中国で最も有名な日本人動画クリエイター・山下智博、対日感情が複雑な中国で成功できた理由
中国のネット民の間で最も有名な日本人動画クリエイター・山下智博氏が、株式会社ぬるぬるを設立。エンタメを通じて日中間の相互理解を、「ぬるぬる」と文字通り潤滑にする活動をミッションとしている。山下氏は大阪芸術大学を卒業後、札幌市教員文化会館職員を経て、2012年に上海に移住。2014年より中国の動画サイトで配信を開始した日本のカルチャーを伝えるバラエティ番組『紳士の大体一分間』が中国の若者の心を掴み一躍人気ネットタレントに。現在も10を超える動画プラットフォームで配信をしており、総再生数は11億回超と今や中国のネット民で知らない者はいない存在だ。
「僕が配信を始めた当時は、教科書やアニメなどで得られる以外の日本の情報を顔出しで伝える日本人はいなかったので、タイミングも良かったんだと思います。ただ中国人の対日感情は複雑で、日本のカルチャーやコンテンツに興味はあっても、日本人には抵抗があるネット民がほとんどでした。そんななか僕が受け入れられたのは、中国で一般的に言われる“ダメ男”の条件を満たしていたからだと思うんです(笑)。背も高くない、イケメンでもない、また当時は貯金を食いつぶす生活でお金もなかったですから」(山下氏)
中国の動画サイトで展開、山下智博のバラエティ番組『紳士の大体一分間』より
「そんな彼らと同じ立場に立って自虐やユーモアを交えた動画を配信することで、旧来の価値観ではヘタレでも、今はネットで好きなことを発信できる。そしてそれが自分や他人の幸せにもつながるんだ、というストーリーを伝えたかったんです」(山下氏)
その後の中国国内のネット環境の飛躍的な充実、そして山下氏の活躍による影響もあって、2015年頃からは中国人の動画クリエイターも増加。いわゆる中国版YouTuberを指す“網紅(ワンホン)”と呼ばれるネット有名人も数多く存在する。
「動画配信において、僕はもはやオンリーワンではなくワンオブゼムとなりました。その意味では当初の目的は達成できたと思うので、次のフェイズとして『ぬるぬる』を本格始動させることにしたんです」(山下氏)
人気次第ではあるが、日本では近年、YouTuberが高収入を得られる“夢のある職業”として浸透し、子どもが将来なりたい職業としてもその名前が挙げられている。中国で人気を博す山下氏もさぞかし高収入を得ているのだろう…と思いきや、中国の動画サイトは、日本の動画サイトとは収入モデルが少々異なるといい、思ったほど収入が得られていないのが実情だという。
「現在は中国の人気ネットタレントを主演に、日本が舞台のコメディドラマを制作中です。制作チームは日中合同。中国で活動したいけれど、システムや文化などの面で障壁を感じている日本のエンタメ企業や日本人タレントさんとも協働したいですね。動画コンテンツそのものが、日中交流のプラットフォームとなるような広がりを目指しています」(山下氏)
ネガティブな対日感情の中で支持されていった自身の経験から、山下氏が最も大切にしているのはユーモアと遊び心。押し付けのクールジャパンではなく、互いにクスッと笑える“フールジャパン”こそが日中関係の潤滑油になるという思想だ。
「ビジネスも大事だけど、どこかと競争するよりも純粋に面白いモノづくりをしたいクリエイターに機会を提供すると同時に、1人でも多くの人にそのコンテンツを見て笑ってもらいたいという思いのほうが強い。日中友好みたいな大仰な括りで語られることが多いけど、やっているのはしょーもないバカみたいなことで(笑)。でもそれが確実に国家間の複雑な感情を超える一歩になるというのは、僕の経験からも証明済みだと思っています」(山下氏)
文/児玉澄子
(週刊エンタテインメントビジネス誌『コンフィデンス』9/10号掲載)