吉本新喜劇の辻本茂雄(57)が、今月25日〜31日に大阪・なんばグランド花月(NGK)で上演される『35周年特別公演 辻本新喜劇 in なんばグランド花月7DAYS』で座長を務める。新喜劇が間寛平ゼネラルマネージャー(GM)体制となるなか、平成以降をけん引してきた立役者の一人はなにを思うのか。このほど大阪市内でORICON NEWSのインタビューに応えた。(前・後編の前編)
■両足に腫瘍が見つかり… 知られざるNSC入学とコンビ時代
辻本は、もともとは芸人志望ではなく、自転車に明け暮れた青春時代を過ごした。「和歌山に近い漁師町、阪南市で育って、強豪・和歌山北高校の自転車競技部に進んで、競輪選手を目指していたんです。それがある日、“うどん鉢(ばち)”が僕をお笑いに導いたんです」と運命的なエピソードを明かす。
うどん屋を営む母親が仕事用の鉢を買いに出かけ、辻本が自転車で駅まで迎えにいったところ、車との接触事故に遭った。ケガは軽い打撲で済んだものの、レントゲンで右足のひざに腫瘍があるとわかり、1年後の定期検査で左足にも腫瘍が見つかった。辻本は「両足を手術して、競輪選手の夢をあきらめなければいけなくなったんです」と、いまでも悔しそうに振り返る。
夢を絶たれて高校を卒業し、うどん鉢がふたたび辻本の運命を左右する。今度は母に連れられ、なんばの道具屋筋にうどん鉢を買いに出かけたところ、「NSC5期生募集」のポスターが偶然目に入った。その頃、心斎斎橋筋2丁目劇場ではNSC出身のダウンタウンが大人気で「競輪選手になれなかった僕は、もしかしたらここに光が見えるかもしれないと思ったんです」と語る。
プロフィールなどでは、「NSC5期生」とされるが、辻本は「僕は卒業していないんです。正確には、途中で学校がなくなったんです」と笑いを交える。当時は現在のNGKが建設中だったため、NSCのレッスンは心斎橋筋2丁目劇場で行われていたが、ほかのイベントや番組収録で場所がなくなり、1986年4月に入学して8月には「NSCは解散になる」と通告されたという。
そして辻本は、当時の相方とコンビ「三角公園USA」を組み、2丁目劇場にオーディション組として加わった。「アメリカ村の古着屋でアルバイトしていたら、元相方が『茂ちゃん一緒にやろう』と来てくれて。あの言葉がなかったら僕は芸人を続けていたかどうか」と感謝を惜しまない。
■忘れもしない『吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン』
一方、当時人気が低迷していた吉本新喜劇は、テコ入れのため、89年10月に『吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン』をスタート。2丁目劇場の若手にオファーがかかり、辻本は「忘れもしません。キャンペーンが始まった翌日の10月2日、僕は初めて新喜劇の舞台に立たせていただいたんです。急な話でなにがなにやらわからんかった」と懐かしむ。
2丁目劇場の先輩・今田耕司、130R(板尾創路、ほんこん)、東野幸治や、辻本とともにのちの新喜劇を支えていく内場勝則、石田靖らが真剣に舞台に取り組む姿勢にも感銘を受け、芝居を交えた笑いの世界にのめり込んだとう。コンビ解散後も「新喜劇の舞台で頑張ろう」と決意した。
辻本は「同じセリフでも、ベテランさんがウケているのに僕らはウケないんです。お客さんを引き付ける力や言い回しがまったく違って、芝居ができないといけないんだと。ここで大爆笑とりたいなと思うようになりましたね」としみじみ語る。
競輪選手の夢をあきらめ、笑いの世界でも決して順風満帆ではなかったが、逆境をバネに辻本は実力で座長に上り詰めていく。「冗談ではなく、お笑いの才能はないと思っているんです。だからこそ、劇場に来ていただいたお客さんに喜んでもらうために、誰よりも一生懸命にやらないといけないし、その姿を後輩たちに見せないといけない。その気持は変わっていません」と、どこまでも“笑いのペダル”を全力でこぎまくる。
