バラエティ監督として日々、常識や規制を破壊しようと気炎をあげ「鬼才」と言われるマッコイ斉藤が今回、上島竜兵(ダチョウ倶楽部)を2度目の主演に据えて映画『上島ジェーン ビヨンド』(公開中)を作り上げた。演者ではなく裏方として笑いを追求し「テレビ番組は放送作家が作ってると思ってるバカヤローが多いんですよ」と憤る。
1970年生まれ、山形県出身の44歳。ビートたけしに憧れてテレビ業界に潜り込み、『天才たけしの元気が出るテレビ』のADを経てテレビ朝日系『極楽とんぼのとび蹴りゴッデス』、TBS系『すれすれガレッジセール』、テレビ東京系『おねがい!マスカット』を担当。深夜バラエティ界で名を馳せ、ゴールデンでは『とんねるずのみなさんのおかげでした』の人気企画「男気ジャンケン」で、自ら買ってしまう勇姿をご存知の方も多いだろう。
■本物のビートたけしを目の前で見てビビった
多くの芸人がそうであるように、彼もまた子どもの頃から笑いのことばかり考えていた。
「小学校のときに一発ギャグを考える研究会を作って、毎日のように持ち寄っていたんですよ。小学校のお母さん達の保護者会があったんですけど『若妻会』っていうんです。それが子ども心に妙にエロくて面白すぎて、僕らの研究会の名前も『若妻会』にしたんですよ。『お〜い若妻会、何時に体育館集合な』みたいな。ガキなのに(笑)」
当然のようにお笑い界を目指す。実はたけし軍団の谷体調(現在は引退)とコンビを組んでいた事はあまり知られていない。
「ハタチのときに『元気が出るテレビ』で知り合った、谷体調と調子に乗ってちょっとだけコンビを組んだんですよ(笑)。谷体調は当時、たけしさんの運転手で。ただもう俺は田舎者だったんで、本物のたけしさんを目の前で見てビビっちゃったんでしょうね。何もできなかったんですよ。僕はADだったんで、どんどんディレクターになりたいという気持ちが大きくなってきて。谷体調もすぅっといなくなっちゃった。元気かなあいつ・・・」
■作家が異常に目立つ番組はあんまりよくない
『元テレ』の現場ではさまざまな衝撃を受けた。それから20数年、お笑い監督としてひたすらバカなことをやり続けている。それだけにこだわりもある。
「テレビの演出家はもっと陽の目を浴びないとダメなんですよ。テレビは作家が作ってると勘違いしてる人が…作家がネタを書いて、作家が言ったとおりにディレクターが撮ってるみたいなイメージを持ってる人が多いんですよ。作家はあくまでも演出をしているディレクターの右腕、左腕であり、手助けして支える存在。あくまでも現場の監督が撮りたい絵が見えてないとダメ」
近年、放送作家という職業がクローズアップされることが増えている。
「作家が異常に目立つ番組はあんまりよくないんですよ。まあ有名になるのはいいんですけど俺は好きじゃない。世の中、放送作家になりたいってやつは多くても、ディレクターになりたっていうのがいないっていうのは、たぶんそういうイメージを持たれてるのかなと。加地(倫三=テレビ朝日『ロンドンハーツ』『アメトーーク!』総合演出)さんとか、戸渡(和孝=フジテレビ系『めちゃめちゃイケてるッ!』総合演出)さんとか、もっと名前が出て評価されていい。だから僕がこうやって取材を受けるのも、もっと俺らみたいのが注目を浴びてもいいんじゃないのという思いもあるんです」
■規制であきらめてるやつが多いだけ
「でもね…20・30代のディレクターが今は面白くないです。それはもう本当に。もっとね…もっとグチャグチャでいい。規制、規制であきらめてるやつが多いだけ。そのうち規制の幅で動いて、そこまでしか考えなくなっちゃう。それはどうせ無理だろってそこから始めちゃうんで。それじゃ絶対勝てないですよね、俺らには。絶対勝てない。若手の脅威を全っ然感じないです。脅威を感じて『やられたな』と思ったのは戸渡さんぐらいですよ。でも同い年ですからね(笑)。44でまだできると思うのは幸せですよね」
