(更新:)
ORICON NEWS
芸能人予備軍的な立ち位置に批判も、“読モ”のあり方とは?
“読モ”の歴史は古く、元横綱・若乃花の元夫人・花田美恵子がルーツ
特徴としては、いかにもモデル的な“高身長・スタイル抜群”ではなく、読者に親しまれやすい“等身大”であることが大きなポイント。素人であるだけにギャラも安く、強烈なイメージがないぶん、その雑誌の“色”にも染めやすいということもあり、ファッション誌からはずいぶんと重宝された。
また、その歴史も意外に古く、元横綱・若乃花の元夫人・花田美恵子(当時は栗尾美恵子)が、1980年代の『Olive』の読者モデルで人気になったのがルーツとされる。その後、『東京ストリートニュース』(学研パブリッシング・現在は休刊)が読者モデルとして、妻夫木聡、降谷建志(Dragon Ash)、高島彩(フリーアナウンサー)などのそうそうたるメンツを輩出し、2000年代後半になると、“100億円の経済効果を持つ”といわれた益若つばさや小森純がバラエティ番組に登場。JOYなどとともに“ひな壇読モ”として活躍、芸能界でも読モは一大勢力となり、読モ全盛期を迎えることになる。
読モは、一般人から芸能界への入口で“次期タレント予備軍”
しかし現状としては、読モを取り巻く環境はけっしてよいものとは言えないだろう。そもそも読モの活躍の舞台であるファッション誌自体が、厳しい構造不況の中、休刊を余儀なくされている。また、一般人側のムーブメントとしても、雑誌デビューを経ずして、Instagramなどのネットメディアから自己発信し、GENKINGなど芸能界デビューするパターンが増えている。
こうして見ると、今後は読者モデルという“種族”自体が減少していき、将来的に困難を迎える可能性も十分に考えられる。ただ、読モの存在によって、プロとアマチュアの間の意識的な壁が低くなり、誰もが個性をアピールできるのだという希望をもたらしたこともたしかだ。ましてや、雑誌以外にネットメディアが進化し、一般人からの発信装置が増えていくなか、そうしたマインドは確実に受け継がれていくと思われる。そういう意味では、形や呼び名を変えながらも“読モ的な”スター自体は、今後も存在し続けていくのだろう。
(文:五目舎)