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小津安二郎監督『父ありき 4Kデジタル修復版』ベネチアでお披露目 濱口竜介監督が「反復とずれ」を解説

 イタリア・ベネチアで開催中の「第80回ベネチア国際映画祭」(8月30日〜9月9日)で現地時間6日午後2時30分から小津安二郎監督作品『父ありき 4Kデジタル修復版』(1942年製作、英題:There Was a Father 4K Digitally Restored Version)のワールドプレミア上映が行われた。上映前には、映画監督の濱口竜介が登壇し、作品について語るサプライズがあった。

映画監督の濱口竜介=「第80回ベネチア国際映画祭」小津安二郎監督作品『父ありき 4Kデジタル修復版』上映会場にて(写真提供:松竹)

映画監督の濱口竜介=「第80回ベネチア国際映画祭」小津安二郎監督作品『父ありき 4Kデジタル修復版』上映会場にて(写真提供:松竹)

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 クラシック部門(VENICE CLASSICS/べニス・クラシックス)に選出された本作は、世界中の映画関係者から高い注目を集め、修復に合わせて新たに作成した海外向けポスターも好評だった模様。上映前には高川彩氏(松竹 メディア事業部 海外版権室)が登壇し、松竹が保有していたマスターポジはGHQの検閲によってオリジナル版に比べて多くのシーンが削られていること、ロシアで発見されたプリントと組み合わせることで、オリジナルに限りなく近い修復ができたことを説明した。

 続いて、濱口が登壇。今回、コンペティション部門に最新作『悪は存在しない』が選出され、現地時間4日にワールドプレミアとなる公式上映を終えたばかりの濱口は、「ボンジョルノ!今日は小津安二郎監督の『父ありき』のご紹介をする大役をいただきました」とあいさつし、以下のとおり熱弁をふるった。

 「あまりにも身に余る仕事なので、より相応しい監督の言葉を紹介することから始めたいと思います。ご存じの方もいるかも知れませんが、吉田喜重(よしだ・よししげ)監督という、小津と同じ松竹にいて、個人的な付き合いもあった方です。この方は非常に、日本の中でも最も優れた監督の一人だと思っておりますけども、国際的にはまだまだもっと相応しい名声を得るべき監督だとも思っています。残念ながら、昨年の12月に亡くなられたのですが、その方の『小津安二郎の反映画』という本から紹介します。『父ありき』の中の素晴らしい場面についてです」と昨年89歳で亡くなった吉田監督の著書の一部を読み上げる。

 「陽差しのみちあふれる渓流で、流し釣りをする父と息子。
 釣り糸を急流に投げかける、その反復の単調きわまる動作に、なぜかわれわれは魅せられる。
 そして反復の果てに起こるずれ。
 やがて成人した息子は、ふたたび年老いた父と流し釣りを試みる。
 そのとき無言のうちにあらわになるのは、過ぎ去った時間である。」

 これに続けて濱口監督は「これから作品をご覧いただくと、この短いコメントがどれだけ正確に、そのシーンの素晴らしさを描写したものかと分かっていただけると思います。吉田喜重監督がここで小津監督の最も美しい場面の一つを描写しながら、その特徴として語っているのは、反復とずれです。それがどれだけ素晴らしい場面かというのは、実際にご覧いただくのが一番なので、これ以上この作品の中のことについては申し上げません」と鑑賞する上でのヒントを提示。

『父ありき 4Kデジタル修復版』場面写真 (C)1942/2023 松竹株式会社

『父ありき 4Kデジタル修復版』場面写真 (C)1942/2023 松竹株式会社

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 「この吉田監督が指摘した反復とずれという特徴は、実はこの『父ありき』の一つの作品に収まるものではなくて、小津のフィルモグラフィ全体に広がっているものです。これは“父と息子”の愛情の話です。ただ、もし小津の代表作である、1949年の『晩春』をご覧になっている方がいたら、これが『晩春』の“父と娘”の話の、ある原型になっている、オリジナルになっているということに気づかれると思います。さらにこの“父と娘”の関係が、今度は1960年の『秋日和』になると“母と娘”の関係に転換されます。そして遺作、1963年の『秋刀魚の味』では、この“娘の結婚”という主題がまた反復されるわけです」とほかの小津作品にも広がっていく。

 「先ほど触れた渓流釣りの場面自体が、この映画の8年前、1934年の『浮草物語』の場面と全く同じような場面の反復になっています。そしてその『浮草物語』は1959年に『浮草』という、全く同じ物語のリメイクがなされます。そこにも釣りのシーンがあります。小津はフィルモグラフィを通じて、こういう似ているんだけど違うモチーフを、ひたすら反復使用していきます」

