1980年代、昭和のテレビ史で唯一“視聴率100%男”と称えられたタレント・萩本欽一(70)が、約30年ぶりに視聴率30%超えを掲げた本格コント番組を日本テレビの金曜スーパープライム枠で放送することが15日、わかった。『欽ちゃんのどこまでやるの!』(テレビ朝日系)をはじめ “欽ドン!”、“週刊欽曜日”などといずれも平均世帯視聴率30%を超えたお化け番組を生み出してきた萩本を担ぎ出したのは、「電波少年シリーズ」生みの親・土屋敏男氏。萩本の自宅にまで出演を直談判し実現させた『欽ちゃん!もう一度30%番組作りましょう!(仮)』(7月22日 後7:00〜)は、渾身のコント『新・欽ちゃんSHOW』を客前で披露する。
1970年代に故・坂上二郎さんと結成したコント55号で一躍人気を博し、“欽ちゃん”の愛称で親しまれた萩本は『スター誕生!』(日本テレビ系)での司会を機にソロ活動も開始。80年代には客席と一体となってコントを披露する冠番組『欽ちゃんの〜』が平均世帯視聴率42.0%、そのほか『欽ドン! 良い子悪い子普通の子』は38.8%、『欽ドン!〜おまけの子』(いずれもフジテレビ系)が34.6%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)と軒並み高視聴率を記録し、国民的コメディアンとなった。その萩本が“アナログ放送終了”の華向けとばかりにスペシャル番組に登場。当時テレビの前でかぶりつくようにして観ていた30代以降の世代にとっては懐かしさがこみ上げる。
だが“電波少年”を作り上げた土屋Pが、昭和の人気番組の面影を引きずった“古き良き懐かしのコント番組”を放送するわけがない。今回のSP番組の冒頭は、まず土屋Pが萩本の自宅に押し掛けた出演交渉の様子からスタートし、メイキングなども放送。『なぜ、萩本欽一は30%を取れたのか!?』という謎の解明のため、関係者のインタビューを軸に局をまたいで当時の未編集素材をかき集め、再現ドラマと合わせて放送など、ここでも“やりたい放題”やってくれる。土屋氏は自身のTwitterでも「かなり面白そうなロケができそうな感触」と呟いており、自信満々のようだ。
萩本といえばコントでは徹底したツッコミ役。周囲のボケを逃さず何度でもツッコミを重ね、次第に客席が笑いのうねりを上げるのがお約束。だが、今回は『欽ちゃんを回してみよう!』のコーナーがあり、萩本は様々な芸人たちからツッコミが入るボケを担当。新たな“ボケとしての欽ちゃん”の魅力も開花する。また、セットはクリエーター猪子寿之率いる「チームラボ」が制作したオールCG。新たな映像表現で、未知の笑いに挑む。
1953年2月1日、午後2時にNHK東京放送局が歴史的な一歩を踏み出した日本のテレビ史。昭和から平成へと時代は流れ58年の月日が経過し、7月24日についにアナログ放送が終了へ。その2日前に、日本を代表するコメディアンとして全身全霊で挑む萩本の『新・欽ちゃんSHOW』。ゲストには田中美佐子、次長課長の河本準一が決定しており、全く予想できない新しい“欽ちゃん”の笑いのスタイルが誕生する。
1970年代に故・坂上二郎さんと結成したコント55号で一躍人気を博し、“欽ちゃん”の愛称で親しまれた萩本は『スター誕生!』(日本テレビ系)での司会を機にソロ活動も開始。80年代には客席と一体となってコントを披露する冠番組『欽ちゃんの〜』が平均世帯視聴率42.0%、そのほか『欽ドン! 良い子悪い子普通の子』は38.8%、『欽ドン!〜おまけの子』(いずれもフジテレビ系)が34.6%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)と軒並み高視聴率を記録し、国民的コメディアンとなった。その萩本が“アナログ放送終了”の華向けとばかりにスペシャル番組に登場。当時テレビの前でかぶりつくようにして観ていた30代以降の世代にとっては懐かしさがこみ上げる。
萩本といえばコントでは徹底したツッコミ役。周囲のボケを逃さず何度でもツッコミを重ね、次第に客席が笑いのうねりを上げるのがお約束。だが、今回は『欽ちゃんを回してみよう!』のコーナーがあり、萩本は様々な芸人たちからツッコミが入るボケを担当。新たな“ボケとしての欽ちゃん”の魅力も開花する。また、セットはクリエーター猪子寿之率いる「チームラボ」が制作したオールCG。新たな映像表現で、未知の笑いに挑む。
1953年2月1日、午後2時にNHK東京放送局が歴史的な一歩を踏み出した日本のテレビ史。昭和から平成へと時代は流れ58年の月日が経過し、7月24日についにアナログ放送が終了へ。その2日前に、日本を代表するコメディアンとして全身全霊で挑む萩本の『新・欽ちゃんSHOW』。ゲストには田中美佐子、次長課長の河本準一が決定しており、全く予想できない新しい“欽ちゃん”の笑いのスタイルが誕生する。
2011/06/16