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“芸能人のセカンドキャリア”の壁 小阪有花が痛感「2ちゃんの書き込みが原因でクビになったことも…」

 多数のアイドル・女優・歌手を輩出した名門ミスコン「ミスマガジン」の2004年のグランプリに輝き、芸能界デビューした小阪有花(34・当時の芸名は小阪由佳)。水着グラビアで注目を集め、バラエティーやドラマに出演するなど活躍したが、09年に突然引退した。それから10年、「小さい頃からの夢」だった保育園の先生を経て、現在は「キッズビジネスコンサルタント」として、さまざまな企業と子供の生活とエンタメに関するビジネスを展開。サンリオとプラネタリウムがコラボする「キョートリウムプロジェクト」にも抜てきされるなど、活躍の幅を広げている。元芸能人という肩書きをどのように生かし、現在へたどり着いたのか。紆余曲折の道のりを振り返ってもらった。

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■メンタルの限界で芸能界引退も… 離れられない“元芸能人”の肩書き

 これまでも数々の情報番組やバラエティー番組などで語ってきたが、改めて引退の理由を聞いた。「一番の理由は、プレッシャーに耐えられなかったんです。グラビアで芸能界にデビューしたら、あっという間に売れてしまって。次にバラエティーの出演が増えたのですが、『天然のおバカキャラ』でいつまで活動できるか、徐々に不安になっていきました。もともと先のことを気にするタイプで、芸能界の目標が見つけられず、引退の1年前にはメンタルが限界になっていました」。引退翌年には突如、“激太り”の三段腹を公開するなど、大きな話題となった。

 その後、意外な道に進むことになる。「芸能界を離れ、次にどうしようかと悩んでいたとき、自分が何をやりたいかゼロになって考えたんです。そして、子供の頃に『幼稚園や保育園の先生になりたい』と卒業アルバムに書いていたのを思い出して、今までそういう勉強はしたことなかったけど、その道を目指そうと決意しました」。そして、アルバイトとして保育園で働き始めたが、“元芸能人”という肩書きがその道を塞いでしまった。勤務していることが気づかれ、ネット掲示板『2ちゃんねる』に「小阪由佳が○○保育園で働いてる」と書き込まれたのだ。そこには真実ではない情報も次々と加えられていった。

 「最初の保育園には元芸能人ということを隠して面接を受けて採用されたのですが、私は本名で芸能活動をしていたから書き込みで保育園にバレてしまい、『そういう人は雇えません』とクビになりました。当時は2ちゃんの情報がすごく信じられていて、SNSがない時代だったので。保育園の言い分もわかるんです。どんな理由であれ、知らないひとが保育園に足を運ぶようになったら、保育園としては危機管理として許す訳にはいかないよなと。当時は無理やり納得させましたけど、精神的にすごく落ち込みました…。せっかく一歩踏み出そうと思って、やっと居場所を見つけたのに、まるで悪いことをしていたような扱いを受けて。とてもつらかったです」。

■デメリットを理解していたら「芸能人を避けていたかもしれない…」

 20代なかばで痛感した「元芸能人の社会復帰の難しさ」。デビュー時はまだ10代だった小阪は「芸能人になることでデメリットがあるとわかっていたら、その道を避けていたかもしれないけど、10代の私にはそこまで想像することができなかった」と振り返り、「若くしてデビューした芸能人の中でそこまで考えている人って、どのくらいいるんでしょう?」と心配する。

 自身は保育の仕事で働くことが諦めきれず「いろいろ探して、何回も落とされたけど、保育をやりたいという気持ちが折れることはなかった」ため、採用してくれる保育園を見つけることができた。「最初の頃はいろいろ叩かれたけど、芸能人としての活動期間は5年で、保育の仕事のキャリアは10年を超えて、もうバッシングはなくなりました。何事も、やり続けることが大切ですよね」と言葉に力を込める。

 また、近年はアスリートのセカンドキャリアがよく話題となるが、小阪は身を持って知ったからこそ“芸能人のセカンドキャリア”の難しさを訴える。

 「最初に必要なのは、芸能人としてのプライドを折ること。違うステージに挑戦するにはゼロにならなきゃいけないのに、それができないから失敗する人が多いと思います。元芸能人って『普通の世界でやっていける気がしない』っていうことを言い訳にして、意地を張ってプライドが捨てきれないんでしょうね。私の場合は、保育園の仕事をしたいって見出したときに『プライドなんて言ってられない』と気づくことができて、ゼロから取り組むことができました。全く違う世界からやってきた人間として、世間はもちろん最初は現場の人からの風当たりは強く、消して楽な道ではなかったけれど、それでもやり続けたいと頑張れるものを見つけられてすごくラッキーだったと思います」

 しかし、元芸能人というキャリアは、必ずしもマイナスだけではない。「保育園で勤務後、自身がプロデュースする認可外保育園の開園を目指して動き出しました。出資をお願いするためにいろんな人に話を聞いてもらったのですが、アポを取る時に“小阪由佳”と分かってもらったうえで、保育のことを語り、ご相談をしたいとお願いすると、ほぼアポを取ることができました。今でも自分の名前と顔が名刺代わりになっているので、それはすごく感謝しています」。

■現在はキッズビジネスコンサルタント&育児情報ポータルサイトの編集長に

 保育園の運営、その経験を生かした保育園コンサルタントを経て、現在はキッズビジネスコンサルタントとして活躍。サンリオと株式会社エクストローラジャパンのプラネタリウム映像作品「トゥインクルムーンライト」を手がけ、キュートリウム企画にも携わるなど、範囲は多岐にわたっている。「保育の現場で10年働いて、もっと子供全般の生活に関わりたい、子供の目線で何かを作りたいと考えるようになり、転身しました。キュートリウムのお話も、もともとお友達の方と私が保育園で感じたことをいろいろ話していたら、制作チームに抜てきされました。『私で大丈夫?』って思ったのですが(笑)、エンドロールに自分の名前が出るのはうれしいですね」。

 また、キョートリウム企画では、トゥインクルムーンライトを社会貢献活動にも考えており、病院や施設などにも届けたいと考えている。「普段星空をみる機会が少ない子たちにこそ、星空を届けたいし、キャラクターを通して夢や希望をふくらませられると思うので、子どもたちに笑顔をプレゼントしていけるような活動がしたいです」。

 ますます忙しくなっていくが「私の人生計画はまったくないですね」と笑う。それでも「母になった時に、違う未来が見えてくるかもしれませんね。自分がやっていくことに役立つこと、見えてくることもあると思います」とビジョンは広がっている。芸能人のセカンドキャリアの難しさを乗り越え、自分のやりたい道に向かって邁進してきた小阪。これからも続々と誕生する“元芸能人”にとって、明確な道標となるだろう。

◆小阪有花(こさか・ゆか)1985年6月27日生まれ、神奈川県出身。2004年にミスマガジングランプリを獲得し、芸能界デビュー。グラビアのほか多数のバラエティー番組や、ドラマ『アキハバラ@DEEP』などで活躍。09年に芸能界を引退。保育園勤務を経て現在はキッズビジネスコンサルタントとして活動し、現在、プラネタリウム、キュートリウムのマーケティングディレクターを担当。自らの経験を生かして企業での社員研修にも取り組む。

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  • 保育園で勤務していた頃の小阪有花
  • 保育園で勤務していた頃の小阪有花
  • 保育園で勤務していた頃の小阪有花

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