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気鋭の映画監督・長久允 CM業界→映画監督への優位性とは

■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第6回 長久允監督
 短編映画『そうして私たちはプールに金魚を、』が、第33回サンダンス映画祭ショートフィルム部門のグランプリを獲得し、その名を世界中に知らしめた映画監督・長久允。続く初長編作品となる『ウィーアーリトルゾンビーズ』も、第35回サンダンス映画祭審査員特別賞オリジナリティ賞、第69回ベルリン国際映画祭「ジェネレーション14plus部門」に選出され、準グランプリ「スペシャル・メンション賞」を受賞した。

映画『We Are Little Zombies』のメガホンを取った長久充監督 (C)ORICON NewS inc.

映画『We Are Little Zombies』のメガホンを取った長久充監督 (C)ORICON NewS inc.

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 長久監督は、現在も大手広告代理店に勤務するCMプランナーであり、いわゆる映画畑での叩き上げではない。大林宣彦監督をはじめ、CM業界から長編映画を手掛けたという例は、市川準監督、犬童一心監督、吉田大八監督、中島哲也監督など枚挙にいとまがない。しかも、どの監督も名作を世に送り出している。CMを手掛けているからこその優位性というのは実際にあるのだろうか――。長久監督に話を聞いた。

■長編デビュー作がオリジナル作品という難易度の高いチャレンジ

 最新作『ウィーアーリトルゾンビーズ』は、両親を亡くしたときに泣くことができなかった少年・少女たちが、火葬場で偶然出会い心を取り戻すべく、バンド「LITTLE ZOMBIES」を結成するという長久監督のオリジナルストーリーだ。
 
 長編映画デビュー作をオリジナルで挑むということは、現在の商業映画では、なかなかレアなケースだ。しかも本作は70館以上で上映される公開規模である。資金を集めるという部分では、深い作家性よりも原作ものの映像化など、ある程度認知度と大衆性があるものにアドバンテージがある。しかし長久監督は“自らの表現したいもの”というオリジナルにこだわった。

 「実は原作ものの映画化の監督をやらないかというお話をいただいたことはあります。でも僕は“映画監督”という職業に就きたいのではなく、自分のなかにあるメッセージやストーリーを形にしたいという思いが強かったんです」。しかし一方で「お金がなければ映画は作れません。今回の主人公は少年少女4人。しかも一般的にはまったく知名度がない子たち。普通の映画の常識ではお金なんて集まりませんよね」と冷静な視点も持っていたという。

■作家性と商業主義というまったく相反する考えの融合

 この誰もがぶち当たるテーマに対して、長久監督は、広告代理店でCMプランナーの仕事をしてきた経験をフルに発揮する。

 「例えば、有名な俳優さんが主演を務め、さまざまなメディアに露出することによって算出される宣伝効果と同じぐらいの費用対効果があるプロモーションプランを提示するなど、どうやったら出来上がった映画を訴求していくかはシビアに考えました。そこは広告業界で十年以上働いていたプレゼン能力は活きていると思います」。

 長久監督の才能への期待は大前提にはあるが、出来上がった作品を認知させる部分を徹底的に突き詰めていったことで、賛同者を得ることができた。作家性とビジネスという、二律背反した二つの考えを地続きではなく、まったく別物として切り離した。ビジネス的に成功しやすい作品を作るのではなく、思いを込めて作ったものを、どうビジネスに乗せるかという発想で作られたのが本作だ。

 「映画を作っているときは、とにかく自分が描きたいもの、表現したいものを純粋に追い求めました。中学生ぐらいの僕がやりたいことに没頭し突っ走った感じ。主観的なものの見方です。一方で、出来上がったものに対しては、どれだけしっかりと鑑賞者に届けられるか、客観的な視点を持って意味の分からないプロモーションや、無駄なことをせず、作品に寄り添った形で膨らませていくことができたと思っています」。

