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“結婚=女の幸せ”、いまだ続いている? 既婚者マッチングアプリ社長が背負う“矛盾”「本当は必要ない社会の方がいい」

「ヒールメイト」運営元・レゾンデートル株式会社の代表取締役社長・磯野妙子さん

「ヒールメイト」運営元・レゾンデートル株式会社の代表取締役社長・磯野妙子さん

 「結婚を『ゴール』のように信じていたのです」――妻として、母として家庭を支え、役割をまっとうすることこそ幸せだと信じていた女性が、「既婚者同士のマッチングアプリ」を立ち上げた。46歳、結婚から約15年が経った頃のことだ。マッチングアプリは本来、男女の出会いの場であり、既婚者同士が利用するものではないというのが一般的な見解だろう。しかし、結婚生活の中で自尊心を失い、何年も心から笑えない精神状態に追い詰められた場合でも、家庭の外に救いを求めてはいけないのだろうか。自身の体験をもとに既婚者マッチングアプリ「ヒールメイト(外部サイト)」を立ち上げた、レゾンデートル株式会社代表取締役の磯野妙子さんに話を聞いた。

mokuji目次

  1. 「幸せがあると信じていた場所」が、なぜ苦しいのか
  2. 「人は誰かに理解してもらえるだけで、自分を取り戻せる」という気づき
  3. “矛盾”引き受ける覚悟 「本当は既婚者マッチングアプリが“必要とされない社会”がいい」
  4. 「自分の人生を、自分で選び直す」という自立
磯野妙子

PROFILE 磯野妙子

レゾンデートル株式会社 代表取締役社長。看護師として10年間勤務後、結婚を機に専業主婦に。夫婦関係の破綻と向き合うなかで深い苦悩や孤独を経験し、「同じ悩みを抱える人の居場所をつくりたい」と起業を決意。2022年に既婚者マッチングアプリ「ヒールメイト(Healmate)」を創設し、2026年には自身初の書籍を出版。

「幸せがあると信じていた場所」が、なぜ苦しいのか

  • 「自分の恥ずかしい部分を見せたとしても、誰にでも“可能性がある”ことを伝えたい」と著書について話す礒野さん

    「自分の恥ずかしい部分を見せたとしても、誰にでも“可能性がある”ことを伝えたい」と著書について話す礒野さん

 「結婚こそが女の幸せ」。大正生まれで保守的な考えを持つ父のもとで育った磯野さんは、社会に出て看護師として活躍していても、“30歳までには結婚したい”という思いを強く持っていた。

「父の刷り込みもあり、妻が夫と家庭を支える献身的な家庭像を理想に描き、結婚を『ゴール』であるかのように信じていたのです」

 しかし、いざ家庭を持ち子育てが始まると、夫との間に決定的な価値観のズレが生じ始めた。磯野さんは著書『46歳、妻、子ども2人。既婚者マッチングアプリをつくる』(講談社)の中で、当時をこう振り返っている。

「夫は仕事に情熱を注ぎ、私は家庭と子育てに力を注ぐ。それが理想だと信じ、子どもの教育とケアに全精力を傾けていました。しかし、夫はそれを“やりすぎ”と考えていたようで、子育てに関する私の意見はことごとく否定され、次第に人格を否定されるような言葉を浴びせられるようになりました」

 夫婦げんかは絶えず、自尊心は著しく低下し、自分の存在意義さえ見失っていく日々。もともとは誠実で気さくなタイプだった夫も、「養ってもらって、恥ずかしくないのか」「普通の母親のようにできないのか」と強い言葉を投げつけるようになっていたという。

「夫も追い詰められていたのだと思います。でも、その言葉で心のシャッターが下りてしまい、離婚を決意しました。ヒールメイトに集まるコメントを見ても、“母親だから育児は当たり前”“一家の主だから稼いで当然”といった役割を押し付けられ、個人として見てもらえないことへの悲しみが多いように感じます。やって当然ではなく、お互いの感謝不足なのかもしれません」

