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マネキンにも“多様性”が必要なのか? 国産メーカーに聞く、体型変化の変遷

 先日、ツイッターに投稿されたランジェリーショップの店頭に飾られたややぽっちゃり体型のマネキンが、「親近感www」「私の裸かと思った」などのコメントとともに、22万いいねを獲得し、注目を集めた。数年前から、一部外資系のアパレルブランドが“プラスサイズウエア”の展示のためにぽっちゃり体型のマネキンを採用されている。少し前まで、8頭身のスーパーモデル体型が当たり前だったマネキン界に、今、何が起きているのか? 70年以上にわたり国産マネキンの製造・販売を手掛けている七彩に、マネキンの体型の変遷と現在について聞いた。

100年前、最初期の国産マネキンは「東洋感」のある体型

 マネキンが日本で製造されるようになったのは今からおよそ100年前。1916年頃から、パリで作られた蝋製のマネキンの輸入が始まっていたのだが、輸送途中に熱で変形することが多く、その修復にあたっていた島津製作所(島津マネキン)が1925年に生産したものが最初とされている。

 その後、日本に広く普及したのは、第二次世界大戦後。洋装が急激に広がり、デパートやアパレルショップの店頭で、流行のファッションを美しく着こなす存在として導入されていった。島津マネキンを源流とする七彩が第一号のマネキンを発表したのは、1947年のこと。洋装を指向する女性たちを惹きつける美しいファイバー製マネキンを発表。しかしその体型は、どことなく東洋っぽさがあるものだったという。

「戦前から海外のマネキンは日本に輸入されていましたが、ウエストのくびれやバストの大きさがかなり誇張されており、日本人にはなかなか受け入れられませんでした。そのため、日本では、西洋人から見ると、どこか東洋っぽい体型のマネキンが作られ、広がっていきました」(七彩 企画本部 池田公信氏)

 そんなマネキンの体型に最初の変化が起きたのは、児島明子がミス・ユニバースで東洋人として初の優勝という快挙を成し遂げた1959年。七彩はパリから招聘したマネキン作家ジャン・ピェール・ダルナ氏とともに、世界初のFRP製マネキンを発表。新素材の採用以上に注目を集めたのがその体型で、それまでより10センチメートルも細くなった47センチメートルのウエストと、腰の曲線美を強調したスタイルは、業界に旋風を巻き起こし、その後の日本のマネキンの理想体型に大きな影響を及ぼした。

 その後も、1967年にミニスカートのキャンペーンのために来日し、爆発的な人気を誇ったファッションモデルのツイギーの体をイメージしたマネキンがブームに。「小枝のような体」と例えられたツイギーを模した細い体型に、ミニスカートから印象的にのぞく膝小僧をはじめ、鎖骨、肩甲骨など骨格までリアルに造形化。経済成長を成し遂げた1970年代半ばには、ファッションのバリエーションが多様化し、マネキンにはよりリアルが求められるように。実在のファッションモデルを模したスーパーリアルマネキンや、アクティブなポーズのリアルマネキン、キャリアウーマンタイプのリアルマネキンなどが続々登場。日本経済が頂点を極めた1980年代のバブル期には、大流行した大きな肩パット入りの服を美しく見せるために、いかり肩のマネキンも人気となった。

バブル崩壊以降はマネキンの没個性化・抽象化「演出性の高さよりも商品を見せるための道具に」

 ここまで紹介してきたマネキンには、共通点があることに、みなさんはお気づきだろうか? かつてのマネキンには顔があり、カツラを被っているのが当たり前だった。表情のないのっぺらぼうやヘッドレスのマネキンが当たり前の現代では考えられないことだが、当時は首から上も時代を表現する演出部位として重要視され、その時代の流行を取り入れたヘアメイクがマネキンには施されていたのだ。今のように顔がないマネキンが主流になったのは、特にバブル崩壊以降のことだと池田氏は振り返る。

「リアルな顔がついていると、最もアピールしたいアクセサリーや衣服が目立たないという理由とともに、リアルマネキンは化粧やカツラなどコストがかかるため、経費削減の意味からも敬遠されるようになっていきました」(池田氏)

 リアルマネキンから抽象マネキンへ。その役割の変化について、七彩の戦略企画室・渡邉啓史氏はこう分析する。

「バブル崩壊以前のマネキンは、演出性の高さで商品をアピールする存在でしたが、抽象マネキンの需要が高まるとともに、マネキンは、没個性で商品をしっかり見せる道具寄りになった気がします」