 小津作品にみられる“反復とずれ”の事例を挙げた上で、濱口は「それが実際どんな意味があるのか。全くわからないです。この意味はわからない、でもその効果は、一応小津作品を観てきた人間として、はっきりと言うことができます。小津のフィルモグラフィの新たな一本を観る度に、それまで観た小津作品の姿というものが、変わっていきます。その一本に刺激されて、変わっていきます。その体験は、一度観たとしても全く終わることのない、無限に続くような体験です」とこれから映画鑑賞する人たちの視座を高めてくれる解説を繰り広げた。

■2023年は小津安二郎生誕120年

上映前に解説を披露した濱口竜介監督(写真提供:松竹)

上映前に解説を披露した濱口竜介監督(写真提供:松竹)

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 さらに、「この小津のフィルモグラフィで起きていることは、実は小津の人生に起きていることと、とても良く似ています。今年は小津の生誕120年です。そして没後60年にもあたります。この60年という数字は、実は東洋の人間にとっては特別な意味を持っています。60年という時間は、ちょうど暦が一周する、そういう時間です。その60歳の誕生日というのは、新たに生まれ変わる日、新たに赤ん坊になる日、と言われています。小津はまさに、この60歳の誕生日に亡くなりました。新たに生き直すその日に、まさに新しい世界に旅立ったわけです。この小津の人生を思うと、小津のフィルモグラフィを観る時に起きる、無限の体験みたいなものとの相似に驚かざるを得ない、動揺せざるを得ないと思います」。

 小津監督は1903年12月12日に生まれ、60歳の誕生日の1963年12月12日に亡くなっている。2023年の今年、小津監督が亡くなってから、もう暦が一周するのかと思うとなかなか信じがたいものがある。

小津安二郎生誕120年メインビジュアル

小津安二郎生誕120年メインビジュアル

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 濱口は「小津の映画を観るということは、絶え間なく揺れ動くことです。この反復されるモチーフが、観ている観客の中でつながり合って、刺激し合って、そしてそのモチーフが自分の中でまるでダンスを踊るように活性化されていきます。観客は小津を観ることによって、そのモチーフが踊りだすダンスフロアのような場になることができます。それがどれだけ刺激的で喜びにあふれていて、そして時には激しい畏怖を起こさせるものであるかは、体験していただくしかないと思います」と独特のたとえをもって小津作品の魅力を語り、会場の観客に呼びかけた。

 「もし、今日はじめて小津をご覧になる方がいたら、この冒険へ出発することを祝福したいと思います。そして、もう何度も観ているという方も当然いると思います。そういう人には、一緒に旅を続けましょうと誘いかけたいと思います。先ほど紹介にあった通り『父ありき』の中には今までちゃんと観ることが出来なかった部分というのが含まれています。そのことがまた、小津作品の見え方を変えてくれると思います」

 最後に「もう一つだけ重要なことは、小津のこのフィルモグラフィ、実は20本くらい観られない映画があるということです。これらの映画が発見されることを心から願っています。その度に、小津の映画を観る体験が更新されていくと思います。その素晴らしい事態が起こることを祈って、ご紹介を終えさせていただきます。本当に楽しんでください」としめくくった。

『父ありき 4Kデジタル修復版』海外向けポスター (C)1942/2023 松竹株式会社

『父ありき 4Kデジタル修復版』海外向けポスター (C)1942/2023 松竹株式会社

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■『父ありき』

 金沢で中学教師をしている堀川周平(笠智衆)は妻に先立たれ、息子の良平(佐野周二、少年時代:津田晴彦)と2人で暮らしていた。そんな中、周平は修学旅行先で教え子を溺死させてしまい、責任を感じて退職。良平を寄宿舎に残し、東京の工場で働きだした。時が過ぎ、良平は仙台の帝大を卒業して、秋田の学校で教師となった。彼は久々に父親と再会するのだが…。同じ教師の道を選んだ父と子の親子関係を繊細かつ濃厚に描いた、哀感にあふれた作品。笠智衆の初主演作品であり、佐野周二など後の小津作品の常連となるスターたちが数多く起用されている。

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  1. 1. 小津安二郎監督生誕120年記念、カンヌ国際映画祭で『長屋紳士録』『宗方姉妹』デジタル修復版上映
  2. 2. 小津安二郎監督『父ありき』GHQにカットされた部分もできる限り復元しベネチア国際映画祭で上映へ
  3. 3. 小津安二郎監督『父ありき 4Kデジタル修復版』ベネチアでお披露目 濱口竜介監督が「反復とずれ」を解説
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