開局60周年“攻める”Eテレが愛されるワケ 「制約が多いから、斬新な番組が生まれる」
専門的な知識という担保があるからこそ、思い切って弾けた演出もできる
日本放送協会 編成局 編成主幹 中村貴子氏
なかでも話題をさらったのが、木村カエラ「おばけなんてないさ」(『おかあさんといっしょ』ほか)、King & Prince「勇気100%」(アニメ『忍たま乱太郎』主題歌)、クリープハイプ「たんけんぼくのまち」(同主題歌)、Perfume「コンピューターおばあちゃん」(『みんなのうた』)など、Eテレだからこそ実現した豪華カバーのラインナップだ。
60年の歴史を通して生み出してきた楽曲のなかには今やスタンダードになっているものも多く、“教育テレビ”であるEテレが日本の音楽に果たした功績を窺い知れる内容でもあった。
「Eテレの番組は年齢や趣向などターゲットが明確であることが基本なのですが、この番組は珍しく幅広い層に向けた内容でした。60周年はEテレを今、そしてかつて楽しんでくださったすべての方に随所でプレゼントをお届けする、そんな1年にしたいと考えて番組編成をしています」(Eテレ編成局編成主幹・中村貴子編集長/以下同)
教育・教養番組のみを放送するというEテレの原則は、開局以来変わっていない。しかし近年は演出や出演者など、“攻めた内容”が話題になる番組が増えている。
「Eテレは自由な番組作りができていいですね、と言われることもありますが、実はとても制約が多い局でもあります。まず教育・教養に特化した内容でなければならないという大前提があります。また子どもが集中して観られる時間を逆算すると、あまり長尺の番組は作れません。そして何より予算が少ない。ということは、必然的に工夫をしなければならない。知恵を絞ってアイデアを出し合ったその先に、斬新な番組が生まれているのだと思います」
近年はテレビ番組の攻めた内容にクレームが殺到し、炎上するといったこともよくある。しかしEテレの番組でそうした出来事がほとんどない。
「Eテレのディレクターは、それぞれの担当番組のジャンルの専門家が多いからだと思います。だから一見、ふざけた演出のようでも、番組として伝えるべきことや配慮すべきこと、情報の正確さは決して外さない。専門的な知識という担保があるからこそ、思い切って弾けた演出もできるのだと思います」
Eテレの番組において音楽は大切な要素
同番組が実現したきっかけは、TBS系『櫻井・有吉THE夜会』にゲスト出演した香川が昆虫好きを熱弁。「いつかEテレで昆虫番組をやりたい」との呼びかけを観ていたNHKのチーフプロデューサーが事務所に連絡し、快諾を得たという背景がある。
「香川さんをはじめ、『Eうた♪ココロの大冒険』のキャストが決まったときも感じたのですが、子どもたちに夢を届けたい、良い影響を与えたいという志をお持ちのアーティストやクリエイターは多いようです。だから予算は少なくても一肌脱いでくださるのでしょうし、それもまたEテレが60年築いてきたブランド力だと思っています」
思わぬ反響を呼ぶ番組もあるが、世帯視聴率にはあまりこだわらない。ただしターゲットとしている層の視聴率には強くこだわり、番組の企画の際には対象層への徹底的な調査を積み重ねる。そうした対象世代のリアルな姿を捉えるなかで、中村氏は現代の若者たちに広がる「同世代の分断」を感じているという。
「SNSではAというアーティストのファンとBというアーティストのファンがディスり合っていたり、あるいは“リア充”“オタク”はキモいと言っていたり、一方のオタク側はリア充を非難したり……。同じ世代でも主義主張や嗜好性によってクラスタがわかれていて、クラスタが違うとまったく接点がなく、また別のクラスタへの興味関心も薄い傾向があるようです。多様なものに触れて興味を広げられることこそ若い世代の特権なのに、なんだかもったいないなと思うこともあります」
2018年10月より放送中の『沼にハマってきいてみた』は、10代の若者たちがハマる多様な趣味を深く掘り下げて紹介する番組。異なるクラスタを偏見で拒否するのではなく、互いの魅力を理解し、認め合うきっかけにしたいという思いで企画されたものだ。
嗜好の多様化やクラスタ化による分断は、国民的ヒット曲が生まれにくくなった原因の1つとしても考えられている。そんな現代において学校教育の現場でも活用されているEテレは、同世代間の共通体験をもたらすことができる貴重なメディアだ。
「特に音楽は同世代の共通体験を色濃く印象付けるものなのだと、『Eうた♪ココロの大冒険』での「懐かしい」「思わず一緒に口ずさんでしまいました」といった多くの反響からも改めて実感しました。音楽教育などと大上段に構えなくても、Eテレの番組において音楽は大切な要素。60周年以降のこれからも、視聴者の皆さんの成長の過程で思い出の1ページに添えられるような歌をご用意していきたいですね」
(文/児玉澄子)