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1995年4月2日、『週刊プロレス』を発行するベースボール・マガジン社が主催し、新日本プロレス、全日本プロレスなど主要13団体が集結し、東京ドームに6万人を集めた伝説のプロレスイベント『夢の懸け橋』が、14年ぶりに復活することがわかった。12月31日に『夢の懸け橋2009〜大晦日プロレス祭り〜』を開催する。当時、『週プロ』編集長として、大会プロデューサーを務めたプロレス・格闘技ライターのターザン山本が今回も携わることになり、「打倒、谷川!」とK-1イベントプロデューサーの谷川貞治FEG代表の名前を挙げ、同日に魔裟斗の引退試合を行う『Dynamite!!』への対抗意識を燃やしている。
ターザンは『週プロ』編集長として、『夢の懸け橋』を成功させながらも、その後、新日本プロレスと対立し、取材拒否を受けてしまう。翌96年に、雑誌売れ行き不振の責任から編集長を辞任、ベースボール・マガジン社を退社して、フリーのプロレス・格闘技ライターとなった。その後は、芸能界に進出し、あのビートたけしから“ビート”の称号を与えられ、「ビートたかし」として活動するも、近年は体調を崩し表舞台に出ることは少なかった。そんな彼が、ついに一念発起し、『夢の懸け橋2009〜大晦日プロレス祭り〜』を開催。ターザンは「この大会を『週刊プロレス』1500号達成記念として行ないたい!」と勝手に宣言している。
なお会場は、かつての東京ドームから、新木場1stリングに変更。新日本など、メジャー団体の選手の姿はなく、格闘探偵団バトラーツ、VKF、リッキーフジ JAPAN TOUR、下田大作自主興行、鬼龍頭、COMBO、DZW、CPE、ピンクタイガーモンスター軍、西口DOOR、信州プロレスなど、インディーズ団体の選手が集結。同日の12月31日は、『Dynamite!!』で魔裟斗の引退試合、『戦極』で、プロデビュー戦として柔道家から格闘家への転身をはかる石井慧と格闘家・吉田秀彦の試合など、大一番が横並びの中、『夢の懸け橋2009〜大晦日プロレス祭り〜』がどれだけ集客できるのか注目だ。
1995年4月2日、『週刊プロレス』を発行するベースボール・マガジン社が主催し、新日本プロレス、全日本プロレスなど主要13団体が集結し、東京ドームに6万人を集めた伝説のプロレスイベント『夢の懸け橋』が、14年ぶりに復活することがわかった。12月31日に『夢の懸け橋2009〜大晦日プロレス祭り〜』を開催する。当時、『週プロ』編集長として、大会プロデューサーを務めたプロレス・格闘技ライターのターザン山本が今回も携わることになり、「打倒、谷川!」とK-1イベントプロデューサーの谷川貞治FEG代表の名前を挙げ、同日に魔裟斗の引退試合を行う『Dynamite!!』への対抗意識を燃やしている。
ターザンは『週プロ』編集長として、『夢の懸け橋』を成功させながらも、その後、新日本プロレスと対立し、取材拒否を受けてしまう。翌96年に、雑誌売れ行き不振の責任から編集長を辞任、ベースボール・マガジン社を退社して、フリーのプロレス・格闘技ライターとなった。その後は、芸能界に進出し、あのビートたけしから“ビート”の称号を与えられ、「ビートたかし」として活動するも、近年は体調を崩し表舞台に出ることは少なかった。そんな彼が、ついに一念発起し、『夢の懸け橋2009〜大晦日プロレス祭り〜』を開催。ターザンは「この大会を『週刊プロレス』1500号達成記念として行ないたい!」と勝手に宣言している。
2009/11/12