卒弁証書 娘殿 あなたは六年間、ほぼ残さず母の弁当を食べてくれた事を証します
これは、高校生活最後のお弁当=“卒弁”に入れられていた『卒弁証書』だ。中学・高校通して6年間お弁当を作り続けた母・なかちゃんさん。娘への愛がこもった、手書きで添えられた言葉に「感動する」「泣ける」等の反響が寄せられた。お弁当は親子をつなぐ思い出のひとつでもあるが、なかちゃんさんはどのような気持ちで毎日お弁当を作り続け、『卒弁証書』にどのような思いを込めたのか。そして、受け取った娘さんの気持ちとは。
■「普通のお弁当で良かったのに…」 娘の言葉の裏にある母への気遣い
―――Instagramを見ると、たくさんかわいらしいキャラ弁がありますが、キャラ弁を作ろうと思ったのはなぜでしょうか。
【母】ちょうど娘が中学に入学する頃、「今日も嫌がらせ弁当」の作者のttkkさんのお弁当ブログを見ていて、私もこんなお弁当を作って、娘とコミュニケーションを図りたいなぁ…と思ったのがきっかけです。高校最後のお弁当は、何を作ろうかとInstagramを見ていたら、「卒弁証書」を送っている方を見かけて、私も送りたいと思いました。
――お母さんとして、最後のお弁当はどんな思いがございましたか。
【母】この6年間、お弁当を通して娘と繋がっている気がしていました。中学入学時から作り始めたお弁当は、毎日作るのが大変でしたが、今日で終わりと思うと、子育ても終わりに近づいてる気がして、寂しいきもちになりました。私の作るお弁当をほぼ残さず食べてきてくれたので、「嬉しかったよ、ありがとう。」という感謝気持ちを込めました。
――娘さんは卒弁証書を見たとき、どう思いましたか。
【娘】中学校最後のお弁当のときも卒弁証書風のお弁当だったので、『…今回もやってくれたな』と思ってました(笑)。
――お弁当作りで記憶に残っているエピソードなどはありますか。
【母】キャラ弁を作り始めの頃、娘に感想を聞きたくて、「今日のお弁当どうだった?」と聞いたら、「エビフライがサクサクじゃなかった…」とキャラ弁以外の感想な上に、まさかのおかずのダメ出しでした(笑)。普段から反応のうすい子なので、母の一方通行な思いで行くんだと、その時確信しました。
――お母さんはこう言っておりますが、娘さんの本心はどうだったのでしょうか。
【娘】幼い頃から遠足などのイベントがあればキャラ弁を作ってもらっていたので、毎回楽しんでました。ですが、中学生あたりの多感な時期は、特に周りの目が怖くて『目立ちたくないから要らん事せんでええ』って思いが強かったです…。反抗期ですかね。最近はもはや吹っ切れて、密かに友達と楽しんでました。
でも正直に言うと、“普通のお弁当でよかったのに”とは思ってました。朝の忙しい時間に毎朝弁当を作ってくれるだけでもありがたいことなのに、キャラ弁だとさらに時間がかかるわけじゃないですか。普通のお弁当だったら時間あまりとられないのに、なんだか申し訳なくて…。直接話しても私が口下手なせいで、母にはあまり伝わらなかったみたいですが。
■キャラ弁に素っ気ない娘… それでも“空っぽの弁当箱”に感じていたつながり
――6年間お弁当を作った中で、特に印象的なのはどのお弁当でしょうか。
【母】2年ほど前に作った、米津玄師さんのライブ後に作ったお弁当です。母娘ともに米津玄師さんが大好きで、初めて当たったライブに娘と2人で行ってきたのですが、ちょうど娘の定期テスト期間中で。しかも会場が福井県だったので、大阪から往復5時間かけて日帰りで行ってきました。初ライブの夢のような時間から、現実に引きずり戻された次の日の定期テスト。寝不足の中、学校へ行かなければならない娘の姿が何とも可笑しくて…この気持ちをお弁当で表現したくなり作りました。
――娘さんは、お母さんのお弁当で印象に残っているものはありますか?