■『35周年特別公演 辻本新喜劇 in なんばグランド花月7DAYS』
日時:2022年7月25日〜31日
場所:なんばグランド花月
出演:辻本茂雄、安尾信乃助、清水けんじ、平山昌雄、吉田裕、浅香あき恵ら
料金:前売・当日とも5000円(全席指定)
■両足に腫瘍が見つかり… 知られざるNSC入学とコンビ時代
辻本は、もともとは芸人志望ではなく、自転車に明け暮れた青春時代を過ごした。「和歌山に近い漁師町、阪南市で育って、強豪・和歌山北高校の自転車競技部に進んで、競輪選手を目指していたんです。それがある日、“うどん鉢(ばち)”が僕をお笑いに導いたんです」と運命的なエピソードを明かす。
うどん屋を営む母親が仕事用の鉢を買いに出かけ、辻本が自転車で駅まで迎えにいったところ、車との接触事故に遭った。ケガは軽い打撲で済んだものの、レントゲンで右足のひざに腫瘍があるとわかり、1年後の定期検査で左足にも腫瘍が見つかった。辻本は「両足を手術して、競輪選手の夢をあきらめなければいけなくなったんです」と、いまでも悔しそうに振り返る。
夢を絶たれて高校を卒業し、うどん鉢がふたたび辻本の運命を左右する。今度は母に連れられ、なんばの道具屋筋にうどん鉢を買いに出かけたところ、「NSC5期生募集」のポスターが偶然目に入った。その頃、心斎斎橋筋2丁目劇場ではNSC出身のダウンタウンが大人気で「競輪選手になれなかった僕は、もしかしたらここに光が見えるかもしれないと思ったんです」と語る。
そして辻本は、当時の相方とコンビ「三角公園USA」を組み、2丁目劇場にオーディション組として加わった。「アメリカ村の古着屋でアルバイトしていたら、元相方が『茂ちゃん一緒にやろう』と来てくれて。あの言葉がなかったら僕は芸人を続けていたかどうか」と感謝を惜しまない。
■忘れもしない『吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン』
一方、当時人気が低迷していた吉本新喜劇は、テコ入れのため、89年10月に『吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン』をスタート。2丁目劇場の若手にオファーがかかり、辻本は「忘れもしません。キャンペーンが始まった翌日の10月2日、僕は初めて新喜劇の舞台に立たせていただいたんです。急な話でなにがなにやらわからんかった」と懐かしむ。
2丁目劇場の先輩・今田耕司、130R(板尾創路、ほんこん)、東野幸治や、辻本とともにのちの新喜劇を支えていく内場勝則、石田靖らが真剣に舞台に取り組む姿勢にも感銘を受け、芝居を交えた笑いの世界にのめり込んだとう。コンビ解散後も「新喜劇の舞台で頑張ろう」と決意した。
辻本は「同じセリフでも、ベテランさんがウケているのに僕らはウケないんです。お客さんを引き付ける力や言い回しがまったく違って、芝居ができないといけないんだと。ここで大爆笑とりたいなと思うようになりましたね」としみじみ語る。
競輪選手の夢をあきらめ、笑いの世界でも決して順風満帆ではなかったが、逆境をバネに辻本は実力で座長に上り詰めていく。「冗談ではなく、お笑いの才能はないと思っているんです。だからこそ、劇場に来ていただいたお客さんに喜んでもらうために、誰よりも一生懸命にやらないといけないし、その姿を後輩たちに見せないといけない。その気持は変わっていません」と、どこまでも“笑いのペダル”を全力でこぎまくる。
■『35周年特別公演 辻本新喜劇 in なんばグランド花月7DAYS』
日時:2022年7月25日〜31日
場所:なんばグランド花月
出演:辻本茂雄、安尾信乃助、清水けんじ、平山昌雄、吉田裕、浅香あき恵ら
料金:前売・当日とも5000円(全席指定)
このニュースの流れをチェック
2022/07/16