民放テレビ局による公式見逃し番組サービス「TVer」。2015年10月にスタートし、無料で民放の番組の直近放送回が見られる利便性から順調にユーザーを獲得してきた。テレビとネットの連携がますます求められる中、この秋から4年目に突入するTVerの現状と課題について、TVer事務局長を務める日本テレビのICT戦略本部部長・山川洋平氏に話を聞いた。
■テレビ局が抱えた多数の“課題解決”のために始まったTVer
日本テレビで制作や営業、人事などを担当し、2013年から編成を担当していた山川氏は、「2010年くらいから視聴率(全日のHUT)の減少傾向が顕著になり、原因を分析したところ、どうも“テレビ離れ”というよりも“テレビデバイスでのリアルタイム視聴離れ”ではないかと。録画して後日見るタイムシフト視聴はそれ以前からありましたが、それに加えて若い人を中心にYouTubeなど動画サイトに違法にアップされたテレビコンテンツの動画がよく見られていた。視聴率はテレビデバイスでのリアルタイム視聴のみを計測しているので、その調査対象から漏れる人たちの視聴動向を把握せねばならない、と気付いた」と振り返る。
ネットユーザーの動きをつかむため、動画投稿サイトではなくテレビ局がコントロールできるプラットフォームで見てもらう必要性があった。そういった違法アップロード対策のほか、視聴デバイスの変化への対応、ネット普及によるスポンサーニーズの多様化、有料動画配信サービスの台頭など、その頃既にテレビ局が抱えていた課題は多く、それを解決するきっかけとしてTVerが始まった。
TVerについて説明を加えると、このサービスはあくまで広告付き無料配信のポータル(玄関)であり、各局が独自で運営している無料動画配信サービスからコンテンツを並べているものである。TVerに配信する動画の本数や期間、コンテンツに入れるCMの営業も各局主導で行う。例えるなら、テレビ局それぞれが「ファッションブランドの直営店」、TVerが「共同経営のセレクトショップ」。ブランドは自分たちの路面店=自前の動画配信サービス(日テレなら日テレ無料、フジテレビならFODプラス7など)を持ちながら、品ぞろえの多いセレクトショップにも商品を出し、多彩なユーザー接点を構えている。
このような便利なポータルサービスとなった経緯について、山川氏は「民放5局の番組を見るために5個アプリを入れるのは大変なので、ユーザーの利便性を最優先に考えて、5局で話し合って共通のプラットフォームを作りました。5局だとコンテンツもどんどん増えていくし、タレント名で検索すると局を横断して番組を見つけることもできる。例えば、石原さとみさんのファンの人が日テレの作品しか見られないと『校閲ガール』から放送中の『高嶺の花』まで1年半以上も新作主演ドラマが見られないが、TVerだとその間にTBSの『アンナチュラル』も見られる。局を横断して視聴が可能な利便性が支持されて、登録ユーザーも視聴時間も順調に増えています。各局単独でやっていたら、ここまで伸びなかったでしょうね」と説明する。現在のアプリダウンロード数は1400万、1週間のコンテンツ再生は1000万を超えるほどに成長し、認知率調査でも53%と過半数を超えた。
プラットフォームを5局の協調領域とすることで、運営やプロモーションコストを削減できるなど、テレビ局側のメリットも大きい。山川氏はアジアのメディア研究者との会談の際にTVerを説明すると「ライバルである民放局が手を組むなんて、外国ではありえない」と驚かれたという。「そういう意味では、日本らしいサービスですね。協力できるところは手を組んで、コンテンツと広告営業では競争する。保守的って考える人もいるかもしれませんが、放送文化を守っていくためには意義深いことだと我々は思います」。
■拡大の要因は“ログインなし” 無料をきっかけに有料サービスへの契約も増加
TVer拡大の大きな要因として、ログイン機能を設けなかったことが挙げられる。ユーザーがID登録し、ログインして個人を識別したほうが正確なデータを収集できるが、TVerは間口を広くすることを選択した。「先行しているイギリスの放送局から『絶対にID登録させたほうがいい。後から付け足せないから』と言われて。すごく悩んだんですけど、いきなりメアドとか性別、住んでる地域などの情報を登録するのは心理的に抵抗があると考え、ある程度まで認知してもらえるまで我慢しようと決断しました。今年5月からは、性別・生年月・郵便番号7ケタの3項目のアンケートが始まりましたが、例えばこれで未成年にはアルコールの広告を表示しないとか、女性向け化粧品の広告は男性には表示しない、など初歩的なターゲティング訴求が可能になり、少しずつクライアントニーズにも応え始めています」。
