■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第4回 石井裕也監督
200館規模の劇場公開、日本テレビとワーナー・ブラザース映画が製作委員会に名を連ねるという日本映画のなかでは、非常に大きな座組で公開される映画『町田くんの世界』。そんななか、本作には大きなチャレンジが数多く含まれている。日本アカデミー賞最優秀監督賞を史上最年少で受賞した石井裕也監督が意欲作への熱い思いを語った。
■公開規模の大きな作品には人気キャストというセオリーを無視!
大阪芸術大学の卒業制作でメガホンをとった『剥き出しにっぽん』をはじめ、自主製作映画が海外で高い評価を受けるなど、商業映画監督デビュー前から、映画界でその才能を高く評価されていた石井監督。『川の底からこんにちは』(2009年)で、商業映画デビューを果たすと、第53回ブルーリボン賞監督賞を史上最年少で受賞。さらに2013年には松田龍平主演の『舟を編む』で、第37回日本アカデミー賞最優秀監督賞を、こちらも史上最年少(30歳)で獲得した。2017年公開の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』では第91回キネマ旬報ベストテン、日本映画ベスト・テン1位も記録した。 国内外で高い評価を受ける石井監督だが、最新作『町田くんの世界』では「誰が決めたかわからないルールに縛られた窮屈さと、硬直した昨今の世の中に抵抗してみたかった」と大きなチャレンジを試みた。その最たるものがキャスティングだ。普通、前述したような大きな規模での公開となれば、映画の真ん中に位置するキャストは、認知度の高い俳優を起用するのがセオリーだ。
「僕らも一応社会人なので、知名度の高い売れっ子俳優さんを起用した方が、集客力を見込めるという常識は解しています。でもこの映画の主人公である町田くんは、誰からも愛される純真無垢な少年。テクニックで演じることができる人より、なんの色もついていない俳優さんに演じてもらった方が奇跡が起こるのでは……と思ったんです」。
こうした監督の思いは、数々のヒット作を世に送り出してきた日本テレビの映画プロデューサー北島直明氏も同じ思いだったという。「責任のなすりつけ合いじゃないですよ」と石井監督は笑っていたが、製作陣は最初から一枚岩で「とにかく特別な映画にしよう」という思いがあったという。しかしセールス的な部分以外にもリスクはある。ほぼ演技経験がない町田くん役の細田佳央太と、猪原奈々役の関水渚の二人が物語を引っ張るのだ。
「新人抜擢と言えば聞こえはいいですが、演技力や経験値で勝負できない二人が、映画の真ん中にいるというのは大変なことです。でも大変ということは、言い換えれば楽しくてワクワクするということ。ある意味で新人というのは計り知れない爆発力や凄みもある。それをどう作品に落とし込むかを演出する側としては考えました」。
■岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀らを高校生役として配置
一方で、細田、関水という二人に対峙する役に、岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀といった主役級キャストを配置した。しかも町田くんや猪原さんの同級生役としてだ。
「一番の目的は、技術や経験のある俳優たちの中に新人を放り込むことで、町田くんという聖人のようなキャラクターの魅力をより浮き彫りにさせることでした。そこには多少の違和感があった方がいいと思ったんです。もっと言えば、町田くん以外の高校生たちに、自分がここにいていいのかという違和感を持ちながら町田くんと接してほしかった。もう一つは、実力と経験値がある俳優たちが、新人と相対した時に、逆に新しい芝居が引き出されるのではないかという計算もありました」。
石井監督の思惑通り、高畑や前田が高校生として細田や関水に接する絵は、違和感がありつつも、ファンタジックな作品のなかでは、逆に説得力があった。映画としてしっかりと成立している。
■新人起用だからこそフィルムで撮影することの意義
もう一つ驚くべきチャレンジが、デジタル全盛のなか35ミリのフィルムで撮影が行われたことだ。デジタルと違い、シーンを繰り返すごとにフィルム代は発生する。撮り直しがきかないわけではないが、主役が演技経験の浅い二人であるなか、フィルムでの撮影というのはコスト面でもリスクが非常の大きい。
