悪性リンパ腫のため10日に亡くなった俳優の高倉健さん(享年83歳)の訃報を受け、歌手で俳優の武田鉄矢(65)が18日、都内で急きょ取材に応じた。自身初めての映画出演となった『幸福の黄色いハンカチ』(1977・山田洋次監督)で健さんと共演した思い出を時折、瞳を潤ませながら振り返った武田は「僕みたいなやつに演じることの無垢さ、純真さを教えてくださったことが一生の宝」と深く感謝を込めた。
きょうの午前、病院の検診が終わってすぐにマネージャーから訃報を知らされたという武田は「少し呆然としている塩梅です。一生懸命に頑張って仕事をしていると、時々褒めてくださる素晴らしい先輩でしたので、その機会が二度とないと思うと目の前がほの暗くなる思いです…」と沈痛した。
健さんと最後に会ったのは「10年以上前」だといい「風の便りやコマーシャルで元気そうに見えたので、『これからも映画を撮ってくださるといいな』と後輩として、ファンとして思っていた」と惜しんだ。「夢ですけどもう一回、山田監督の作品に出してもらえるとうれしかったな」と残念がりながらも「共演という形であれば、『幸福の〜』1本で十分。本当に幸せな1ヶ月だった」と振り返った。
『幸福の〜』の撮影当時、27歳で役者としては右も左もわからない新人だったという武田に、健さんは共演の桃井かおりとともに食事に誘い作品のテーマを語るなど、気遣ってくれていたという。涙を流すラストシーンでは、5日間も同じ場所で“青空待ち”をしていたことから、すっかり泣けなくなってしまったが「(カメラが回る前に)健さんが急に『1ヶ月間、ロケはつらかったか?東京に帰っても元気で暮らすんだぞ』って握手をしてくださった。そしたら映画と関係なく泣けてきてしまって…その絶妙なタイミングを待ってカチンコが鳴った」と撮影秘話を告白。「あの時、別れのあいさつをしてくれた健さんのサポートがなかったら、涙の一滴も流れない乾いた別れのシーンになった。あの時の恩義は忘れません」と言葉を詰まらせた。
「人生の中で坂本龍馬的な人を探して生きてきたのですが、健さんに会ったら『坂本龍馬ってこんなやつじゃないか』と思ったことがあった。初めて会った時から寸分違わず憧れております」と改めて敬意を払った。「つらかったと思うのですが、高倉健という美意識と志が、弱さを一切見せず、美しく鮮やかな残像を残していかれたのが健さんらしい。背中しか見送れませんでしたが、健さんの後ろ姿に深く深く一礼を捧げたい」と追悼した。
きょうの午前、病院の検診が終わってすぐにマネージャーから訃報を知らされたという武田は「少し呆然としている塩梅です。一生懸命に頑張って仕事をしていると、時々褒めてくださる素晴らしい先輩でしたので、その機会が二度とないと思うと目の前がほの暗くなる思いです…」と沈痛した。
『幸福の〜』の撮影当時、27歳で役者としては右も左もわからない新人だったという武田に、健さんは共演の桃井かおりとともに食事に誘い作品のテーマを語るなど、気遣ってくれていたという。涙を流すラストシーンでは、5日間も同じ場所で“青空待ち”をしていたことから、すっかり泣けなくなってしまったが「(カメラが回る前に)健さんが急に『1ヶ月間、ロケはつらかったか?東京に帰っても元気で暮らすんだぞ』って握手をしてくださった。そしたら映画と関係なく泣けてきてしまって…その絶妙なタイミングを待ってカチンコが鳴った」と撮影秘話を告白。「あの時、別れのあいさつをしてくれた健さんのサポートがなかったら、涙の一滴も流れない乾いた別れのシーンになった。あの時の恩義は忘れません」と言葉を詰まらせた。
「人生の中で坂本龍馬的な人を探して生きてきたのですが、健さんに会ったら『坂本龍馬ってこんなやつじゃないか』と思ったことがあった。初めて会った時から寸分違わず憧れております」と改めて敬意を払った。「つらかったと思うのですが、高倉健という美意識と志が、弱さを一切見せず、美しく鮮やかな残像を残していかれたのが健さんらしい。背中しか見送れませんでしたが、健さんの後ろ姿に深く深く一礼を捧げたい」と追悼した。
2014/11/18