ドキュメンタリー映画『盆唄』の公開記念舞台あいさつが16日、東京・テアトル新宿で行われた。福島県の双葉町を舞台にしたドキュメンタリー。舞台あいさつでは、劇場に盆唄が響き、観客全員で盆踊りが行われた。
『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』で知られる中江裕司監督による最新作。2011年の東日本大震災で先祖代々守り続けていた伝統「盆唄」存続の危機を迎える中、ハワイに移住した人々が伝えた盆踊りがフクシマオンドとなって、今も日系人に熱狂的に愛されている様を取り上げる。
中江監督は「双葉の方々と3年間にわたって作り上げた映画。全国に届いて、双葉盆唄が全国の劇場で流れたら幸せなことだなと思います」と話していた。また、双葉町の町民たちが会場に集まった。壇上に太鼓、笛も運ばれ、踊りのレクチャーが行われると会場にいる全員で盆踊り。双葉盆唄が流れる中、10分弱、通路をぐるぐる回りながら立ち見席までいっぱいに埋まった観客たちは踊っていた。
歌い手の伊藤美恵子さんは「双葉町の盆唄を知っていただけて感動しております」としみじみ。避難生活で満足な唄の練習はできなかったが、この日は満足の行く内容で「もう少し頑張ってみます。ありがとうございます」と感謝した。振り付けを教えた井戸川容子さんは「晴れ舞台で踊らせていただけて…。みなさん、私よりはるかに上手ですよ」と語りかけていた。
この日は福島からだけでなく、東京在住の双葉町出身の人も多く集結。ドキュメンタリーの撮影が始まったころ、双葉町は立ち入りが制限される帰還困難区域に指定されていた。1日にわずかな時間しか滞在できないため、家の中は荒れている。お囃子の伊藤吉夫さんは「先月も帰ったら、家の中はイノシシがおりました。『あんた、何しに来たの?』とイノシシににらまれました」と少し冗談も交えながら「あと4年したら双葉町は避難指示が解除になるかもしれない。それまで頑張りたいと思います」と決意を語っていた。
太鼓の横山久勝さんは、帰還するまで道半ばであること強調しつつ「私の目的は『盆唄』を後世に残す。双葉町の住人が年を取って帰れなくなってもハワイから新たに『盆唄』を双葉町に伝えてほしい。しっかりとした映像と音で双葉町の各地域の盆踊りを残したいという思いもありました。そんな思いでプロジェクトに参加しました」と説明。2つの思いを実現できたことを喜びながら「双葉町はどうなるかわからない。でも、私らの目が黒いうちは盆踊りを消滅させません。私たちがいなくなっても、必ず復活させる段取りを作っていきたい」と宣言。会場からは万雷の拍手が起きていた。
『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』で知られる中江裕司監督による最新作。2011年の東日本大震災で先祖代々守り続けていた伝統「盆唄」存続の危機を迎える中、ハワイに移住した人々が伝えた盆踊りがフクシマオンドとなって、今も日系人に熱狂的に愛されている様を取り上げる。
歌い手の伊藤美恵子さんは「双葉町の盆唄を知っていただけて感動しております」としみじみ。避難生活で満足な唄の練習はできなかったが、この日は満足の行く内容で「もう少し頑張ってみます。ありがとうございます」と感謝した。振り付けを教えた井戸川容子さんは「晴れ舞台で踊らせていただけて…。みなさん、私よりはるかに上手ですよ」と語りかけていた。
この日は福島からだけでなく、東京在住の双葉町出身の人も多く集結。ドキュメンタリーの撮影が始まったころ、双葉町は立ち入りが制限される帰還困難区域に指定されていた。1日にわずかな時間しか滞在できないため、家の中は荒れている。お囃子の伊藤吉夫さんは「先月も帰ったら、家の中はイノシシがおりました。『あんた、何しに来たの?』とイノシシににらまれました」と少し冗談も交えながら「あと4年したら双葉町は避難指示が解除になるかもしれない。それまで頑張りたいと思います」と決意を語っていた。
太鼓の横山久勝さんは、帰還するまで道半ばであること強調しつつ「私の目的は『盆唄』を後世に残す。双葉町の住人が年を取って帰れなくなってもハワイから新たに『盆唄』を双葉町に伝えてほしい。しっかりとした映像と音で双葉町の各地域の盆踊りを残したいという思いもありました。そんな思いでプロジェクトに参加しました」と説明。2つの思いを実現できたことを喜びながら「双葉町はどうなるかわからない。でも、私らの目が黒いうちは盆踊りを消滅させません。私たちがいなくなっても、必ず復活させる段取りを作っていきたい」と宣言。会場からは万雷の拍手が起きていた。
2019/02/16