「おっしゃる通りです(笑)。コスト面でのリスクはもちろん、フィルムの管理を含め、製作サイドにも大きな負担がかかります。でも一回きりしか出ない感情を一回の撮影で撮ることによって得られるものは特別で、もしかしたら今後、彼らには二度とフィルムでの撮影の機会がないかもしれない。偉そうな言い方になってしまうかもしれませんが、人生最初の本気の芝居、姿をフィルムに残してあげたかった。彼らにとってもなんらかの価値になるのではないかと思ったんです」。
さらに石井監督は、フィルムならではの質感は素晴らしいものがあると強調すると、緊張感ある現場から導き出されるプラスアルファも大きいという。「デジタルで撮ったとしても『失敗できない』という緊張感を作れなければ、演出家として失格だという人もいますけれどね」と苦笑いを浮かべると「録音部さんは嫌うのですが、それでも僕は『カラカラカラ』というフィルムの回る音が好きなんです。現実を奪い取っているような、現場の人間たちの思いを焼き付けているような感じの音がね。継承されるべき文化だと思います」と楽しそうに語る。
■石井監督の過去、現在、未来――
名作を世に送り出し続けてきた石井監督。自身の名刺代わりになる作品はなんなのだろうか――。質問を投げかけると、意外な答えが返ってきた。
「一本には絞れませんが、あえて言うなら『おかしの家』(2015年/TBS)ですかね。映画じゃなくて連ドラなんですけれどね(笑)。脚本も書いたのですが執筆期間がすごく短くて、いろいろと物語を構築する時間がなく、自分の経験から引き出した、身を削った作品なので、恥ずかしいぐらい自分が出ているのかなと」。
そもそも映画監督を志したのはどんな動機だったのだろうか――
「どんな人にあると思いますが、10代後半になると『自分は世間にどれだけ通用するのか』と腕試ししたくなると思うんです。でも、そう思っても、ある程度の謙虚さがあれば普通に就職したりするのですが、僕は歯止めが利かなかった。『自分が考えていることはきっと面白いんだ』という根拠のない自信のまま突き進んでいったのがいまに繋がっている感じです」。
映画の世界に挑戦し突き進む石井監督にとって、好きな俳優のタイプとは――。
「全力でやってくれる人。比喩っぽくなってしまいますが、命がけで映画に携わってくれる人。池松(壮亮)くんとかもそういう人なのですが、捨て身でやってくれる。そういう人がいると映画の力になります。いつ映画を撮れなくなるかわからない。一本一本が勝負なので、心強い仲間を求めてしまいます」。
■映画が撮れなくなるかもという危機感は常にある
すでに映画界に確固たる地位を築いていると思われる石井監督から「いつ映画が撮れなくなるかわからない」という危機感のある発言は意外に感じられる。 「常に危機感はあります。長編映画って1年に1本、多くても2本ぐらいしか撮れない。打席に立つ回数が極端に少ないので、打席に立ったらとりあえず打たなければいけない。そこで3打席連続三振とかになったら次はないですよね。映画が当たる、当たらないという基準はいろいろな見方があると思いますが、1本の映画に自分の人生と、それに関わっている多くの人の人生がかかっているのは事実。普通に考えれば、かなり危険な仕事ですよね。だからこそ興奮もするのですが、そういった思いを共有できる俳優さんやスタッフと一緒に仕事をしていきたいです」。
淡々とした語り口のなかにも、映画への熱い思いがにじみ出てくる石井監督。『町田くんの世界』では、一見取り柄がなにもないような高校生の町田くんが、困った人のことは見逃すことができないという“優しさ”で、接する人たちの世界を変えていくファンタジックな物語が展開する。
過去作品同様、海外での反響も気になるが「英語の翻訳にも携わりましたが、恋も愛も海外では“ラブ”に集約される。そこのニュアンスの違いも正確に伝わるように意識しました。実際どう受け止められるのかは興味があります」と心情を吐露した石井監督。
多くのチャレンジが詰まった意欲作の公開が、いまから待ち遠しい。
(取材・文・撮影:磯部正和)
★YouTube公式チャンネル「ORICON NEWS」
200館規模の劇場公開、日本テレビとワーナー・ブラザース映画が製作委員会に名を連ねるという日本映画のなかでは、非常に大きな座組で公開される映画『町田くんの世界』。そんななか、本作には大きなチャレンジが数多く含まれている。日本アカデミー賞最優秀監督賞を史上最年少で受賞した石井裕也監督が意欲作への熱い思いを語った。
■公開規模の大きな作品には人気キャストというセオリーを無視!
