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東京の水辺の可能性を探る、不動産デベロッパーが挑戦する「新しい船の価値」とは?【野村不動産】
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(左から)野村不動産・内田賢吾さん、若林瑠美さんとオリジナル船
解消されない通勤ラッシュ、便利すぎる鉄道網の一方で水上の活用は…
BLUE FRONT SHIBAURA(イメージ)
ほかに逃げ場は? と考えた時に思い浮かべるのが、街が多く面している河川や海。ところが東京の水上交通は、あまりに地上の利便性を追求してきたせいか、一部の観光航路を除いて実用的であるとは言えない。湾外界隈はコミケなどイベント開催も多いのだが、定期運航されている水上バスは観光客向けで便数が少ないし、ましてや普段の通勤・通学に使おうと考える人はほとんどいないという状況が続いてきた。
そんな舟運を活性化し、水辺空間の魅力と利便性を向上させるため、東京都は2015年から取り組みに着手。だが、コロナ禍による東京五輪の無観客開催、緊急事態宣言により変更を余儀なくされる結果となった。
「現在も観光客で賑わっているものの、対象が限定されていて、日常の足としては定着させられていない」と語るのは、野村不動産の芝浦プロジェクト本部 企画部企画課・内田賢吾さんだ。
ラッシュも遅延も少ない、街と水辺の繋がりを感じられる立地で生まれた通勤船
2019年、建設中のブルーフロント芝浦に近い日の出ふ頭に、舟運ターミナル「Hi-NODE(ハイノード)」を開業。そこの整備を任され、はじめて「船」に関わったと内田さんは言う。前述のとおり、東京五輪での舟運活用は実現しなかったが、街と水辺の繋がりを感じられる立地。ここでまず、新たな可能性を求めたのが“通勤船”だった。
「アムステルダムやシドニー、ニューヨークでは船での移動が日常に定着しています。当時はコロナ禍で、船は外気に触れるし密にならない乗り物。しかも渋滞に巻き込まれることもないので、日常の移動手段として活性化できたらと考えました」(内田さん)
こうして2024年には、東京都の舟運活性化助成事業の一つとして、舟運事業者東京湾クルージング社と共に、晴海〜芝浦・日の出区間に新たな舟運サービス『BLUE FERRY(ブルーフェリー)』の運航を開始した。一定のシーズンやターゲット、土日などに限定するのではなく、「日常に密着した船」。外気に触れる心地よい乗り物「船」を、通勤ラッシュなどの混雑緩和にもつながる身近な交通手段にできないか。舟運を活性化することで、そうした可能性を探った。
『BLUE FERRY』は現在、通勤に利用する人もおり、リピーターも増えているという。
「より朝早い時間帯の便を拡大できれば、もっと利用者が増えると思います。経済合理性としては電車、バスには敵いませんが、船はラッシュがないし、渋滞が無く遅延も少ない。船のデッキでは澄んだ空気をゆったり感じたり、船室ではパソコンで仕事もできます。新しい通勤の交通手段として選択肢の1つになればよいなと考えています」(内田さん)
不動産会社が「船」を作る? 経営陣を納得させた“体験”
BLUE FRONT SHIBAURA(イメージ)
ここで考えたのは、「非日常の場面を作る、特別な船」だ。ブルーフロント芝浦に入っている高級ホテル「フェアモント東京」で味わえるような、ラグジュアリーな体験ができる船。特別な空間で水辺に近づき、その空間自体が動く。東京の水辺に新たな可能性と価値を生み出す、オリジナル船を造ろうと考えた。ただ、既存の船を運航する通勤船とは違い、いちから船を造ることは不動産会社にはなかなかハードルが高い。
「船を造り運航させるためには、一体どのくらいの期間と費用がかかるのか。こんな船を造りたいという思いはあっても、最初は時間がかかりました」(内田さん)
内田さんと共にプロジェクトを担当する若手社員・若林瑠美さんも、思いを明かす。彼女はもともと、東京と大阪で住宅営業部門に在籍していた。「住宅を売っていたのに、いきなり『船を作ってもらう』と異動の連絡を受けて。最初はよくわからなかったのですが、困ったというより新しいことに挑戦できるのではないかというワクワクでいっぱいになりました」と若林さんは微笑む。