広告事業とともに各局がTVerの先に見据えるのが、有料動画配信サービスへの集客だ。日本テレビでHulu事業も担当していた山川氏は、双方の視点から現状を分析する。「TVerを始める前は、有料サービスへの契約者が減るのではないかという懸念もありました。でも、TVerはコンテンツの視聴期間が原則1週間限定なので、直近放送のエピソードしか見られない。なので、それ以前のエピソードを見たいと感じた人に向けて、動画の最後に『全話見たい人はHuluをお試しください』とクリッカブル機能を付けておくと、ワンクリックでHuluに遷移するので、効果的に集客できるんです。ほかにも、ある連ドラのシーズン2が始まる直前に、TVerでシーズン1の第1〜3話までを配信すると、続きを見たい方のHuluのお試し加入者が増える傾向もあるので、TVerのユーザーが広がってきたことで、無料配信をきっかけに有料配信という事業展開には非常に可能性を感じます」。
配信について日本テレビがこのような連携を取れている背景として、同局の大久保好男社長が2014年4月にHulu事業を取得し、動画配信プラットフォーム事業に乗り出す決断が大きかった、と山川氏は説明する。「日テレは放送事業だけではなくプラットフォーム運営も本気で取り組むと表明したことで、全ての番組は可能な限りコンテンツとして配信する、という意識が制作現場も浸透し始めました。それ以前は『日テレオンデマンド』という個別課金サービスをドラマとアニメ中心にやっていましたが、定額制のHuluをあのタイミングで始めていなければ、特にバラエティーや情報番組の配信はここまで増えていなかったはずです」。
ユーザーにとっては便利なTVerだが、便利すぎるゆえにわざわざリアルタイムでテレビを見る視聴者は減るのではないか、という疑問が生じる。山川氏は「そこに対するジレンマはあります」と葛藤を打ち明けた上で、「話題になったTBSの『逃げるは恥だが役に立つ』もTVerですごく見られたけど、最終的には視聴率も良かった。連ドラは1回見逃すとそのまま離脱しちゃう方がいるのですが、TVer なら1週間以内は無料で追いつけるので、リアルタイム視聴に戻る方も少なくないと思われます」とポジティブな効果に期待を込める。リアルタイム放送直後に高画質でアップされるため、違法動画対策という点でも「実数を全て正確に測定するのは難しいが、違法動画の視聴量は明らかに減少しているはずです。深夜アニメを放送直後に配信したときは、違法動画のアップ数が明らかに減少しました」と手応えを感じている。
スタートから3年、5局が足並みをそろえて「駆け足で、継ぎ足しながらやってきた」と振り返るTVer。16年秋からは関西のテレビ局も参加し、ローカル番組が全国で視聴できるようになるなど、テレビの新たな楽しみ方も提示している。そんなTVerが、これからどんな未来を描いていくのか。後編では視聴デバイス問題や地上波とネットの同時配信の可能性など、さらに深い話を聞いていく。
■テレビ局が抱えた多数の“課題解決”のために始まったTVer
日本テレビで制作や営業、人事などを担当し、2013年から編成を担当していた山川氏は、「2010年くらいから視聴率(全日のHUT)の減少傾向が顕著になり、原因を分析したところ、どうも“テレビ離れ”というよりも“テレビデバイスでのリアルタイム視聴離れ”ではないかと。録画して後日見るタイムシフト視聴はそれ以前からありましたが、それに加えて若い人を中心にYouTubeなど動画サイトに違法にアップされたテレビコンテンツの動画がよく見られていた。視聴率はテレビデバイスでのリアルタイム視聴のみを計測しているので、その調査対象から漏れる人たちの視聴動向を把握せねばならない、と気付いた」と振り返る。
TVerについて説明を加えると、このサービスはあくまで広告付き無料配信のポータル(玄関)であり、各局が独自で運営している無料動画配信サービスからコンテンツを並べているものである。TVerに配信する動画の本数や期間、コンテンツに入れるCMの営業も各局主導で行う。例えるなら、テレビ局それぞれが「ファッションブランドの直営店」、TVerが「共同経営のセレクトショップ」。ブランドは自分たちの路面店=自前の動画配信サービス(日テレなら日テレ無料、フジテレビならFODプラス7など)を持ちながら、品ぞろえの多いセレクトショップにも商品を出し、多彩なユーザー接点を構えている。
このような便利なポータルサービスとなった経緯について、山川氏は「民放5局の番組を見るために5個アプリを入れるのは大変なので、ユーザーの利便性を最優先に考えて、5局で話し合って共通のプラットフォームを作りました。5局だとコンテンツもどんどん増えていくし、タレント名で検索すると局を横断して番組を見つけることもできる。例えば、石原さとみさんのファンの人が日テレの作品しか見られないと『校閲ガール』から放送中の『高嶺の花』まで1年半以上も新作主演ドラマが見られないが、TVerだとその間にTBSの『アンナチュラル』も見られる。局を横断して視聴が可能な利便性が支持されて、登録ユーザーも視聴時間も順調に増えています。各局単独でやっていたら、ここまで伸びなかったでしょうね」と説明する。現在のアプリダウンロード数は1400万、1週間のコンテンツ再生は1000万を超えるほどに成長し、認知率調査でも53%と過半数を超えた。
