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名匠・黒沢清監督、前田敦子の魅力は“誰とも交わらない孤独感”

■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第7回 黒沢清監督
 カンヌ国際映画祭をはじめ、海外の映画祭でも高い評価を受ける日本を代表する映画監督・黒沢清。その名を世に知らしめた『CURE』(1997年)では連続猟奇殺人事件をテーマにしたサイコ・サスペンスを描くと、『トウキョウソナタ』(2008年)ではいびつな家族を、さらに『ダゲレオタイプの女』(2016年)ではオールフランスロケを敢行し、狂気的な恋愛ホラーを手掛けた。

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 常に革新的な作品を送り出してきた黒沢監督。最新作『旅のおわり世界のはじまり』では、ウズベキスタンにロケに来た女性レポーター・葉子が、見知らぬ土地で放り出された不安のなか、新しい世界を切り開くための一歩を探すという物語を紡いだ。その葉子を演じているのが女優・前田敦子だ。以前から、前田の女優としての資質を高く評価していた黒沢監督が、改めて前田の魅力と共に、映画監督としての流儀を語ってもらった。

■前田敦子は若いのに他とは交わらない佇まいがある 黒沢監督と前田のタッグと言えば、オリジナルで書き下ろした『Seventh Code』(2014年)がある。この映画は、第8回ローマ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門で最優秀監督賞と最優秀技術貢献賞の2冠に輝いた。その後も『散歩する侵略者』に出演し、本作では、ほぼ全編出ずっぱりという役柄を与えた。

 「主演は前田敦子しかあり得ないなと思ったのは、かなり初期の段階からでした。今回の企画の話をいただいたとき、決まり事としてウズベキスタンで非常に有名なナヴォイ劇場という場所をどこかのシーンで入れるというものがありました。単なる観光客として訪れる設定なら出すのは簡単だったのですが、もう少し主人公に意味を持たせる場所にしたかった。劇場と言えば、演じるか歌うか……。そこで歌が歌える若手演技派女優と言えば、前田敦子だ! というところからはじまったと記憶しています」。

 もう一つ、黒沢監督のなかでは、前田敦子という人物の特徴として、強く心に残っているものがあったという。それが“孤独”というキーワードだ。

 「『Seventh Code』という映画でもご一緒したのですが、たった一人でポツンとしているのがとても似合う方だなと思っていたんです。ポツンという表現が正しいかわからないのですが、ひとりで生き生きとそこにいる。ある意味で誰とも交わらない。本人に聞くと『そんなことないですよ』と言うのですが、まだお若いのに、他の人とは全然違う存在感、佇まいを感じるんです。もちろんAKB48というグループにいて、他者との関係もしっかり築ける社交性を持っているはわかっているのですが、そのなかでも孤立した感じを醸し出しているのは、とても魅力的です」。

 こうした佇まいは、ある年齢を経て備わるものだと黒沢監督は認識していた。男女を含めて20代でこの雰囲気を醸し出せる前田というのは、監督にとっては稀有な存在だったようだ。劇中、ウズベキスタンという右も左もわからない土地で、言葉も通じないなか、葉子は強烈な孤独感にさいなまれる。まさに“放り込まれた”環境のなか、閉塞感と憤りを見事に表現しているのは、黒沢監督が前田に感じている“孤独”な佇まいによるものなのかもしれない。

■禁欲的という評価から見る黒沢監督の映画的表現

 35年以上のキャリアを誇るベテラン監督。これまで数多くの作品を世に送り出してきているが、本作は、ややサスペンス的な緊張感はあるものの、これまでの黒沢監督作品とは一線を画す。

 「『新鮮な感覚があった』と言ってくださる方が何人かいたのですが、狙って新鮮なものを作ってみようと撮ったわけではないんです。ただ、ウズベキスタンというまったく未知の国で物語を考えたとき、自然と敏感になる部分があったのかもしれません。これだけいろいろなことを経験しているにも関わらず、初々しいとか若々しい映画だったという感想をいただくと嬉しいですね。まだ自分にもこうした感覚があるんだというのは驚きでもあり、映画ってやっぱりすごいメディアなんだなと思います」。

 以前、クレール・ドニ監督とトークショーを行ったとき、黒沢監督は、自身が描くキャラクターは「禁欲的だ」と指摘されると話をしていた。映画における“禁欲的”の定義は難しいが、文字通り言えば「欲求や欲望を理性で抑える」ということになるが、確かに黒沢監督の描写には直接的な表現が抑えられているような気がする。そこには黒沢監督なりの映画表現に対する思いがあるというのだ。