 役割に固執するあまり、妻でも夫でもない“その人自身”が見えなくなっている状態だ。磯野さん自身も、妻として、母として、誰かのために生きることが当たり前になり、“自分自身”をすり減らし続けた結果、家庭は幸せな場所ではなくなり、何年も“心から笑えない状態”に陥っていた。
 離婚を決意しても、そこには高いハードルがある。経済的不安、子どもの将来、社会の目。「自立したいなら経済力をつければいい」という声もあるが、抑圧された状況下では思考そのものが鈍り、すぐに行動へ移すのは難しい。また、磯野さん自身、完全にひとりで生きていけるタイプではなく、本音では精神的に頼れる男性にそばにいてほしいと思っていたそう。そんな中、磯野さんは既婚者限定のマッチングアプリの存在を知る。夫から子どもが成人するまでは離婚しないと言われていたこともあり、将来の再婚に希望を馳せて登録した。

「既婚者同士で、立場が似ている相手ならお互いの状況も理解し合えるだろうと思ったのです。ただ、私の求めていたものはそこにはありませんでした」

 挨拶もなくブロックされる。会ってすぐホテルに誘われる。磯野さんにとって、そこは「地獄のような世界」だった。癒やしではなく、消耗。こんな場所で心が救われるはずがない。そう感じてアプリを閉じたあとも、同じ境遇の人とつながりたい気持ちは消えなかった。

「行き場のない孤独や虚しさ、自己否定、喪失感、罪悪感。他人には話せない苦しみを、安心して共有できる場がないことがどれほどつらいか。私は自分の経験を通して知ってしまったのです」

「人は誰かに理解してもらえるだけで、自分を取り戻せる」という気づき

アプリの運営を通じ、「私自身が救われている」と語る磯野さん

アプリの運営を通じ、「私自身が救われている」と語る磯野さん

 こうした思いから「ヒールメイト」を立ち上げた磯野さん。運営を通じて実感したのは、「人は誰かに理解してもらえるだけで、自分を取り戻せる」ということだった。

 「ヒールメイト」は、本来は男女のマッチングを目的としたアプリだが、実際には、マッチングも掲示板投稿もせず、ただ他人の悩みやコメントを読むだけの利用者も多いのだという。また、共通の趣味を通じて「素の自分」に戻る時間を求める人や、同性同士で悩みを共有したい人も集まっている。いずれも当初の想定とは異なる使われ方だったという。

「解決策がなくても、自分の思いを外に出し、共感してもらえるだけで人は救われる。同じ思いを抱えている人がいると“知るだけ”でも違う。私自身は解決策を求めるタイプでしたが、運営を通じてその価値観の変化を強く実感しました」

 完全匿名の掲示板に加え、グループチャットや会員主催イベント機能を用意。問い合わせへの迅速な対応や違反行為への厳格な対処など、安心して利用できる環境づくりを続けてきた結果、ヒールメイトは単なる出会いの場にとどまらず、既婚者同士の大きなコミュニティへと成長した。中でも、ママ友や親戚、家族には話せないような本音を赤裸々に語り、共感し合う会員の姿を見て、磯野さんはヒールメイトが孤独な既婚者の「居場所」となれたことを実感した。

「会員様の痛みは過去の自分と重なる部分が多いので、会員様同士が優しい言葉をかけあい、『そういうふうに言っていただいて、救われました』と言っている様子を見ると、私自身が救われたような気持ちになります。運営という立場ではありますが、結局、一番救われてきたのは私自身なのかもしれません」

“矛盾”引き受ける覚悟 「本当は既婚者マッチングアプリが“必要とされない社会”がいい」

 もちろん、既婚者同士がマッチングするという構造には、倫理的な批判や社会的な反発がつきまとう。2026年2月には、渋谷109の近くに掲げた広告が批判を浴びた。磯野さん自身、その矛盾や葛藤を誰よりも理解している。