【娘】中学最後の部活のときのお弁当です。吹奏楽部にずっと入っていたので、その楽器達をキャラ弁にしてもらいました。特に、中学のときは部活第一ってぐらいに熱中してましたから、嬉しかったことを覚えています。
――これまで毎日食べていたお弁当も、コロナ禍で休校になることもあり、お弁当の機会も少なくなったとお聞きしました。
【娘】単純に友達と一緒に食べられなかったり、お弁当のこととかも話せなかったりしたのが悲しかったです。ちょうど高3でそもそも学校に行くことすら少なかったですから、さらにその機会が失われたのが残念でした。
――そんな娘さんの言葉を聞いて、最後のお弁当を作り終えた今、伝えたいことはありますか。
【母】娘のために…と言いつつ、自分が一番楽しんできた弁当作りでした。素っ気ない態度だったけど、毎日空っぽのお弁当箱を持って帰ってくれたのが、あなたの弁当に対する感想だと思っています。最後まで残さず食べてくれて、ありがとう。
これは、高校生活最後のお弁当=“卒弁”に入れられていた『卒弁証書』だ。中学・高校通して6年間お弁当を作り続けた母・なかちゃんさん。娘への愛がこもった、手書きで添えられた言葉に「感動する」「泣ける」等の反響が寄せられた。お弁当は親子をつなぐ思い出のひとつでもあるが、なかちゃんさんはどのような気持ちで毎日お弁当を作り続け、『卒弁証書』にどのような思いを込めたのか。そして、受け取った娘さんの気持ちとは。
―――Instagramを見ると、たくさんかわいらしいキャラ弁がありますが、キャラ弁を作ろうと思ったのはなぜでしょうか。
【母】ちょうど娘が中学に入学する頃、「今日も嫌がらせ弁当」の作者のttkkさんのお弁当ブログを見ていて、私もこんなお弁当を作って、娘とコミュニケーションを図りたいなぁ…と思ったのがきっかけです。高校最後のお弁当は、何を作ろうかとInstagramを見ていたら、「卒弁証書」を送っている方を見かけて、私も送りたいと思いました。
――お母さんとして、最後のお弁当はどんな思いがございましたか。
【母】この6年間、お弁当を通して娘と繋がっている気がしていました。中学入学時から作り始めたお弁当は、毎日作るのが大変でしたが、今日で終わりと思うと、子育ても終わりに近づいてる気がして、寂しいきもちになりました。私の作るお弁当をほぼ残さず食べてきてくれたので、「嬉しかったよ、ありがとう。」という感謝気持ちを込めました。
――娘さんは卒弁証書を見たとき、どう思いましたか。
【娘】中学校最後のお弁当のときも卒弁証書風のお弁当だったので、『…今回もやってくれたな』と思ってました(笑)。
――お弁当作りで記憶に残っているエピソードなどはありますか。
【母】キャラ弁を作り始めの頃、娘に感想を聞きたくて、「今日のお弁当どうだった?」と聞いたら、「エビフライがサクサクじゃなかった…」とキャラ弁以外の感想な上に、まさかのおかずのダメ出しでした(笑)。普段から反応のうすい子なので、母の一方通行な思いで行くんだと、その時確信しました。
――お母さんはこう言っておりますが、娘さんの本心はどうだったのでしょうか。
【娘】幼い頃から遠足などのイベントがあればキャラ弁を作ってもらっていたので、毎回楽しんでました。ですが、中学生あたりの多感な時期は、特に周りの目が怖くて『目立ちたくないから要らん事せんでええ』って思いが強かったです…。反抗期ですかね。最近はもはや吹っ切れて、密かに友達と楽しんでました。
でも正直に言うと、“普通のお弁当でよかったのに”とは思ってました。朝の忙しい時間に毎朝弁当を作ってくれるだけでもありがたいことなのに、キャラ弁だとさらに時間がかかるわけじゃないですか。普通のお弁当だったら時間あまりとられないのに、なんだか申し訳なくて…。直接話しても私が口下手なせいで、母にはあまり伝わらなかったみたいですが。
■キャラ弁に素っ気ない娘… それでも“空っぽの弁当箱”に感じていたつながり
――6年間お弁当を作った中で、特に印象的なのはどのお弁当でしょうか。
【母】2年ほど前に作った、米津玄師さんのライブ後に作ったお弁当です。母娘ともに米津玄師さんが大好きで、初めて当たったライブに娘と2人で行ってきたのですが、ちょうど娘の定期テスト期間中で。しかも会場が福井県だったので、大阪から往復5時間かけて日帰りで行ってきました。初ライブの夢のような時間から、現実に引きずり戻された次の日の定期テスト。寝不足の中、学校へ行かなければならない娘の姿が何とも可笑しくて…この気持ちをお弁当で表現したくなり作りました。
――娘さんは、お母さんのお弁当で印象に残っているものはありますか?
【娘】中学最後の部活のときのお弁当です。吹奏楽部にずっと入っていたので、その楽器達をキャラ弁にしてもらいました。特に、中学のときは部活第一ってぐらいに熱中してましたから、嬉しかったことを覚えています。
――これまで毎日食べていたお弁当も、コロナ禍で休校になることもあり、お弁当の機会も少なくなったとお聞きしました。
【娘】単純に友達と一緒に食べられなかったり、お弁当のこととかも話せなかったりしたのが悲しかったです。ちょうど高3でそもそも学校に行くことすら少なかったですから、さらにその機会が失われたのが残念でした。
――そんな娘さんの言葉を聞いて、最後のお弁当を作り終えた今、伝えたいことはありますか。
【母】娘のために…と言いつつ、自分が一番楽しんできた弁当作りでした。素っ気ない態度だったけど、毎日空っぽのお弁当箱を持って帰ってくれたのが、あなたの弁当に対する感想だと思っています。最後まで残さず食べてくれて、ありがとう。
2022/02/23