ドラマ&映画 カテゴリ
ORICON NEWS

海外で評価も日本では「警備員のバイト」 『映画監督』という職業への葛藤

■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第20回 真利子哲也監督

 商業映画デビュー作である『ディストラクション・ベイビーズ』が、第69回ロカルノ国際映画祭・最優秀新進監督賞を受賞するなど高い評価を得た真利子哲也監督。いま最も注目されている映画作家のひとりでもある真利子監督が、また強烈な作品を世に放つ。新井英樹が描いた漫画を実写映画化した『宮本から君へ』だ。

映画『宮本から君へ』のメガホンをとった真利子哲也監督 (C)ORICON NewS inc.

映画『宮本から君へ』のメガホンをとった真利子哲也監督 (C)ORICON NewS inc.

写真ページを見る

【写真】その他の写真を見る


■問題作の実写映画化

 「宮本から君へ」は1990年からモーニングにて連載がスタートし、新人営業マンががむしゃらに社会に向かっていく姿と、後半につれて過激になっていく描写は、当時大きな話題を呼んだ。真利子監督も「僕が最初に原作を読んだのは、大学生のときでしたが、すごく引き込まれました。当時はまだ映画の仕事をしているわけではなかったので『自分が撮りたい』という気持ちではなかったのですが、この世界に入り、映画化の話を聞いたときには『自分でいいのかな』という思いと同時に『ぜひやりたい』という気持ちも強かった」と当時を振り返る。

 本作は、2018年4月から真利子監督が演出を務め、連続ドラマ化された。そこでは、池松壮亮演じる主人公・宮本浩のサラリーマンとしてのいきざまが描かれた。続く映画化では、宮本と恋人・中野靖子(蒼井優)との激しい恋の話がメーンになるが、連載時から賛否を巻き起こした怪物・真淵拓馬(一ノ瀬ワタル)との壮絶な闘いのシーンも描かれる。

 「最初に企画があがって、すぐに宮本と靖子をやろうというのは決めていました。ただそうなると向き合わざるを得ない拓馬の登場とその顛末を、いかにして映画にできるかという観点で脚本を書きました」。

■実写化不可能と思われた、強烈な、非常階段での決闘シーン

 原作を読んでいる人間からすると、宮本と靖子、拓馬の関係性、そして宮本と拓馬のバトルシーンは、陳腐な言い方だが「実写化不可能なのでは」と思ってしまうほど強烈だ。不可能というのは、物理的な問題ももちろんだが、スクリーンを通して、あの熱を伝えることができる演じ手がいるのだろうかという意味でもある。

 「この作品を映画化するうえで“やり切る”という気持ちがありました。万全の体制で挑んでいますが、マンションの非常階段という危険な場所での撮影のなか、ズボンもパンツも脱いで殴り合うなんて正気の沙汰ではないのですが、この原作をやる以上、やり切らなくてはいけないというのは、共通認識としてありました」。

 「普通の人なら絶対やらないし、もっとスマートなやり方だってあると思う」と苦笑いを浮かべた真利子監督。しかし、池松、一ノ瀬にはまったくためらいがなかった。『宮本から君へ』という強烈な原作に立ち向かうためには、誰一人臆する人はいなかった。真利子監督は言う。「池松くん、蒼井さんをはじめ、一ノ瀬くん、井浦新さん、ピエール瀧さん、佐藤二朗さん……みなさんこの作品に役者人生を賭けてくれる人たちばかりでした」。

■原作物の映画化によって学べたこと

 商業映画2作目で、原作がある作品に挑んだ。「今回は学ぶことが多かったです」と率直な感想を述べる。そこには良い部分と難しい部分が見え隠れするという。「映画にたくさんの人が関わる以上、原作という拠り所があることは非常に大きいと思う。その一方で、原作=映画表現ではないので、そこが難しい。漫画の場合は絵も描かれてあるので、役作りにせよ、フレーム、設定やロケーションに至るまで、どうやって原作を裏切らないまま実写映画に落とし込むかという悩みがある。その良さも難しさも知ることができたのは大きいです」。