新たな東京の水辺に向けて、理想や夢はある。だが、実際に動き出そうとしても、社内で企画を通すことすら簡単ではなかった。「書面やスライドを使って、乗った経験が無いラグジュアリーで特別な船のコンセプトを会議で説明しても、皆さんイメージがわかないようで。『なぜ船を造るんだ?』と言われ、『えっ?』となりました(笑)」と内田さん。そんな行き詰った状況を打破したのが、“体験”だった。
「不動産事業では新規開発を検討する際、役員は必ず現地へ視察に行きます。同じ観点で、企画製造を依頼しているヤンマーマリンインターナショナルアジアからプレジャーボートを借りて、役員に『船に乗る』という体験をしてもらったのです。すると、船の気持ち良さとともに新たな水辺の可能性を感じてもらえました。そこから大きく流れが変わりました」(内田さん)
まったくの新規参入の不動産会社、船業界の理解の手始めに船舶免許も取得
「船は特に安全性が欠かせません。不動産会社が造る船でも、もちろんそれは同じです。そのため、まず、舟運事業に携わるプロの方々に指導を仰ぎました」(内田さん)
内田さんが小型船舶免許を取得したのも、まずはそこから始めたいという思いがあったから。
「教えを乞うにしても、相手が何を言っているのかを理解しないと始まりません。運航では何を気にすべきなのか? 安全に走らせることの大変さを自分自身がわかっているかどうかで、プロの意見の理解度や受け止め方が変わってくると思ってのことでした。実際、見ているだけではわからないんです。最初は何からやっていいかわからなかったので、自分でも東京にある多くの桟橋を巡り、大きさを測ったのですが、そこでやっと船長さんが言っていることがわかり始めたくらい。まずは輪郭をとらえ、船長さんたちの価値観を知るためにも、せめて船舶免許を取るくらいはしなければと思ったのです」(内田さん)
そんな内田さんに習い、若林さんも小型船舶免許を取得。
「私も、東京の潮位の変動が思いのほか激しいこと、季節によって風の強さや吹き方がまったく異なることも、この事業に関わって初めて知りました。教えていただくことはあるけれど、実感がないと相手と会話もできないですからね。免許をとって、実際に体験して初めて、少しでも業界のことを学ばせていただけるのではないかと考えました。『船舶免許を取って、気合入れてきました!』と報告したのですが、みなさん、とても丁寧に船のことを教えてくださいます」(若林さん)。
船上ピクニックやバー、こたつまで…企画したイベント船はほぼ全便が完売
ブルーフロント芝浦タワーS開業時に運航されたピクニック船
「定着させるためには、『船って気持ちがいい!』という体験を東京の水辺でしてもらうことが大切。『次も期待しています』という声をたくさんいただき、今は毎月のように企画し、運航している状態です」(若林さん)
利用者にはファミリー層も多いが、「『船はあまり乗ったことがなかったけれど、子どもは動き回ることなく景色にくぎづけ。自分もリラックスできたので、もっと増やしてほしい』という声をたくさんいただいている」(若林さん)とのこと。
イベント船を企画する際に大切にしているのは、「船に縛られない発想で考えること」(若林さん)。内田さんも、「既存の事業者の方々が大切にされてきたことを生かしながら、不動産会社との融合でさらに新しい体験価値を提供できないか日々考えています」と語る。
分断された地域や業界をつなぐ、これぞ「不動産デベロッパーの得意とするところ」
「ブルーフロント芝浦が位置する芝浦は港区ですが、海を挟んだ向かいは江東区、隣は中央区です。“境目”を乗り越えるには大変なこともありますが、分断された区と区、業界と業界の間に入って調整するのは、不動産デベロッパーの得意とするところ。浜松町駅は水辺と山手線が最も近い立地なので、羽田空港と豊洲やお台場をつなぎ、イベントとも連携するなど、共創していけたらと思っています」(内田さん)
今回のプロジェクトを機に、いずれ舟運が日常の足として活性化すれば、東京の人々のライフスタイルは大きく変わる可能性がある。満員電車や道路渋滞に巻き込まれず、快適に移動することができるなら。仕事帰りや週末に、“動く空間”である船を気軽に楽しめたら――。まだまだ道は半ばではあるが、2030年度にはブルーフロント芝浦の2棟目・タワーNが竣工予定。その際には、さらに親水空間も整備されるそうだ。東京の水辺の景色がその頃どう変わっているか、楽しみに待ちたい。
■BLUE FRONT SHIBAURA(外部サイト)
(文:河上いつ子)