プラットフォームを5局の協調領域とすることで、運営やプロモーションコストを削減できるなど、テレビ局側のメリットも大きい。山川氏はアジアのメディア研究者との会談の際にTVerを説明すると「ライバルである民放局が手を組むなんて、外国ではありえない」と驚かれたという。「そういう意味では、日本らしいサービスですね。協力できるところは手を組んで、コンテンツと広告営業では競争する。保守的って考える人もいるかもしれませんが、放送文化を守っていくためには意義深いことだと我々は思います」。
■拡大の要因は“ログインなし” 無料をきっかけに有料サービスへの契約も増加
TVer拡大の大きな要因として、ログイン機能を設けなかったことが挙げられる。ユーザーがID登録し、ログインして個人を識別したほうが正確なデータを収集できるが、TVerは間口を広くすることを選択した。「先行しているイギリスの放送局から『絶対にID登録させたほうがいい。後から付け足せないから』と言われて。すごく悩んだんですけど、いきなりメアドとか性別、住んでる地域などの情報を登録するのは心理的に抵抗があると考え、ある程度まで認知してもらえるまで我慢しようと決断しました。今年5月からは、性別・生年月・郵便番号7ケタの3項目のアンケートが始まりましたが、例えばこれで未成年にはアルコールの広告を表示しないとか、女性向け化粧品の広告は男性には表示しない、など初歩的なターゲティング訴求が可能になり、少しずつクライアントニーズにも応え始めています」。
広告事業とともに各局がTVerの先に見据えるのが、有料動画配信サービスへの集客だ。日本テレビでHulu事業も担当していた山川氏は、双方の視点から現状を分析する。「TVerを始める前は、有料サービスへの契約者が減るのではないかという懸念もありました。でも、TVerはコンテンツの視聴期間が原則1週間限定なので、直近放送のエピソードしか見られない。なので、それ以前のエピソードを見たいと感じた人に向けて、動画の最後に『全話見たい人はHuluをお試しください』とクリッカブル機能を付けておくと、ワンクリックでHuluに遷移するので、効果的に集客できるんです。ほかにも、ある連ドラのシーズン2が始まる直前に、TVerでシーズン1の第1〜3話までを配信すると、続きを見たい方のHuluのお試し加入者が増える傾向もあるので、TVerのユーザーが広がってきたことで、無料配信をきっかけに有料配信という事業展開には非常に可能性を感じます」。
配信について日本テレビがこのような連携を取れている背景として、同局の大久保好男社長が2014年4月にHulu事業を取得し、動画配信プラットフォーム事業に乗り出す決断が大きかった、と山川氏は説明する。「日テレは放送事業だけではなくプラットフォーム運営も本気で取り組むと表明したことで、全ての番組は可能な限りコンテンツとして配信する、という意識が制作現場も浸透し始めました。それ以前は『日テレオンデマンド』という個別課金サービスをドラマとアニメ中心にやっていましたが、定額制のHuluをあのタイミングで始めていなければ、特にバラエティーや情報番組の配信はここまで増えていなかったはずです」。
ユーザーにとっては便利なTVerだが、便利すぎるゆえにわざわざリアルタイムでテレビを見る視聴者は減るのではないか、という疑問が生じる。山川氏は「そこに対するジレンマはあります」と葛藤を打ち明けた上で、「話題になったTBSの『逃げるは恥だが役に立つ』もTVerですごく見られたけど、最終的には視聴率も良かった。連ドラは1回見逃すとそのまま離脱しちゃう方がいるのですが、TVer なら1週間以内は無料で追いつけるので、リアルタイム視聴に戻る方も少なくないと思われます」とポジティブな効果に期待を込める。リアルタイム放送直後に高画質でアップされるため、違法動画対策という点でも「実数を全て正確に測定するのは難しいが、違法動画の視聴量は明らかに減少しているはずです。深夜アニメを放送直後に配信したときは、違法動画のアップ数が明らかに減少しました」と手応えを感じている。
スタートから3年、5局が足並みをそろえて「駆け足で、継ぎ足しながらやってきた」と振り返るTVer。16年秋からは関西のテレビ局も参加し、ローカル番組が全国で視聴できるようになるなど、テレビの新たな楽しみ方も提示している。そんなTVerが、これからどんな未来を描いていくのか。後編では視聴デバイス問題や地上波とネットの同時配信の可能性など、さらに深い話を聞いていく。
2018/08/30