「本来は、このようなサービスが必要とされない社会の方がいいに決まっています。結婚生活の中で、誰もが幸せに過ごせるなら、それが一番ですから」

 しかし現実には、理想通りにいかない家庭もある。核家族化や育児負担の偏り、誰にも相談できない閉鎖的な環境の中で、「このまま生きていてもしかたがない」と感じるほど追い詰められる人がいる。磯野さんが自身の経験を書籍化したのも、そうした“現実”を伝えたかったからだ。

「友人や親には相談できない。でも、こうした場を利用することで少しでも気持ちが変わったり、救われたりする人がいるということを知ってほしかったんです」

 同アプリは、既存の婚姻関係を壊すための場ではなく、家庭の中で壊れかけた心を守るための避難所でありたいというのが磯野さんの考えだ。

「孤独に追い詰められた人が、心を吐き出せる場所があること。それは不道徳ではなく、社会が持つべき“救いのための余白”なのではないかと思います」

「自分の人生を、自分で選び直す」という自立

「心が健康になり、自分に立ち返ることが本当のゴール」

「心が健康になり、自分に立ち返ることが本当のゴール」

 ある女性会員は、夫の浮気に悩み、相手を責め続けていた。しかし浮気する男性の心理を知ろうと登録したヒールメイトで男性たちの本音に触れる中で、「私は夫の気持ちを理解していただろうか」と自問するようになった。その結果、彼女は自分の言動を見つめ直し、夫と話し合い、夫婦関係の再構築を選んだという。

「ヒールメイトのゴールは、必ずしも男女がマッチングすることではありません。心が健康になり、自分に立ち返ること。それが本当のゴールだと私は考えています」

 家庭の中で抑圧され、個を見失った状況から立ち直る。そのために離婚を選ぶのか、関係を再構築するのか、何が正解かは決まっていない。大切なのは、そうした大きな選択をする前に「自分はどうしたいのか」「どうなれば幸せなのか」を問い続けること。それが現状を変える、第一歩になると磯野さんは考えている。

「状況が変わる、変わらないに関わらず、一歩を踏み出したか、踏み出さなかったかの違いは大きいと思います。今、苦しみを感じている人には、自分で自分の人生のハンドルを握り直す力をつけてほしいのです」

 “既婚者マッチングアプリ”という、一見すると不道徳に思える仕組みが広がりを見せている現状。それは、妻や夫、父、母といった社会的な役割に息苦しさを感じ、一人の人間として呼吸できる場所を求めている人たちが多く存在することの現れでもある。そこには、“不道徳”の一言では片づけられない現代社会の課題が残されているように思えた。

『46歳、妻、子ども2人。既婚者マッチングアプリをつくる』(講談社)

「自分を大切にする勇気を取り戻してほしい」と語る磯野さん

「自分を大切にする勇気を取り戻してほしい」と語る磯野さん

 「結婚こそが女性にとっての幸せ」と信じていた一人の主婦が、既婚者マッチングアプリを立ち上げるまでの葛藤と再生を綴った一冊。

 子育てをきっかけに夫婦関係が崩れ、自分の居場所を見失っていく中で、著者は“誰にも言えない孤独”と向き合うことになる。本書では、アプリ誕生の背景だけでなく、利用者たちが抱える不安や寂しさ、そして「誰かと繋がりたい」と願う切実な想いにも迫る。

 「行き場のない孤独やモヤモヤを抱える既婚者にとって、こうした場所が“心の避難所”として求められている現実を知ってほしい」と語る著者の磯野さん。

 「自分を大切にする勇気を取り戻してほしい」という本作に込めた想いのもと、自身の経験や利用者たちの声を通して、“居場所”を求める人々の実情を描き出している。現代の結婚や夫婦関係のリアルに触れたい人はもちろん、誰にも言えない孤独や葛藤を抱え、自分の気持ちを押し込めながら生きている人にとっても、多様な価値観や生き方について考えさせられる一冊となっている。

(取材・文/中西奈津子 撮影/田中達晃)

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