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渡辺謙インタビュー『俳優キャリアを振り返る―ラクな道ではないけれど居心地は悪くなかった』

ハリウッドでの活躍はもちろんのこと、初挑戦のブロードウェイでも喝采を浴びた渡辺謙が、最新主演映画『怒り』で演じたのは、千葉の漁村で娘と暮らすしがない父親!? 世界が認める名優は、前作『許されざる者』(2013年)以来となる李相日監督とのタッグに、どんなことを感じたのだろうか? 輝かしい俳優キャリアを振り返り、ステップアップのために自身を壊していったという30代終わりについても触れるロングインタビュー。

そこにしか居場所のない男がもがいている感じ

――『怒り』で演じられた槙洋平という男について、台本から「うなぎとかどじょうみたいに土のなかに潜って、もがいているみたいなところを何となくイメージしていた」そうですね?
渡辺謙娘の愛子(宮崎あおい)との掛け違えたボタンを直して、しっかり前に進んでいくタイプではなくて、その掛け違えたことをずっと苛んでいるというのか、どう処理していいのかわからない。そういう人物の気がしました。結局、彼の“怒り”というのも、そんな自分自身に向けられているような。それは水のなかをスイスイと泳いでいるというより、そこにしか居場所のない男が、そのなかでもがいている感じがしたんです。

――洋平の怒りとは、自分自身の弱さに対するものでしょうか?
渡辺謙決められない弱さというのかな。優柔不断さに対する憤りみたいなことだと思うんですけどね。娘を連れてどこかへ引っ越してしまえば、人に言わなくてもいい過去を消せるとも思うんですけど、そういうこともできずに、ずっと同じところでもがき続けている。そんなイメージでした。
――妻を亡くしたあと、男手ひとつで娘を育ててきた洋平ですが、愛子との関係性についてはどのように捉えましたか?
渡辺謙男親と娘って、踏ん切れないものなんですよね。(家出中に保護された)愛子を歌舞伎町から連れ帰ったところで、どうすることもできない。また飛び出してしまうかもしれないという怖さを秘めながら、毎日生活しないといけないわけです。娘がいま、何をしたいのか、何を思っているのか、捉えきれない。そんななか、娘が人を愛したときに、あぁこの子も少しは幸せになれるかもしれない、という喜び。でももしかしたらこの先、いろいろなことが待ち受けているかもしれないという不安もある。そしてもうひとつ、やっと解放されるという、すごくいやな気持ちがあった。自分が守らなくてはいけない、ずっと背負わなくてはいけないと思っていた娘から解放される。ある種、親子であることは(洋平の)枷だったんじゃないか? と。その辺が、この男のいやな部分というか、つらい部分のような気がしました。

――愛子が恋をする田代(松山ケンイチ)と言葉を交わすシーンでは、李監督も交えて話し合いを重ねられたそうですね?
渡辺謙得体の知れない不気味さはありながらも、やっと娘を託せる男が現れたのかもしれない。でも本当にこの男で大丈夫なんだろうか? と、ひとつとして安心材料がないわけです。娘にも、相手にも、自分自身にも。そういうなかで、進んでいく事態みたいなものに、おろおろとおののいているしかないというのか。だから田代に向かって、娘のことを話すときでも、娘のことを怒っているわけではなくて、自分のふがいなさに対して憤ってるみたいなところがあったので、非常にやり場のない感じでした。今回は、千葉で2週間の撮影だったので、移動時間もそんなにかからないし、通常の1本の映画の3分の1くらいの撮影時間なので、ラクかなと思っていたら、とんでもなかったです(苦笑)。

自分を壊していく作業をしていた30代の終わり

――愛子役の宮崎あおいさんとの共演はいかがでしたか?
渡辺謙言ってみれば、洋平と愛子という親子の関係性のなかでしか、成立しない役なんですよね。洋平はこういう役です、愛子はこういう役です、とやっても交わらない。ふたりの間にいやな引っ張り合いがあったり、相反する気持ちがあることで、お互いの立場が見えてくるようなシーンが多かったので、いい緊張関係と、ある種の馴れ合いをないまぜにしながら、現場で演じていった気がします。30年近い年月を積み上げてしまった親子なので、そこは説明なく表さなくてはいけないし。でもやっぱり、自分の家族のことを振り返っても、男親と娘っていうのは難しいね(苦笑)。

――宮崎さんにとっても、挑戦の役という印象を受けました。
渡辺謙彼女がこれまで求められてきた像というのが、似通っている気がしていました。わりとまっすぐ立っていて、正しくて、いい人である、みたいな役どころが多かったと思うんですけど、今回はかなりステップアップしなくてはいけない、ハードルの高い役だったと思います。僕にもそういう時期があったし、彼女もきっと、そういう気持ちで今回の現場に飛び込んできたと思ったので、ちょっと口幅ったいんですけど、俳優の先輩として見届けたかったし、男女の違いはあってもできる限りのサポートをしたかった。
――少し脱線しますが、渡辺さんがこれまでの俳優キャリアのなかでステップアップを意識した、新しい役への挑戦を覚悟した時期というのは、いつ頃のことですか?
渡辺謙30代の終わりくらいの頃ですね。当時はまだ若手だった堤(幸彦)さんと仕事したりしていました。『溺れる魚』(2001年)『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系列)とか、ちょっと悪役に近いような役や、一応刑事なんだけどかなりきわどい役をやったりして。そういう形で少しずつ、自分を壊していく作業をしていましたね。

――堤監督とはその後も、名作『明日の記憶』(2006年)でタッグを組まれていますね。本作は『許されざる者』(アカデミー作品賞を受賞したクリント・イーストウッドの西部劇を、明治初期の北海道を舞台にリメーク)以来の李組ですが、妥協しない完全主義者として知られる李監督とのお仕事は、渡辺さんにとってどういうものですか?
渡辺謙李監督の映画は、大体答えはひとつではないんですけど、現場でも簡単に答えを欲しがらないというのか、答えを探すためにあがいているんじゃないってところが、清々しくもあり、憎々しくもあり(笑)。それぞれのシーンには、たいがい目標地点みたいなものがあるんですけど、そんなことは設定しないんです。彼はよく「腹に落ちる」って言うんですけど、そういう部分が見出せるまで、一緒に穴を掘り続けていくしかない。具体的なサジェスチョンもそんなに多くはないですし、とにかく一緒に悩んでいくしかない現場です。

『怒り』劇中カット

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