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球数制限問題の元祖、30年前1200球以上を投げた選手の思いとは?

 大阪代表・履正社高校の初優勝で幕を閉じた、今年の夏の甲子園。大会前、岩手県予選決勝で、令和の怪物・佐々木朗希投手(大船渡高)が登板を回避したことが論争を巻き起こした。しかし、今から約30年前に佐々木投手をはるかに上回る投球数で社会的な波紋を呼んだ天才投手がいた。25日放送のTBS系ドキュメントバラエティー『消えた天才』(後6:30〜8:54)に出演し、当時の思いを語る。

 その天才が県予選から甲子園決勝まで投げぬいた球数はなんと1266球。その天才と同じ舞台で戦った元プロ野球選手の黒木知宏は、「同級生ではスーパースター」「伝説の投手」と、衝撃を受けた過去を振り返る。また、PL学園時代に春夏連覇を果たした桑田真澄氏も「不屈の天才」と絶賛。天才が残した6試合連続完投の偉業を称えた。

 3年の時、チームの絶対的エースに成長し、母校を甲子園決勝の舞台まで導いた。しかし、登板過多の影響もあり決勝では大敗。さらに天才はこの大会以降、2度とマウンドに上がることはなかった。投手生命が絶たれたことで、天才が投げぬいた球数は大きな物議をかもした。番組では、天才にその騒動の真相とともに、マウンドに立ち続けた思いを聞く。「自分の野球人生が終わってもいい」と語った天才の真意とは? そこには、天才が幼い頃から抱き続けた、ある特別な感情があった。

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