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いつの時代も善と悪の狭間で悩み、問題提起し続けてきた『ウルトラマン』という“思想”

【左】歌手の藤巻亮太【右】ストーリーが高く評価されている『ウルトラセブン』(C)円谷プロ

【左】歌手の藤巻亮太【右】ストーリーが高く評価されている『ウルトラセブン』(C)円谷プロ

 先ごろ、アニメ監督・庵野秀明が企画・脚本を務め、樋口真嗣が監督を務める『シン・ウルトラマン』の製作が決定。2016年公開の特撮映画『シン・ゴジラ』で社会現象を巻き起こした2人の再タッグに大きな注目が集まっている。これまで『ウルトラマン』への“愛情”を公言してきた庵野のように、自身の“ヒーロー像”を重ねる人は多いが、歌手でロックバンド・レミオロメン(活動休止中)の藤巻亮太もそのひとり。実際、年末に円谷プロが開催するファンイベントのライブに参加するため、シリーズの主題歌を全曲聴いたという藤巻。そこで今回、彼の熱い想いをぶつけるべく、円谷プロのプロデューサー・隠田雅浩氏との対談を実施。いつの時代も善と悪の在り方に悩み、自問自答してきた『ウルトラマン』という“思想”について語り合った。

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「悪」なのは怪獣ではなく人間? 善と悪の“表裏一体”を描いた『ウルトラセブン』

  • 歌手でロックバンド・レミオロメン(活動休止中)の藤巻亮太

    歌手でロックバンド・レミオロメン(活動休止中)の藤巻亮太

  • ウルトラマン(C)円谷プロ

    ウルトラマン(C)円谷プロ

【藤巻亮太】私も『ウルトラマン』の再放送を観て育っていますが、2000年以降のウルトラマンについては正直あまり詳しくありません。ただ、今回音楽を聴かせてもらってひとつ気付いたのは、初期のウルトラマンの楽曲というのは非常にシンプルだということ。例えば「正義」「愛」「勇気」という単語をシンプルに使ってわかりやすい世界観を提示している。一方で、2000年以降のウルトラマンの楽曲は、「なぜ戦うのか?」といった葛藤など複雑な感情が出てくると感じました。こうしたヒーロー像の変化については、具体的な哲学であったりを意図的に変えていかれたのでしょうか。

【隠田雅浩】まず、ウルトラマンシリーズの筆頭作として『ウルトラQ』(1966年放送)という番組が制作されたのですが、この番組では、戦後の時代背景や社会問題みたいなものを怪獣やSFという形で表現しています。我々はそれを“空想科学”と呼んでいて、空想の科学だからこそ子どもが見ても刺激的であるし、大人が観ればそこには深く考えさせられる物語が残せるという、シリーズを通じてそんなフォーマットを確立しています。

【藤巻亮太】すでに『ウルトラQ』の時点で“社会問題”をモチーフとするコンセプトがあったんですね。

【隠田雅浩】怪獣が必ずしも「悪」ではないし、もしかしたら正義だと信じていた人間の側が悪かもしれない、という描き方は『ウルトラセブン』(1967年放送)で顕著となります。昭和が高度成長期を迎え、テレビもモノクロからカラーへと移行して、もはや戦後ではなく、日本がどんどんと豊かになっていく。しかしその過程で歪みがあちこちで見えはじめたわけです。そんな多面的な社会背景が『セブン』ではよく描かれていると思います。

【藤巻亮太】『セブン』のストーリーが評価されている理由はそこにあるんですね。そうした演出はシリーズを通して行われていくようになったのでしょうか。

【隠田雅浩】シリーズを重ねて90年代から2000年代になってくると、成熟した経済と、ある種、飽和状態に陥っていく社会のシステムだったりがテーマとなってきました。『ウルトラマンティガ』(1996年放送)は非常にヒットした作品なんですが、ウルトラマンの力を持った人間がどう生き、成長していくのか、どのような意志で社会と向き合っていくのか、などといった希望とか諦めないマインドの部分を描いています。そして、主人公だけではなく、全体のコミュニティがそう言った諦めないパワー、プラスのエネルギーのようなものを持った時にウルトラマンが最大の力を発揮し、人とウルトラマンが一緒にその苦境を乗り越えていくといった流れを示しているのが2000年代ウルトラマンの特徴の一つです。

【藤巻亮太】2000年代と比べ、近年のウルトラマンに描き方の変化はありますか?

