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エンタメにも数多く起用される“桜” 日本人がこれほど愛する理由とは?

 東京では3月17日、平年より10日ほど早く桜が開花し、連日花見客が賑わいをみせている。この季節になると、日本人なら自然と気分も高揚し花見に繰り出すのが恒例だが、歌などエンタメ作品の題材としても“桜”は欠かせないキラーコンテンツだ。しかし、日本人はなぜこんなにも桜が好きなのか? そして、どのような経緯で“桜”が日本人にとって特別な存在になったのだろうか?

歌舞伎の題材から曲名まで…タイトルにも幅広く登場する“さくら”

 桜と言えば、まずは「桜」がついたヒット曲を思い出す人も多いはず。約230万枚を売り上げた最大のヒット曲、福山雅治の「桜坂」をはじめ、宇多田ヒカルの「SAKURAドロップス」、森山直太朗の「さくら(独唱)」、ケツメイシの「さくら」、嵐の「Sakura」、河口恭吾の「桜」、コブクロの「桜」、AKB48の「桜の栞」「桜の木になろう」などなど枚挙に暇がないが、曲名を聞くだけで「ああ、あの歌が流行っていたときは○○だったなぁ…」ともの思いに耽る人もいるだろう。

 実際、桜の季節には卒業、入学、就職、上京、別れと出会い…など、常に人生にとっても大きな岐路があり、日本人の生活習慣と結びついた形で個々にさまざまな思い出がよみがえってくる。また、満開の華やかさもつかの間、すぐに散ってしまう“儚さ”や“潔さ”も日本人の好むところなのだ。

 そうしたモチーフを持つ桜は、歌以外のコンテンツでも題材にされることが多く、歌舞伎で言えば『義経千本桜』や『娘道成寺』は定番。TVドラマでも学園ものは桜の場面は欠かせないし、『ドラゴン桜』(TBS系)という人気作品もあった。思い起こせば、『3年B組金八先生』(同)の舞台となる中学校も「桜中学」だったし、市原悦子主演の『おばさんデカ 桜乙女の事件帖』(フジテレビ系)なんて2時間ドラマもあった。現在、映画でも吉永小百合主演の『北の桜守』が上映中であり、とにかく“桜”の名は日本人にとっては親しみやすく、受け入れやすい鉄板ワードと言えるようだ。

花見の主流は平安時代に“梅”から“桜”に変化 秀吉が「花見」を一大イベントに

 そもそもこの日本人の“桜好き”のルーツはどこにあるのだろうか? 古くは花見と言えば“梅”を見ることが主流だったのだが、平安時代、嵯峨天皇が神泉苑(京都)で“桜”を見る「花宴の節(せち)」を催したのがはじまりとされ、鎌倉・室町時代を経て武士階級にも「観桜」の風習が浸透した。

 そして、一大イベントとなったのは豊臣秀吉の『醍醐の花見』からだと思われる。当時は花見と言っても、今のような規模の満開の桜が見られたわけではないのだろうが、豊臣秀頼・北政所・淀殿ら近親者をはじめ、諸大名からその配下の女房女中衆約1300人を召し従えた盛大な会が催され、九州平定直後の北野大茶湯と双璧を成すという、秀吉一世一代の催し物として知られている。

庶民に花見の文化を定着させた吉宗 時代を超え今も愛される“隅田川の桜”

 ただ、花見の習慣が庶民に広まったのは江戸時代に入ってから。その立役者は8代将軍・徳川吉宗だ。5代将軍・綱吉による「生類憐れみの令」の発布以降、途絶えていた鷹狩りを吉宗は復活させたが、田畑が荒らされると農民らの不評を買う。そこで鷹狩りの場に桜を植えて、農民たちが花見の客で潤うように計画した。特に隅田川の東岸や上野などに植えた桜の花見は庶民にも浸透し、現在まで続く桜の名所となったのである。

 こうして桜は、今では日本の3月〜4月期のキラーコンテンツとなり、莫大な経済効果を生み出すようになる。京都など神社仏閣の多い観光名所では、最近はライトアップされた夜桜を公開するところも増え、さらなる観光客を呼び込む相乗効果を生み出しているという。

 また、アメリカ・ワシントンDCのタイダルベイスンの桜並木や、スゥエーデン・ストックホルムの王立公園、ベトナム・ハノイ市のホアビン平和公園などでは日本から送られた“桜”が国を結ぶ友好の印として海外で愛されており、“桜”は“日本の心”ともいえるだろう。昨今では“花見”を目的とした訪日外国人も増えており、日本人が愛する“儚さ”を感じる心も徐々に世界に広まっているようだ。昼間っから、桜の下で仲間とどんちゃん騒ぎするもよし、ひとりで散りゆく桜に想いを馳せるのもよし、日本人の「桜好き」は今後も途絶えることのない文化として継がれていくことだろう。

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