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作詞家・富野由悠季が語る“アニソン”の価値基準の変化

 今や“アニソン”と言えば、日本のポップカルチャーとして世界中で愛されるドル箱コンテンツだが、80年代まではPOPSとしての認識はまだまだ浅く、ジャンルとしても低く見られていた。そんなアニソンがどのように市民権を得るに至ったのか? アニメ監督としてはもちろん、井荻麟(ペンネーム)という作詞家としても数多くの名曲を世に送り出してきた富野由悠季氏に話を聞いた。

→「初代から最新作まで歴代ガンダム作品の主題歌を総まとめ」←

作詞家・井荻麟(富野由悠季)/作詞リスト

40年前、「アニソン=子ども向け」という認識を“突破したい”と考えた

――これまで富野監督が井荻麟(いおぎりん)名義で作詞された楽曲は、実に80曲以上にのぼります。作詞家をされた経緯を教えてください。

【富野由悠季】それは簡単な話で、総監督権限です。当時、『ガンダム』の楽曲はキングレコードから出ていますが、それまでのアニメ音楽というは「学芸部」扱いだったんです。

――学芸部、と言いますと“子ども向け”というニュアンスでしょうか。

【富野由悠季】僕もアニメの仕事をはじめて、レコード会社の社員さんと話をして初めて知りましたが、「学芸部」という言葉遣いでビックリしたんです。「それは何なんですか?」と聞くと、いわゆる童謡とか、学校の教科書に載るような楽曲担当だという。

――今でこそ、ポップスや流行歌、アニメ音楽などが小中学校の教科書に載るようになりましたが、40年前はアニメ音楽が教科書に載るということはほぼなかったかと思います。

【富野由悠季】そうですね。まさに教育的という視点で選ばれた曲しか教科書には載らなかった時代でした。なぜ、アニメの音楽が一般の楽曲扱い、いわゆる歌謡曲をやっているような部署ではないのかと聞くと、「子ども番組だから」と言われもしました。事実、「いけいけガンダム」的なOPやEDの歌詞の時には学芸部扱いでもよいだろう、「それはしょうがないよね」という了解もありました。一方で、アニメ音楽というジャンルが“子ども向け”という認識を受けている状況を突破しなくてはいけない、とも感じていました。それだけのことなんです。

――ロボットアニメはおもちゃメーカーなどの意向で制約がつきものです。音楽に関しては妥協せずにやりたいという意識もあったのでしょうか。

【富野由悠季】『ガンダム』に関しては、レコード会社から推薦される作詞家、作曲家を使うのをやめようと思ったんです。ではやめた時にどうするか、作詞家や作曲家に「こんな楽曲、こんな歌詞にしてください」と妥協せず、正面きって言える作品が『ガンダム』だったんです。

「哀戦士」「めぐりあい」のヒットで感じた、「アニメ音楽」が変わることへの期待感

――では、富野監督におけるアニメ音楽への関わりは、『ガンダム』がエポックメイキングになっているのですね?

【富野由悠季】『ガンダム』以前でも、ライターなり企画者なりが書いた歌詞をもちこんで、なんとか曲にしてくれないか、という交渉ごとはやっていました。順々にそうした切り崩しをやっていって、いよいよ『ガンダム』の総監督権限で「学芸部」の言いなりにならないということをやりました。

――その想いが結実したのが、『機動戦士ガンダム』劇場版三部作における、井荻麟作詞・「哀戦士」「風にひとりで」「めぐりあい」「ビギニング」といった楽曲なのでしょうか。

【富野由悠季】いわゆるTV版の音楽では痛みも感じていて、映画版では「学芸部」扱いはやめてくれ!とキングレコードには伝えました。最低限度、詩先にしてもらって、そのうえで作曲家を連れてきてくれと。「普通のポップスが書ける人を連れてきてくれなければ、キングレコードさんで出さないよ」というところまでいきました。

――その結果、故・井上大輔さんというもの凄い方が出てきたわけですね。

【富野由悠季】僕らとしても穏当ではないだろうと思いました。つまり井上大輔さんほどの人を連れてきてくれるとは思っていなかった。当時、僕は彼に対して「なんで(仕事が)空いてたの?」と聞ける立場でした(井上氏と富野氏は日本大学芸術学部の同級生)。「いま俺の仕事で多いのはCMソングで、俺の曲をつけると商品が凄く売れて、ビジネスとして楽しい」と言われ、なるほど、そういう意味で本当にプロになったんだなと思いました。

――井上さんといえばグループサウンズのイメージがありましたが、当時はCMソングでもヒットされていました。

【富野由悠季】まさにその通りで、グループサウンズという閉じられた世界にいるのではなく、仕事としての幅を広げてここ数年やっているんだと聞いて「お願いします」と。ただ、学生時代にグループサウンズでスターになった人だから、僕から見たら3段階くらいステップが上の人なんです。だから、正直なところ彼に詞を出すのがつらかったんです(苦笑)。「申し訳ないんだけど、これでやってくんない?」ってお願いすると、作曲家としてプロ中のプロになった人は、パっと詞を読んで即答するわけです。「あ、いいね。基本的に直さなくてすむと思うから」と井上さんに言われ、その時は素直に嬉しかったですね。ただ、当時彼の仕事のアベレージはとても高く、このまま続けられたらと思うと同時に、「いつ嫌われるんだろうか」という恐怖はありました。

――結果、井上さんとの楽曲「哀戦士」「めぐりあい」は大ヒットしました。

【富野由悠季】一番重要なことは、「あ、キングレコードが学芸部を無くすということになっていくな」とも感じられたことです。それはつまり、これ以後“アニメ音楽が変わっていくかもしれないな”という期待感ですね。

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