大阪芸術大学の卒業制作でメガホンをとった『剥き出しにっぽん』をはじめ、自主製作映画が海外で高い評価を受けるなど、商業映画監督デビュー前から、映画界でその才能を高く評価されていた石井監督。『川の底からこんにちは』(2009年)で、商業映画デビューを果たすと、第53回ブルーリボン賞監督賞を史上最年少で受賞。さらに2013年には松田龍平主演の『舟を編む』で、第37回日本アカデミー賞最優秀監督賞を、こちらも史上最年少(30歳)で獲得した。2017年公開の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』では第91回キネマ旬報ベストテン、日本映画ベスト・テン1位も記録した。 国内外で高い評価を受ける石井監督だが、最新作『町田くんの世界』では「誰が決めたかわからないルールに縛られた窮屈さと、硬直した昨今の世の中に抵抗してみたかった」と大きなチャレンジを試みた。その最たるものがキャスティングだ。普通、前述したような大きな規模での公開となれば、映画の真ん中に位置するキャストは、認知度の高い俳優を起用するのがセオリーだ。
「僕らも一応社会人なので、知名度の高い売れっ子俳優さんを起用した方が、集客力を見込めるという常識は解しています。でもこの映画の主人公である町田くんは、誰からも愛される純真無垢な少年。テクニックで演じることができる人より、なんの色もついていない俳優さんに演じてもらった方が奇跡が起こるのでは……と思ったんです」。
こうした監督の思いは、数々のヒット作を世に送り出してきた日本テレビの映画プロデューサー北島直明氏も同じ思いだったという。「責任のなすりつけ合いじゃないですよ」と石井監督は笑っていたが、製作陣は最初から一枚岩で「とにかく特別な映画にしよう」という思いがあったという。しかしセールス的な部分以外にもリスクはある。ほぼ演技経験がない町田くん役の細田佳央太と、猪原奈々役の関水渚の二人が物語を引っ張るのだ。
「新人抜擢と言えば聞こえはいいですが、演技力や経験値で勝負できない二人が、映画の真ん中にいるというのは大変なことです。でも大変ということは、言い換えれば楽しくてワクワクするということ。ある意味で新人というのは計り知れない爆発力や凄みもある。それをどう作品に落とし込むかを演出する側としては考えました」。
■岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀らを高校生役として配置
一方で、細田、関水という二人に対峙する役に、岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀といった主役級キャストを配置した。しかも町田くんや猪原さんの同級生役としてだ。
「一番の目的は、技術や経験のある俳優たちの中に新人を放り込むことで、町田くんという聖人のようなキャラクターの魅力をより浮き彫りにさせることでした。そこには多少の違和感があった方がいいと思ったんです。もっと言えば、町田くん以外の高校生たちに、自分がここにいていいのかという違和感を持ちながら町田くんと接してほしかった。もう一つは、実力と経験値がある俳優たちが、新人と相対した時に、逆に新しい芝居が引き出されるのではないかという計算もありました」。
石井監督の思惑通り、高畑や前田が高校生として細田や関水に接する絵は、違和感がありつつも、ファンタジックな作品のなかでは、逆に説得力があった。映画としてしっかりと成立している。
■新人起用だからこそフィルムで撮影することの意義
もう一つ驚くべきチャレンジが、デジタル全盛のなか35ミリのフィルムで撮影が行われたことだ。デジタルと違い、シーンを繰り返すごとにフィルム代は発生する。撮り直しがきかないわけではないが、主役が演技経験の浅い二人であるなか、フィルムでの撮影というのはコスト面でもリスクが非常の大きい。
