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やさしい少女が電車で老人に2回席を譲った。しかし3回目は譲らなかった。その「深すぎる理由」とは?


いまシリコンバレーをはじめ、世界で「ストイシズム」の教えが爆発的に広がっている。日本でも、ストイックな生き方が身につく『STOIC 人生の教科書ストイシズム』(ブリタニー・ポラット著、花塚恵訳)がついに刊行。佐藤優氏が「大きな理想を獲得するには禁欲が必要だ。この逆説の神髄をつかんだ者が勝利する」と評する一冊だ。同書の刊行に寄せて、ライターの小川晶子さんに寄稿いただいた。(ダイヤモンド社書籍編集局)

やさしい娘が抱える葛藤

あれは中学生のときだったか、教科書にとても印象的な詩があった。

満員電車の中でお年寄りに席を2度ゆずった娘が、3度目は席を立たず、うつむいて座ったまま電車に揺られていたという内容の詩だ。

その娘を思いやるような目線で描かれていて、なんとなく切ない気持ちになったのだった。

なぜ、3回目は席を譲らなかったのだろうか?

中学生の私たちは「『なんで私ばっかり席を立たなきゃいけないの?』と思ったから」「自分だけ立ったり座ったりしてはずかしかったから」というようなことを答えていたと思う。

この詩について気になって調べてみたら、吉野弘氏の「夕焼け」という詩だった。あらためて読んだところとてもいい詩だったので、ぜひ読んでみてほしい(吉野弘『幻・方法』〈日本図書センター〉所収)。

語り手は「やさしい心に責められながら/娘はどこまでゆけるだろう」と言い、あたたかい眼差しを向けている。

解釈はいろいろできると思うが、私の考えは次のようなものだ。

心やさしい娘は、美徳に沿った行動をした。

しかし周りの人は気づかないのか、それとも自分勝手なのか、何もしないで平気でいる。

それで3回目は、周りの人たちの反応に流されるようにして「今回は私も席を譲らない」と思ってしまった。でも、それによって自分を責め続けているのである。

社会全体がやさしく助け合えたらいい。しかし現実はそうではない。

いいことをしたときに「やさしい人がソンをする」というふうに思ってしまったりすることもある。

「このうえない善」を目標にしているのに……

実は私もこの娘のように、できたはずの善行をしなかったせいで落ち込むことがときどきある。

『STOIC 人生の教科書ストイシズム』を読んでから、「このうえない善」を目標にしている私(「【心が疲れたら】メンタルが一瞬で『無敵』になる毎日の習慣・ベスト1」参照)は、本当なら一切の遠慮なしに善行をしていいはずである。

お年寄りや妊婦さんを見かけたら席を譲る、落とし物を見つけたら届ける、道端のゴミを拾うなど、躊躇する必要はまったくない。

ところが、一瞬の迷いみたいなものが出たせいで、タイミングを逃し、「なぜやらなかったのか」と落ち込むのである。

そんな私に哲学者エピクテトスが喝を入れてくれた。

つかめなかったものを取り戻す

そうだった、そうだった。

ストイシズムは、理想を思いきり高くすることで迷いを吹き飛ばすパワーがあるんだった。

「最大の勝負に挑む者は、ひるまず打撃も受けなくてはならない」という、厳しさ。

厳しいけれど、だからこそ心を強くしてくれるところがある。

エピクテトスなら、「夕焼け」の娘にどう言うのだろう。

周りの人がどうとか、どう思われるかは関係ない。そのとき最善の行動をすればそれで十分である。いついかなるときも美徳に沿った行動をすることが、幸福で満ち足りた人生の条件なのだ。

そんな感じのことを言いそうな気がしている。

私も躊躇なく善い行動ができるようになりたいと思う。

(本原稿は、ブリタニー・ポラット著『STOIC 人生の教科書ストイシズム』〈花塚恵訳〉に関連した書き下ろし記事です)

提供元:ダイヤモンド・オンライン

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