かつて「浪速のロッキー」と日本中を熱狂させたプロボクサー、その後俳優・タレントとして活躍する赤井英和のドキュメンタリー映画『AKAI』(9月9日公開)の完成披露舞台あいさつが24日、都内で行われ、赤井と本作のメガホンを取った赤井の息子で現役のプロボクサー、かつアメリカで映像を学んだ英五郎監督が登壇した。
赤井は、1980年にプロボクサーとして鮮烈なデビューを飾り、戦績は21戦19勝16KO2敗。ひたすら、どつき、倒れても立ち上がって、またどつく。そのスタイルは、多くの人を魅了し、大阪市西成区生まれの彼を、人々は「浪速のロッキー」と呼んだ。本人は純粋にボクシングを愛し、相手をどつきまくっただけ。その姿を40年近い時を経て、映画にしたのは、赤井の息子・英五郎。赤井の俳優デビュー作『どついたるねん』(1989年)の阪本順治監督が全面協力している。
インタビューなどに応じた赤井だが、それはYouTubeチャンネル用の撮影だと勘違いしていたという。自身の自伝映画が制作されることは「出来上がってから『パパの映画を作ったよ』って聞いて驚きました。まさか映画に使われるとは思ってなかったですし、9月9日に上映されると聞いてビックリしましたね」と笑いながら明かした。
映画制作を内密に進めた理由について、英五郎監督は「だって(映画と知ったら)言いふらすから(笑)。それもありますし、今回は試合の映像をふんだんに使わせてもらっている。著作の面もあり、本当に形になるか分からなかったんです」と説明していた。
世界王者に挑戦した「ブルース・カリー戦」と引退の引き金になった「大和田正春戦」の迫力の試合映像、再起不能のダウンから復活を遂げ、映画『どついたるねん』(1989年)で俳優デビューするまで、貴重なインタビューとともにつづる。
改めて完成した本作を鑑賞した赤井は「(赤井英和のボクシングは)唯一無二のファイトスタイルで、すごいけどむちゃくちゃ(笑)。アグレッシブに攻める姿勢が見てる人に響いたのかな。守る気なんてなかった、攻撃は最大の防御ですから。久しぶりに赤井英和のファイトを見て、赤井英和ファンになりましたよ」と笑顔で話し、英五郎監督へ「ありがとう!」と感謝した。
この日のイベントにはそのほか、ガッツ石松ら数多くのアスリートも来場した。
赤井は、1980年にプロボクサーとして鮮烈なデビューを飾り、戦績は21戦19勝16KO2敗。ひたすら、どつき、倒れても立ち上がって、またどつく。そのスタイルは、多くの人を魅了し、大阪市西成区生まれの彼を、人々は「浪速のロッキー」と呼んだ。本人は純粋にボクシングを愛し、相手をどつきまくっただけ。その姿を40年近い時を経て、映画にしたのは、赤井の息子・英五郎。赤井の俳優デビュー作『どついたるねん』(1989年)の阪本順治監督が全面協力している。
映画制作を内密に進めた理由について、英五郎監督は「だって(映画と知ったら)言いふらすから(笑)。それもありますし、今回は試合の映像をふんだんに使わせてもらっている。著作の面もあり、本当に形になるか分からなかったんです」と説明していた。
世界王者に挑戦した「ブルース・カリー戦」と引退の引き金になった「大和田正春戦」の迫力の試合映像、再起不能のダウンから復活を遂げ、映画『どついたるねん』(1989年)で俳優デビューするまで、貴重なインタビューとともにつづる。
改めて完成した本作を鑑賞した赤井は「(赤井英和のボクシングは)唯一無二のファイトスタイルで、すごいけどむちゃくちゃ(笑)。アグレッシブに攻める姿勢が見てる人に響いたのかな。守る気なんてなかった、攻撃は最大の防御ですから。久しぶりに赤井英和のファイトを見て、赤井英和ファンになりましたよ」と笑顔で話し、英五郎監督へ「ありがとう!」と感謝した。
この日のイベントにはそのほか、ガッツ石松ら数多くのアスリートも来場した。
2022/08/24