 さらに本作は、連続ドラマとして放送したあと、映画の公開という流れもあった。

 「ドラマと映画の決定的な違いは、時間軸。ドラマの場合、深夜1時の1話25分という時間のなか、視聴者がずっとテレビの前に集中して座っているわけではないことを踏まえて脚本を構成しました。映画の場合、基本的に劇場で、始まったら最後まで観てもらえるという前提で作ることができます。そのときに何ができるかと考えたときに、原作の時間軸を変えるとまた違った印象があったので、映画ならではの描き方ができました」。

 観賞後「疲れた」というのが率直な感想だった。それだけスクリーンから伝わってくる熱量は圧倒的で、不思議な映画体験が味わえる作品だ。

 「いつも自分のなかではリアリティラインみたいなものを持って作品に臨んでいます。現実的すぎると作品自体がシリアスになってしまう場合がある。だからと言って外し過ぎるとその世界観に没入させづらくなる。『宮本から君へ』に関してはどちらにも振れたかもしれませんが、効果音や音楽の方向性を決めるまでに『ここまでやっても許されるかもしれない』というギリギリのところまでやれた。それは役者さんのお芝居や主題歌が大きかった」。

■海外の映画祭で評価されても、日本に帰れば夜の警備員のバイト

 前作の『ディストラクション・ベイビーズ』では、若者たちの欲望と狂気を描き、本作では、愛を全うするために訪れる試練に立ち向かう若者の姿を活写した。どちらもエネルギーに満ち溢れた作品だったが、真利子監督のルーツはどこにあるのだろうか――。

 「映画は好きでよく映画館でもビデオでも観ていたのですが、撮影したのは法政大学に通っているとき、8ミリを見つけて先輩と撮り合いをしていたのが最初でした。そうなるとその頃にイメージフォーラムに通って観ていた個人映画や実験映画がきっかけかもわかりませんが、少なくとも、自分が撮っているものが『映画』という実感はなかったんです」。

 とは言いつつも、真利子監督が手掛けた『極東のマンション』や『マリコ三十騎』は、一言でいえば「ヤバい」作品であり、そのゴツゴツした奇妙さと圧倒的な熱量は、現在の真利子監督作品のルーツと呼べるだろう。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のオフシアター・コンペティションでグランプリを獲得するなど、高い評価を得た。

 「カメラを持って『自分』の話を撮っていたので、後にセルフドキュメンタリーと言われました。ただ、そのときは『映画』を撮るような監督の自覚はないまま、海外の映画祭で自分の作品が上映されて、映画監督としてコメントを求められるわけです。日本に帰ると、スーパーの駐車場とかで誰とも話さずに夜の警備員のバイトをしている。この生活が数年続くと、映画監督ってなんだって考えますよね。それで、東京芸大の映像研究科を受験したんです」。

■信頼できる俳優の特性

俳優の力を信じているという真利子監督にとって「好きな俳優」とはどんな特性を持っている人なのだろうか――。

 「最低限のことなのですが、自分で物が言える俳優ですね。ちゃんと意志を持って作品に臨めること。特に主役を張る人には、しっかり自分の考えを持っている人が良いです。今回で言えば、池松くんも蒼井さんもそういう俳優でした。しかも、お互いが信頼しあっていて、技術も間違いない。二人のシーンに関しては、何も言うことはありません」。

 「一生懸命いいものを作ることは大前提なのですが」と語った真利子監督。それにプラスして、ちゃんと観客に届いて、世界に広がっていくことを意識していきたいと意気込んでいた。(取材・文・撮影:磯部正和)

関連写真

  • 映画『宮本から君へ』のメガホンをとった真利子哲也監督 (C)ORICON NewS inc.
  • 映画『宮本から君へ』の場面カット(C)2019「宮本から君へ」製作委員会
  • 映画『宮本から君へ』の場面カット(C)2019「宮本から君へ」製作委員会
  • 映画『宮本から君へ』の場面カット(C)2019「宮本から君へ」製作委員会

オリコントピックス

あなたにおすすめの記事

メニューを閉じる

 を検索