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タワレコ、音楽ファンに愛されて40周年 嶺脇社長が語るシーンの変化とリアル店舗の意義

 今年で日本上陸40周年となるCDショップチェーン『タワーレコード』。ここ数年でWEBサービスが格段に便利になるなど、時代に合わせた展開を進めている印象もあるが、店舗スタッフの手作りPOPを筆頭に、音楽好きに寄り添う根幹は変わらない。だからこそ多くの“タワレコファン”がいるように感じられ、特にコーポレート・ボイス「NO MUSIC, NO LIFE.」については、今や音楽好きの合言葉となっているほど。この40周年を機に、『タワーレコード』の歴史やシーンの変化、リアル店舗の意義や今後の展望について、代表取締役社長の嶺脇育夫氏に話を伺った。

外資系ショップが日本のカルチャー発信基地へ「日本進出時から放任主義でした」

  • タワーレコード株式会社 嶺脇育夫 代表取締役社長

    タワーレコード株式会社 嶺脇育夫 代表取締役社長

――御社が日本に上陸したのは79年だと伺っています。
嶺脇社長 そうです。当初は輸入盤レコードの卸売をするという目的で米国の一事業部として日本にオフィスを構えたのが79年です。店舗では一号店は翌80年の札幌店が最初なのですが、実は以前から札幌で米タワーレコードのファンが同じ名前でお店を開いていまして(笑)。いわば商標の無断使用のような状況ではあったのですが、オーナーと話をしてそちらのお店を買い取り一号店としました。その後、直接うちが手がけたのが渋谷店。81年の話で、そもそもオーナーのラス・ソロモン氏は経営や展開について「その地域に合ったビジネスをやってください」と。「ブランドはグローバルでビジネスはローカルでやれ」と提唱された方なので、任せて運営させてもらいました。当時から結構な放任主義だったと思います。

――当時は輸入レコードをスーパーマーケットみたいに安く大量に売るというスタイルの会社はありませんでしたよね。
嶺脇社長 はい。当時はちょうどウエストコーストブームというのもあり、そのスタイルがまさにアメリカっぽいということで大きな話題になりました。私は88年に入社するんですけど、店舗の運営スタイルも先ほどのラスさんの考えの通りで、当時から基本的に店独自で方針などを決める文化でした。仕入れ場所はありますが、何を何枚、何をどう展開するか、人件費などについてはすべて店長の裁量次第。チェーンでありながらチェーン的発想がない会社で、それが02年に独立してからも続きます。我々の中では、独立後にようやくチェーン的感覚が醸成されてきたというか。だから近くにお店があっても値段も違うし、プッシュしているものも違う。個店ごとにバイヤーがいるので、店ごとにカラーがあって。そこが他のレコード店と大きく違うところだったのかな…一風変わったチェーンでした。
――タワーレコードはインディーズや新人アーティストにも力を入れていた印象です。
嶺脇社長 90年にオープンした心斎橋店(オープン当初は大阪店)がJ-POPの本格的取り扱い開始、インディーズ、インストアイベントの積極開催、試聴機の大量導入など、現在のタワーレコードのスタイルを確立する契機になったと思います。私もオープンからその店でバイヤーをやっていました。元々タワーレコードは立地のいい場所に出店してなかったんです。それもあったのかもしれませんが、心斎橋店でJ-POPを取扱いをはじめたところ、とにかくメジャーなアーティストが売れませんでした。90年代ぐらいですとユーミン(松任谷由実)やサザンオールスターズ、ZARDなどビーイング系も全盛期で。置けば売れると思っていたのですが、他では売れるがなぜかうちでは売れない。では何が売れているのかと見ると、インディーズだったんです。であるならうちはインディーズや新人アーティストを強化しましょうよ、と(笑)。

――置いておくだけのメジャーが売れた方が楽でいいですよね(笑)。
嶺脇社長 そうですね(笑)。でも、一方でタワーレコードは各バイヤーが何をどれだけ仕入れるかという権限を持っているため、店舗毎の売上ランキングに色がある、自分がこれは売れると思ったものがヒットするということがバイヤーにとってのやり甲斐になってたんです。自分でピックアップしたアーティストが売れていく喜びがあります。当時、僕は心斎橋で働いていましたけど、やはりその思いは強かったですね。

――それ以降、ショッピングセンターの加速度的な発展の時代が来ます。
嶺脇社長 99年に倉敷にイオンが出来てそこに入ったのが最初です。それまでは店舗数は40店舗。そこから約10年にわたって店舗数が増えていきます。ショッピングセンターの発展に乗って大きく成長し、大都市圏には大きな店を構えるというスタイルが出来上がったのがその頃。店舗独自のやり方をやりながらも、より効率性を求めて、「どこの部分を効率化して、チェーンオペレーションしていくんだ」と取り組みだしたのが10年ぐらい。やはり各々がやっていると非効率的なこともあり、良い面を潰さないように効率化していこうという形で現在に至ります。

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