「おっしゃる通りです(笑)。コスト面でのリスクはもちろん、フィルムの管理を含め、製作サイドにも大きな負担がかかります。でも一回きりしか出ない感情を一回の撮影で撮ることによって得られるものは特別で、もしかしたら今後、彼らには二度とフィルムでの撮影の機会がないかもしれない。偉そうな言い方になってしまうかもしれませんが、人生最初の本気の芝居、姿をフィルムに残してあげたかった。彼らにとってもなんらかの価値になるのではないかと思ったんです」。
さらに石井監督は、フィルムならではの質感は素晴らしいものがあると強調すると、緊張感ある現場から導き出されるプラスアルファも大きいという。「デジタルで撮ったとしても『失敗できない』という緊張感を作れなければ、演出家として失格だという人もいますけれどね」と苦笑いを浮かべると「録音部さんは嫌うのですが、それでも僕は『カラカラカラ』というフィルムの回る音が好きなんです。現実を奪い取っているような、現場の人間たちの思いを焼き付けているような感じの音がね。継承されるべき文化だと思います」と楽しそうに語る。
■石井監督の過去、現在、未来――
名作を世に送り出し続けてきた石井監督。自身の名刺代わりになる作品はなんなのだろうか――。質問を投げかけると、意外な答えが返ってきた。
「一本には絞れませんが、あえて言うなら『おかしの家』(2015年/TBS)ですかね。映画じゃなくて連ドラなんですけれどね(笑)。脚本も書いたのですが執筆期間がすごく短くて、いろいろと物語を構築する時間がなく、自分の経験から引き出した、身を削った作品なので、恥ずかしいぐらい自分が出ているのかなと」。
そもそも映画監督を志したのはどんな動機だったのだろうか――
「どんな人にあると思いますが、10代後半になると『自分は世間にどれだけ通用するのか』と腕試ししたくなると思うんです。でも、そう思っても、ある程度の謙虚さがあれば普通に就職したりするのですが、僕は歯止めが利かなかった。『自分が考えていることはきっと面白いんだ』という根拠のない自信のまま突き進んでいったのがいまに繋がっている感じです」。
映画の世界に挑戦し突き進む石井監督にとって、好きな俳優のタイプとは――。
「全力でやってくれる人。比喩っぽくなってしまいますが、命がけで映画に携わってくれる人。池松(壮亮)くんとかもそういう人なのですが、捨て身でやってくれる。そういう人がいると映画の力になります。いつ映画を撮れなくなるかわからない。一本一本が勝負なので、心強い仲間を求めてしまいます」。
■映画が撮れなくなるかもという危機感は常にある
すでに映画界に確固たる地位を築いていると思われる石井監督から「いつ映画が撮れなくなるかわからない」という危機感のある発言は意外に感じられる。 「常に危機感はあります。長編映画って1年に1本、多くても2本ぐらいしか撮れない。打席に立つ回数が極端に少ないので、打席に立ったらとりあえず打たなければいけない。そこで3打席連続三振とかになったら次はないですよね。映画が当たる、当たらないという基準はいろいろな見方があると思いますが、1本の映画に自分の人生と、それに関わっている多くの人の人生がかかっているのは事実。普通に考えれば、かなり危険な仕事ですよね。だからこそ興奮もするのですが、そういった思いを共有できる俳優さんやスタッフと一緒に仕事をしていきたいです」。
淡々とした語り口のなかにも、映画への熱い思いがにじみ出てくる石井監督。『町田くんの世界』では、一見取り柄がなにもないような高校生の町田くんが、困った人のことは見逃すことができないという“優しさ”で、接する人たちの世界を変えていくファンタジックな物語が展開する。
過去作品同様、海外での反響も気になるが「英語の翻訳にも携わりましたが、恋も愛も海外では“ラブ”に集約される。そこのニュアンスの違いも正確に伝わるように意識しました。実際どう受け止められるのかは興味があります」と心情を吐露した石井監督。
多くのチャレンジが詰まった意欲作の公開が、いまから待ち遠しい。
(取材・文・撮影:磯部正和)
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2019/05/26