【隠田雅浩】2000年代以降のテレビシリーズでは、自分たちの身の回りのことだったりを中心に、パーソナルな視点が多く描かれています。初期の頃は社会の事象・現象が物語のキーになっていましたが、今は1人の人物とかコミュニティに沿って描くことも多くなっています。

冷戦下は正義が明確だった時代 ここ15年位は「簡単に正義と言えない」時代

  • 円谷プロのプロデューサー・隠田雅浩氏(左)との対談を実施

    円谷プロのプロデューサー・隠田雅浩氏(左)との対談を実施

  • ウルトラセブン(C)円谷プロ

    ウルトラセブン(C)円谷プロ

  • ウルトラマンタイガ(C)円谷プロ

    ウルトラマンタイガ(C)円谷プロ

【藤巻亮太】『セブン』の頃は、社会性のあるクリティカルなものをテーマとして取り上げてたと思うんですね。今はそうした“社会性”を持ったテーマは取り上げにくくなっているのでしょうか。

【隠田雅浩】50年以上前は冷戦下ということで戦争への危機感が常にあったり、環境公害、校内暴力などのシリアスな問題もありました。一方で、ここ15年位の傾向として、「簡単に正義と言えない」みたいな流れがあると思います。右であるとか左であるとか、西であるとか東であるとか、そういうところでは割り切れないということが、よくわかって来たと思うんですね。

【藤巻亮太】情報社会の影響で、画一的な情報だけでなく、別角度の様々な意見を取り入れることができるようになった影響もありそうですね。

【隠田雅浩】今の時代の正義って、白か黒か、善か悪かということではなくて、自分が何を守りたいのか、それに対して信念を持ってどう向き合うのか、そうした基準が必要なんだと思います。で、その正義を周りの人間が見た時に、共感や同感できるのであれば、それが集団としての「大義」というものになっていくように思います。平成ウルトラマンシリーズで示したい、描きたいっていうのはそこなんじゃないかと思います。

【藤巻亮太】確かに、2000年代のウルトラマンの主題歌には「正義」って言葉が前面に出て使われてないんですよね。今回、イベントに出演させて頂くにあたって全部聴いてみたんですけども、シリーズ初期は「正義、愛、勇気、平和を守るため」とか、「平和を壊してはいけない」とか、ものすごくシンプルなんです。でも、今はウルトラマンジャスティスが出るシリーズでさえ、ジャスティスってフレーズが出てこない(笑)。

【隠田雅浩】昭和の子どもたちって、大人である親を信じていたし、早く大人になりたいとも思っていた。でも、今の時代って真逆なのかもしれないです。実はまだ大人になりたくないっていう。1990年代の後半に出てきているウルトラマン以外のコンテンツを観てもその傾向が感じられます。モラトリアムなマインドっていうものにフォーカスした『エヴァンゲリオン』に代表される、いわゆる“セカイ系”と言われるような物語の描き方が増えましたから。で、多分にウルトラマンもその影響は受けていると思います。そういった視点で平成の『ウルトラマンティガ』以降を見ると、かなり理解しやすくなるんですね、時代の流れで。セカイ系っていわゆる個を描くことで、全体をそこから見渡すっていうようなフォーマットだと思うんですけど。

【藤巻亮太】その点についてストレートにお聞きしたいんですけども、シリーズの主題歌って時代を反映した曲に変わってきてますよね。でも、曲の人気について言えば、YouTubeの再生回数を見ると初期の方が圧倒的にあるように見えます。

【隠田雅浩】初期の頃の曲はシンプルで歌いやすいですし、社会現象になるほどの視聴率もあって誰でも知っている。なおかつカラオケでも歌い易いしっていうのはあると思います。それを今の子どもが聴いても、キャッチーなんじゃないのかなと。それに対して、近年の主題歌は、以前に比べてきっちりとセグメント分けされています。

【藤巻亮太】具体的には何歳が対象なんでしょうか。

【隠田雅浩】今の作品はより子どもにシフトしていて、3歳から6歳ぐらいがコアターゲットと見られています。もちろんそこで一緒に観ている親御さんであるとか兄弟も一緒なんですけど、子どもたちが感情移入しやすい物語を作っています。なので、歌詞に関しても自ずと、先ほど言ったような特徴が表れ易いんだと思います。正義や悪ってことよりも、“自分ゴト”だったりとか。あと、その瞬間にパッと、チャートの何位に行きました、っていうことなのか、それとも50年間歌われ続けましたっていうことなのか、我々は後者の方を大事だと思っていて、映像とずっと紐づいて、それがもう何十年とずっと生き続けられるものを作ろうと頑張っています。

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