い思索の旅が、ゆっくりとはじまる。

プロデューサー:阿武野勝彦
監督:伏原健之
製作:東海テレビ放送
全国順次公開中
公式サイト:http://life-is-fruity.com/(外部サイト)

提供元: コンフィデンス

【最新号】コンフィデンス 18年8月13日号 詳細はコチラ バックナンバー 一覧

最新号コンフィデンス18年8月13日号

<COVER STORY>
鈴木大地氏(スポーツ庁長官)
観客が競技会を楽しむには音楽は欠かせない要素。
スポーツと音楽は一体として考えるべきです

<SPECIAL ISSUE>
イベント開催時の「災害リスク」の考え方
「ORICON LIVE STUDY with ACPC」Vol.14

お問い合わせ

オリコンニュース公式SNS

Facebook、Twitterからもオリコンニュースの最新情報を受け取ることができます!