 とはいっても長久監督は「ギリギリのラインだったのかも」と出来上がった作品への評価を下す。やりたいことと言っても、誰にも共感されなければ意味はない。本能的に最低限の大衆性というものは察知しているという。それでも「プロデューサー的視点でみれば、とても悲劇的な内容ですし、情報過多な部分もある。誰もが見てハッピーになるものでもない。映画のコアな部分に共感してもらえなければ、難しいなと思うこともあります」と揺れる思いはあった。

■新藤兼人監督作品で映画の自由さを知った

 葛藤はあったものの、“自分が表現したいこと”を全部やるというポリシーで突き進んだ作品は、海外で高い評価を経た。独創的なストーリーはもちろん、映像、美術、衣装、音楽など映画をつかさどるさまざま芸術が見事に融合し、シニカルかつユーモアあふれる作品になった。

 この奇才のルーツはどこにあるのだろうか――。

 「僕は日本語が好きなので、もともとドメスティックな人間だったのですが、大学でフランス文学科に通ったことで、フランス映画をはじめ、ヨーロッパの映画に触れる機会が多くなったんです。そこからテンポ感や絵の作り方は自然と吸収していったのかもしれません。それ以上にインパクトがあったのが、新藤兼人さんの映画です。『ふくろう』や『裸の島』など、映画の文脈とは明らかに違う表現でも、映画として成立する。自由になんでもできるのが映画だと分かってから、自分のうちにあるものを表現するには映画というメディアは最適なのかなと思ったんです」。

 学生時代から映画にはまり、自主映画製作などもしていたというが、思うように結果は出ず、夢をあきらめて会社員として広告代理店に入った。そこからは広告業界での業務にまい進するものの、夢は捨てきれず「MOON CINEMA PROJECT」というコンペに応募。見事1位を獲得し『そうして私たちはプールに金魚を、』という短編を撮った。その作品が海外の映画祭で高い評価を受け、いまにつながった。

 短編『そうして私たちはプールに金魚を、』、そして『ウィーアーリトルゾンビーズ』共に主人公は、未来に希望を持てない子供たちだ。

 「広告業界ってある種、資本主義を浴びまくって暮らしているようなものなので、もうちょっとミニマムな感情を紡ぎだせないかという衝動はあります。同じく広告業界で活躍している中島哲也監督も僕は好きなのですが、作品のなかに、どこか人間や世界に対してあきらめているような部分が感じられる。僕もそういった思いを抱くことがあるのですが、それは広告やっているからなのかなって思ったりもします」。

■メジャー配給映画よりは、自分から生まれた物語をプロデュースまでできる規模の映画がいい
 
 規模が大きくなればなるほど、ヒットが義務づけられるのは必然だ。「お金を出す人が多ければ、口を出す人も多い」という言葉を映画関係者からよく聞く。それでも潤沢な資金で、メジャー映画を撮りたいという目標の人もいる。しかし長久監督は“作家性”という部分ではまったくブレることがない。

 「有名な俳優さんを真ん中に据えて、CGガンガン使ってバジェットも大きく……みたいな映画を作りたいという欲望はないんです。自分から生まれた物語を形にできればいい。それだけ。でも僕の映画はシーンがものすごく多かったりするので、普通の映画よりもお金がかかる。ご一緒していただくスタッフの方を苦しめないように、しっかりお金を集めて作りたい。プロモーションを含めて、そういったところまで自分がプロデュースの設計ができる映画作りをしていきたいです」。

 長編映画を撮り、日本の映画界の仕組みも理解できたという。「いろいろやらせていただいたので、まったく不満はない」と語っていた長久監督だが、しっかりと言語化されていない独特の映画界のルールや常識があるという。「僕は広告の世界で、しっかりと言語化する特訓をさせてもらったから、意思を伝えることができましたが、それができない場合も多いのかなと感じました。そこはすごく悲しいことかもしれません」。

 「自由になんでもできるのが映画」と語っていた長久監督。その言葉通り、常識にとらわれない映画が完成した。6月14日に映画は全国公開される。果たしてどんな反響が巻き起こるか――非常に楽しみな問題作だ。(取材・文・撮影:磯部正和)

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