 一方体型については、こんな変化もあった。

「身長が最たる変化で、1950〜60年代はヒールを含めても165センチメートルくらいでしたが、今は、178センチメートルや180センチメートルが主流になっています。また、2000年のバブル崩壊以降は、肩パットがない服が主流になりましたので、マネキンの肩幅が狭くなりました。特に若年層向けのアパレルブランドをターゲットにしたマネキンは、JIS規格でそれまでの9号から7号のイメージで作られるようになりました」(渡邉氏)

 身長178でセンチメートル、7号サイズと聞けば、あまりにも自分の体型とかけ離れすぎていて、驚く人も多いことだろう。しかし「これぞマネキンたるゆえん」と、池田氏も語る。

「マネキンは、店頭で洋服を美しく見せるのが仕事。ファッションモデル同様、時代の“理想の美しさ”を保持していなければいけません。そういう意味で、言葉は悪いですがマネキンは“騙す装置”といえます。マネキンを見て、この服を買ったら自分もこうなるのかなと錯覚し、買いたいと思わせることができるのがいいマネキンなんです」(池田氏)

 裏を返せば、現実の平均的な体型をありのままに投影したマネキンでは、見た人の購買意欲は湧かないということ。では、ネットで話題になったプラスサイズマネキンはいったいどういう意図があって誕生したのだろうか。

マネキンには求められない多様性「ぽっちゃりのマネキンはスタンダードにはならない」

 実は七彩でもプラスサイズのマネキンを制作していると言う。

「5年以上前ですが、“ぽちゃかわ系”がブームになったときに、シリーズとして制作しました。ただ、やはりスタンダードではないので、需要はそんなにありません。今回、話題になったツイートもそうですが、大半の方は『こんなマネキンがあるんだ』という驚きからいいねを押していると思います。それとそのマネキンが売場で着ている商品を買いたいと思うかどうかは別の話。『多様性』がうたわれる時代になっていますが、“ぽっちゃり”のマネキンはスタンダードにはならないんです」(池田氏)

 現在、さまざまなシーンで「多様性」が叫ばれているが、マネキン界においてはこんな難しい問題もある。

「ファッションモデルの世界でも、今、多様性への取り組みが進んでいますが、マネキンはショップや百貨店の販促ツールのひとつですので、体型や肌の色、身体障がいなどの表現がクレームの対象になることがあるため、需要が生まれにくいという事情もあります」(池田氏)

 一般に店に置かれるマネキンに、表情や肌の色がなかったり、ヘッドレスのタイプだったりするのは、こうした無用な「クレーム」を避けるため。外資系のアパレルブランドがプラスサイズマネキンを採用した際には、「多様性」への考えを理解する歓迎の声とともに「肥満を奨励している」「健康に悪影響を及ぼす」など批判的な声も多数あがり、賛否両論巻き起こった。しかし、それができたのも世界に冠たる一流ブランドだったからこそと言えるだろう。

 こうした動きがある一方で、国産のマネキン業界はかなり厳しい状況とのこと。

「コロナ前からそうなんですが、デジタルの台頭で物の売り方、買い方が変わってしまい、マネキンを使える場がどんどん減ってきています。オンライン上だとマネキンではなく、モデルさんが着ることが多いですから」(池田氏)

「中小のマネキン業者は影響を受けて、廃業されているところもあり、業界全体は縮小の傾向にあります」(渡邉氏)

 斜陽化する業界のなかでも、創業から70年以上にわたり、業界をけん引し続けてきた七彩だが、今も100%手作りで国産マネキンの伝統を守り続けている。

「ただデジタルが普及しても、リアルがなくなることはないですし、ファッションを店頭で見せるのに、マネキン以上に適したものはないですから。うちからマネキンを取ってしまうと何もなくなってしまいます(笑)。継続してやっていきたいと思います」(池田氏)

「うちも含めて、マネキンで培った技術を生かして、各社さまざまなチャレンジしています」(渡邉氏)

 近年では「企業として取り組まなければいけない役割」(池田氏)として、マネキン製作で一般的なFRP製ではなく、より環境にやさしい新素材を求めて研究し、100%植物性由来の生分解ボディの『Bioトルソー』を商品化。現在はマネキンの商品化に向けて開発を進めている。また、人体だけでなく、爬虫類から象やキリンなどの大型動物まで業界随一のラインナップを誇る「動物シリーズ」も保有するなど、幅広いニーズに対応している。

 普段何気なく目にしているマネキンにも、歴史と製作者の苦労がある。今後は、商品だけでなく、マネキンそのものにも注目してみると、ちょっとした変化に気づけたり、時代の移り変わりを発見できるかもしれない。

取材・文/河上いつ子

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