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豊川悦司『なんて愛情深い言葉だろう』
役と俳優がお互いの経験を共有する
豊川撮影では、1ヶ月半ぐらい室堂をベースにして滞在していました。そして、そこからさらに山小屋まで登って、数日泊まりで撮影をして──というのがトータル5回くらい。一番最初に山小屋に登ったときは、夜中の3時ぐらいに出発したんですけど、どしゃ降りの大雨でした。でも、木村監督には魔法の天気予報士さんがついていて、その人が「次の日は朝から晴れて撮影ができる!」というので、その言葉を信じて完全フル装備で、6時間くらいかけて登りました。そして、本当にカラッと晴れて撮影ができたのには驚きましたね。自然相手なので、こちらの予定通りにいかないのは当たり前です。1週間、山に滞在して1〜2日撮影ができれば御の字の世界。限られた時間なので、現場が慌ただしいこともあったけれど、本物の映像が撮れたと思います。
──大変な撮影だったんですね。オファーを受けるとき、迷いはなかったんでしょうか。
豊川木村監督の前作『剱岳 点の記』は観ていましたし、知り合いから「撮影は大変だった」というのは聞いていたんです。木村さんの“そこ”にあるものを“そこ”に行って撮るというスタイルは、実際は相当きついんだろうなぁと思って参加してみたら、本当にきつかった(笑)。だんだん慣れてはいくけれど、最初はきつかったですね。
──(笑)そのなかでも74歳の木村監督が一番元気だったとか?
豊川元気でしたね(笑)。圧倒されました。おもしろかったのは、まったく音のしない3000メートルの世界で、監督の怒鳴り声だけがこだましていくんです。「ばかやろう、ばかやろう、ばかやろう……」って(笑)。なんておもしろい現場だろう、「ばかやろう」っていう言葉はなんて愛情深い言葉だろうって思いました。そういう姿を見ていると、木村大作という監督のために、『春を背負って』というこの映画のために、「一生懸命になろう!」という気になります。スタッフ、キャスト一丸となって撮影に挑んだ充実感があります。
──その熱がスクリーンを通して伝わってくるからこそ、感動するんですね。
豊川だと思います。しかも、スクリーンに映し出される笑顔や苦しい表情などすべての演技は、実際に体験したことによって出てきているので、説得力があるんです。
──ということは、事前の役作りもいつもと違ったということですか?
豊川そうですね。木村監督がいつもおっしゃっていたのは、“そこ”に僕らを連れていって、“そこ”で俳優が感じた表情を撮りたいんだと。それは演技かというとまた少し違って、演技のなかにあるリアリティだと思うんです。俳優の仕事は大きく分けるとふたつあって──ひとつは、役に近づいていく役作りをするタイプ。もうひとつは、自分をさらけだしていくタイプ。今回は、悟郎という役と豊川悦司という俳優がリンクして、お互いの経験を共有しつつ仕事をする、そういう現場だったと思います。
すごく贅沢な現場に居させてもらいました
豊川おもしろいですね。ものすごく贅沢な現場に居させてもらいました。木村監督の現場は、不思議なんですけど、肉体的にきつい撮影になってもいい、それを経験してみてもいい、と思えるんです(笑)。僕の場合、悟郎さんは山男だけれど、僕自身はふだん山に登っているわけではないので、実際に菫小屋の建っている場所に自分の足で行ってみて、そこから立山連峰を見渡したときに自分がどんな表情をするのか、自分の反応が楽しみでしたから。
──圧巻の景色だったんでしょうね。
豊川少しでもあの景色の素晴らしさをスクリーンを通して感じてもらえたらなって思います。悟郎さんを演じるうえでは、あの景色を初めて目にしたときの気持ちをしっかりと記憶させて、カメラが回ったときにその気持ちを呼び起こす、そういう作業でした。芝居だけでいえば、その場所に行かなくても成立させることはできるんです。けれど、それ以上のものを監督は求めていたんでしょうね。
──松山さんと蒼井さんにお話をうかがったときも、演じないという演技が大変だったと言っていました。
豊川たしかに、足す演技よりも引く演技の方が難しいんです。湧き出てくる自我とケンカするといいますか。木村さんは監督であり、それ以前に名キャメラマンとしての膨大なキャリアがある方です。どう撮れば俳優の良さが一番出るのかというセオリーがあると思うんです。僕らは、木村さんのそのやり方に染まっていくことで、自分でも知らない良い表情を出すことができます。完成した映画を観てもそう思いました。何の変哲もないシンプルな映画なのに、つい引き寄せられてしまうのは、清々しくて、温かい──そんな分かりやすいメッセージがあるからなんです。
──木村監督のセオリーに染まりながら、豊川さんがつかんだ悟郎さんらしさとはどんなものだったのでしょうか。亨にとっても愛にとっても悟郎さんは頼りになる存在でしたが……。
豊川小林薫さん演じる勇夫さんという確固たる父親像がすでに物語のなかに存在していたので、少し下がって子どもたちの成長を見守るような、母親的な目線というのかな、そんなやわらかさを悟郎さんに持たせたいと思ったんです。声高にしかったりせずに、落ち込んでいるときはただ見守ったり、謎かけのようなアドバイスをしたり、そういう距離感を大事にしていました。
(文・新谷里映:撮り下ろし写真・片山よしお)
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春を背負って
関連リンク
・<インタビュー後編>人生そんなに甘くない(笑)
・豊川悦司 撮り下ろし☆PHOTO GALLERY☆
・インタビュー連載Vol.2松山ケンイチ&蒼井優
・映画『春を背負って』公式サイト