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上地雄輔、亡き横浜高校史上最高の天才を思い涙…「キャッチボールしたい」

 タレントの上地雄輔が18日放送のTBS系『消えた天才』(後7:00〜8:54)に出演。高校野球の名門・横浜高校史上最高の天才と言われながら、17歳の若さでこの世を去った1学年上の天才について語る。

 今回の放送では、“スポーツ名門校 歴代No. 1の天才SP”と題し、一流アスリートを輩出する名門校にスポットを当て、その学校関係者などが選ぶN0.1の天才を調査。その中で上地は、横浜高校野球部の1年時にバッテリーを組んだその天才の名を挙げ、「漫画のような人だった」「(自分が)知る限り一番の天才」だったと、同じくバッテリーを組んだ平成の怪物・松坂大輔より「同じ時期で比べると、完成度は上だった」と語る。

 また、松坂をはじめ、後にプロで活躍する選手を数多く指導した渡辺元智前監督も「間違いなくNo.1の天才だった」とその実力を認めた。

 その天才は、中学時代、チームのエースとして全国優勝を果たし横浜高校へ進学。入学後すぐに頭角を現し、高校1年の夏から甲子園でベンチ入り。さらに、ピッチングだけではなく、打撃センスにも優れ、二刀流で活躍した。

 横浜高校の中心選手として、甲子園出場、そしてゆくゆくはプロ野球で活躍すると誰もが思っていた。しかし、甲子園のマウンドに立つ彼を見ることはかなかった。松坂を超える逸材と呼ばれた17歳を襲った、23年前の悲劇とは…。上地は、「今でも甲子園を見るたびに思い出す」と語り、「(もう一度)キャッチボールしたい。それだけでいい」と、天才への思いを打ち明ける。

 絶対的エースを失い、その年の横浜高校の甲子園出場は厳しいと思われた。しかし、大方の予想を覆し、センバツ、夏の選手権大会と連続で甲子園に出場。番組では、今も語り継がれる関東大会での名勝負、天才への思いが生んだ神がかり的な試合も、実際の映像とともに振り返る。そこには、思いを受け継いだ兄が起こしたもう一つの奇跡があった。

関連写真

  • 11月18日放送、TBS系『消えた天才』17歳の若さでこの世を去った横浜高校史上最高の天才ピッチャー(C)TBS
  • 横浜高校野球部出身の上地雄輔が涙ながらに語る(C)TBS

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