 「禁欲的だというのは大概がフランス人なんです(笑)。民族が違えば文化も違うじゃないですか。よく夫婦の描写で『なんで手を握らないんだ』というわけです。でも日本では夫婦が手を握らないで歩くことは別に不思議じゃない。ただそれだけの違いなんです」。

 続けて、さらに深い部分へと話は進む。

 「映画ってなにを映すかというのが、監督に突き付けられた大きな課題であるわけです。伝えたいことを効果的に表現するためには、どこを強調してどこを飛ばすか計算する必要がある。描写しないことで、想像力を高め、より観客の心にいろいろな可能性を残すことができるんです。描写してしまうとそれがたった一つの正解になってしまう。そういうことが効果的なシーンもありますが、省略することで豊かに膨らむことも多い。あえて肝心なところを省略することは、とても重要な映画表現のひとつだと考えています」。

■いつの時代にもある商業的発想への葛藤

 こうした省略の技法は、先人たちの映画作りへの創意工夫から生れてきたという。特に低予算映画は、作り手の創作技術を向上させる。

 「予算と時間がない映画を作る場合、こうした省略の技法は、作品を豊かにし、効率もよく安上がり。一石二鳥なんです。私もVシネマで学びました。ときにそれが禁欲的、抑制的だと取られ、『どうして直接的な描写を入れないんだ』と指摘されることがあるのですが、入れてしまったら身も蓋もないこともある。ある程度の尺が決まっている映画では、なにかを描けば、なにかを省略しなければいけないんです」。

 現代は、受け手に過保護になり、なんでも丁寧に説明し、わかりやすい作品が世の中に溢れている。そのことにより想像力の欠如という事象を生み出しているのだろうか――。

 「私はさほどそうは思っていません。というか“いま”ではなく、僕が若いころからすでにそうだった。『説明しろ、わけがわからない、これじゃ足りない、一般に受けるからこうしろ』みたいな指摘はさんざん言われてきました。映画に限らず、わかりやすく説明してあげることがヒットの法則であるのは一理あると思う。だから『そうですね』と言ってうまく付き合いつつも、『全部を説明することはできないので、どれを優先して説明しますか?』という形でうまく折り合いをつけていくんです」。

 クリエイターの葛藤が垣間見える話だが、黒沢監督も若いころは、プロデューサーとぶつかることも多かったという。 「いまでは知ったようなことを言っていますが、若いころは世の中の構造がわかっていなかったので『なんでプロデューサーはこのカットを撮れというんだ』なんて反発したり混乱したりしていました。でもいま考えると、それを撮ることはたいした苦労ではなかった気がします。省略が重要なのと裏腹に、一見不必要に思われるカットも、撮ってみれば案外素敵なカットになるかもしれませんしね」。

 そんななか、もっとも黒沢監督が恐れるのが「ハリウッドシステム」だという。一度できた作品を、観客に見せて、どこが分かりやすかったか、なにが退屈だったかをデータ化して修正する。

 「僕にとってはあまりにも恐ろしいシステムですね。それをやられたら大混乱すると思う。プロデューサーという個人とはうまく付き合えますが、データの数字とどう付き合えばいいのか……。できたら、そういう仕組みに出会わずに仕事をしていきたいです(笑)。ハリウッドの人は、こうしたシステムを乗り越えて作っていると考えると、本当に大変だなと思います」。

 商業映画という枠組みにありながらも、非常に作家性の強い作品を撮り続けている黒沢監督。どの作品でも、どこで折り合いをつけるかという葛藤はあるというが、本作では“ウズベキスタン”という初めて接する文化や風土が、黒沢監督にこれまでにない感覚をもたらしたという。そこに黒沢監督にとって稀有な存在だという前田がキャスティングされたことにより、これまでのフィルモグラフィーとは全く異なる作品を作り上げた。

 最後に、これまでたくさんの作品で、数多くの俳優と接してきた黒沢監督に、好みの俳優を問うと「いい感じに濁っている人。何者かわからない存在でいることが平気な人」という答えが返ってきた。黒沢監督の映画作りには、ストーリーにも演じる人にも“想像力を掻き立てられる”というキーワードが欠かせないのかもしれない。(取材・文・撮影:磯部正和)

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  • 映画『旅のおわり世界のはじまり』のメガホンを取った黒沢清監督 (C)ORICON NewS inc.
  • 映画『旅のおわり世界のはじまり』よりメインカット (C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO
  • 映画『旅のおわり世界のはじまり』より場面カット (C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO
  • 映画『旅のおわり世界のはじまり』より場面カット (C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO
  • 映画『旅のおわり世界のはじまり』のメガホンを取った黒沢清監督 (C)ORICON NewS inc.
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  • 映画『旅のおわり世界のはじまり』より場面カット (C)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO
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