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日本の“お母さん”を体現する女優・田中裕子の魅力
かっぽう着のような包容力で作品世界を包む
また、加瀬亮が日本映画の黄金期を築いた木下恵介監督に扮した『はじまりのみち』では、体も言葉も不自由な恵介の母・たま役。戦争という荒波に巻き込まれながらも、お互いを思いやる母と息子の情愛をしみじみと表現した。旅の途中で恵介に、顔の汚れを拭き、髪の毛を整えてもらったときのたまは、まるで菩薩様のように、神々しい佇まいであった。
昭和のお母ちゃんも、ドラマ『Woman』(2013年/日本テレビ系)や『わが家』(2015年/TBS系)などでの現代のママも、ステレオタイプな古き良き日本のおふくろではなく、それぞれの人生を歩んできた、ひとりの女性として見事に演じ分け、息子でも娘でも、懐深く受け入れる田中。彼女はまさに、日本のお母さんの必須アイテムである、かっぽう着のような包容力で、作品世界を包み込んでしまう。そこには、観るものの共感を呼び起こす普遍性が生まれている。
誰もが身近な存在を投影し共感できる
連続テレビ小説『まれ』(C)NHK
土屋、清水富美加、門脇麦、山崎賢人、大泉洋ら『まれ』キャストの好演が話題になっているが、そんななかでも、役柄にもキャスト本人にも、年齢性別を問わず幅広い世代からの好感がもっとも集まっているのは、田中ではないだろうか。文の息子・桶作哲也(池内博之)が登場する週の話のラストは号泣ものだった。田中の好演は当たり前すぎて声としてあまり上がっていないのかもしれない。しかし、誰もがその姿に自身の母親や祖母など身近な存在を投影することができ、共感させられるから物語の世界に惹き込まれてしまうのだ。
また、年齢不詳の円熟した色っぽさで、母親役に止まらず、年を重ねてもなお、男たちを惑わすファムファタール役ができることも、田中のすごさである。例えば2005年度キネマ旬報ベストテン主演女優賞を受賞した『いつか読書する日』と『火火』。『いつか〜』では、30年以上も幼なじみ(岸部一徳)を思い続ける、50過ぎの独身女性の成熟した恋を情感豊かに演じた。また『火火』では、骨髄バンクの立ち上げに尽力した、実在の女流陶芸家・神山清子をパワフルに熱演。対照的な女性の人生を、奥行きのある芝居を見せつけて、見事なまでに演じきった。このほかにも向田邦子作品や、高倉健の指名で出演の決まった『夜叉』(1985年)以降、高倉と夫婦役で共演した『ホタル』(2001年)、高倉の遺作となった『あなたへ』(2012年)などでの妻役も印象的だった。
時代も、境遇も、年齢もさまざまないろいろな女を演じた、あらゆる経験が血や肉となり、しっかりと地に足のついた母親像を形づくることができるのだろう。そして、誰もの心をすぐ側に引き寄せるような温かさと優しさをにじませる田中の人がらと演技、純和風な佇まいは、昭和世代だけでなく今の若い世代からも好かれている。今年4月には還暦を迎えた田中だが、精力的な女優活動は続いている。その姿を楽しみにしているファンは多い。