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【西郷どん】悲劇の有馬新七役・増田修一朗、寺田屋騒動を振り返る

 NHKで放送中の大河ドラマ『西郷どん』(毎週日曜 後8:00 総合ほか)第23回「寺田屋騒動」(17日放送)で、「おいごと突けぃ!」と壮絶に散った薩摩藩士・有馬新七(享年37)。演じた増田修一朗(38)が、「寺田屋」での一件を振り返る。

 今回の「寺田屋騒動」は、京都の旅館「寺田屋」の2階にいた坂本龍馬を、伏見奉行所が襲撃した事件(1866年)が起きる4年前、1862年4月の出来事。当時の薩摩藩の定宿であった寺田屋で、薩摩藩士同士が斬り合うという悲劇だ。

 公武合体(朝廷と幕府が協力して、外敵に備える政治体制)を進めるべきという考えを持つ島津久光(青木崇高)が、挙兵して京都に入ることを計画。一方で、尊王攘夷派(天皇を政治の中心とし、外敵を排斥しようという考え)の有馬をはじめとする薩摩藩士は、他藩の尊王派志士とともに過激な計画を企てていた。その動きを察知した久光は、説得に応じなければ討ち取るように命じて、大山(北村有起哉)らを寺田屋に向かわせたのだった。

 有馬も大山も、西郷吉之助(鈴木亮平)や大久保一蔵(瑛太)たちと幼少の頃からの郷中の仲間で、城下の若者たちが集まってできた「精忠組」のメンバー。寺田屋騒動が起きる少し前、久光の逆鱗に触れ、切腹を命じられた吉之助と、大山、有馬、村田新八(堀井新太)、西郷信吾(錦戸亮)らが、京の川でうなぎ取りに興じるシーンがあっただけに、効果てきめん。あれよあれよという間に事態はどんどん動乱に向っていく、幕末ドラマの醍醐味があった。

 「精忠組の絆を見せてからの、同士討ち。さすが、中園ミホさん(脚本)だな、と思いました。実際に起きたことを変えることはできませんが、『西郷どん』では剣術アクションというより、どういう気持ちで有馬たちが斬り合ったのかを、しっかり見せたいと思って演じてきました。第1回から描かれてきた郷中の仲間の絆が、何でそんなことになっちゃったんだ、というギャップを意識していました。

 リハーサルをしながら、本番でどう演じようか、と頭で考えることをやめました。どういう感情になるか、わからないけど、きっと自然に有馬の感情になれるだろうと思いました。その時は大山役の有起哉さんと、信吾役の錦戸くんしかいなかったんですが、斬られた瞬間、吉之助役の亮平くんをはじめ、精忠組の皆の顔が浮かびました。そういう思いがあふれて発したせりふが『吉之助、すまん』という一言だったんです」。

 増田は『西郷どん』の制作にあたって行われた「幕末の志士オーディション」からの這い上がり。大河ドラマは『軍師官兵衛』(2014年)以来、2回目だが、「自分の中の何が、新七役にいいね、と思ってもらえたのか、今でも不思議に思います。ただ、役者人生にとって大チャンスであることは間違いなかったので、やってやろうという気持ちもあり、自分自身に期待もしていました。最後までやり遂げられたのは、1年ちかく一緒にやってきた亮平くんたち、精忠組の皆のおかげだと思っています。今は感謝しかないです」。

 有馬新七は、幼い頃から書と剣術に親しみ、文武両道の優秀な男だったが、すぐに感情的になる傾向のある性格だった伝わる。「僕もどちらかというと直感で動くところがあります。曲がったことが嫌いなところなど、自分に似ているな、と思う部分がありました。実は、僕だけじゃなく、精忠組のメンバーは皆、役と演じている本人に共通する部分があって、休憩時間にご飯を食べたり、ロケバスで移動したりしている間の何気ないおしゃべりがそのまま役作りになっていました。その時間を過ごせなくなるのはすごく寂しいですね」と、しみじみ。

 「有馬新七役をいただいた時からこの日が来るのははじめからわかっていたことなので、現場で皆に会えなくなるのは寂しいけど、後は任せました。テレビの前で見守っています。またどこかで皆と共演したいですし、薩摩弁が生かせる仕事もぜひしたいです」と、最後は笑顔を見せていた。



関連写真

  • 大河ドラマ『西郷どん』第23回「寺田屋騒動」より。有馬新七を演じた増田修一朗(C)NHK
  • 新七の最期は壮絶の一言だった(C)NHK

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