一方でテレビでやれないことが増えているのも事実。だから映画を撮った。
「テレビでやれないことを映画でやるってのはありますよ。これもそうですよ。心のどこかで中指立ててるんでしょうね。テレビでできないことをDVDだとか映画で思い切りやって、僕らが本当に描きたい振り幅はここまであるっていうのを観てもらえれば。おかしくてバカな大人がバカな芸人と作った本当にバカな映画で、観た人が『どうしようもねえな、これ』と思ってくれればそれでいいです」
■『上島ジェーン ビヨンド』
死んだと思ったアイツが帰ってきた。ダチョウ倶楽部・上島竜兵が巻き起こす、夏の海を大荒れにする愛と狂気のサーフドキュメンタリー。2009年公開の前作は『第19回東スポ映画大賞』特別作品賞を堂々受賞。「たけしさんにもう一回ホメてもらいたくて、目に留まるように『ビヨンド』を付けて、あとで怖くなって許可をもらいました(笑)」(マッコイ)。夏を待てずに公開中。
1970年生まれ、山形県出身の44歳。ビートたけしに憧れてテレビ業界に潜り込み、『天才たけしの元気が出るテレビ』のADを経てテレビ朝日系『極楽とんぼのとび蹴りゴッデス』、TBS系『すれすれガレッジセール』、テレビ東京系『おねがい!マスカット』を担当。深夜バラエティ界で名を馳せ、ゴールデンでは『とんねるずのみなさんのおかげでした』の人気企画「男気ジャンケン」で、自ら買ってしまう勇姿をご存知の方も多いだろう。
多くの芸人がそうであるように、彼もまた子どもの頃から笑いのことばかり考えていた。
「小学校のときに一発ギャグを考える研究会を作って、毎日のように持ち寄っていたんですよ。小学校のお母さん達の保護者会があったんですけど『若妻会』っていうんです。それが子ども心に妙にエロくて面白すぎて、僕らの研究会の名前も『若妻会』にしたんですよ。『お〜い若妻会、何時に体育館集合な』みたいな。ガキなのに(笑)」
当然のようにお笑い界を目指す。実はたけし軍団の谷体調(現在は引退)とコンビを組んでいた事はあまり知られていない。
「ハタチのときに『元気が出るテレビ』で知り合った、谷体調と調子に乗ってちょっとだけコンビを組んだんですよ(笑)。谷体調は当時、たけしさんの運転手で。ただもう俺は田舎者だったんで、本物のたけしさんを目の前で見てビビっちゃったんでしょうね。何もできなかったんですよ。僕はADだったんで、どんどんディレクターになりたいという気持ちが大きくなってきて。谷体調もすぅっといなくなっちゃった。元気かなあいつ・・・」
■作家が異常に目立つ番組はあんまりよくない
『元テレ』の現場ではさまざまな衝撃を受けた。それから20数年、お笑い監督としてひたすらバカなことをやり続けている。それだけにこだわりもある。
「テレビの演出家はもっと陽の目を浴びないとダメなんですよ。テレビは作家が作ってると勘違いしてる人が…作家がネタを書いて、作家が言ったとおりにディレクターが撮ってるみたいなイメージを持ってる人が多いんですよ。作家はあくまでも演出をしているディレクターの右腕、左腕であり、手助けして支える存在。あくまでも現場の監督が撮りたい絵が見えてないとダメ」
近年、放送作家という職業がクローズアップされることが増えている。
「作家が異常に目立つ番組はあんまりよくないんですよ。まあ有名になるのはいいんですけど俺は好きじゃない。世の中、放送作家になりたいってやつは多くても、ディレクターになりたっていうのがいないっていうのは、たぶんそういうイメージを持たれてるのかなと。加地(倫三=テレビ朝日『ロンドンハーツ』『アメトーーク!』総合演出)さんとか、戸渡(和孝=フジテレビ系『めちゃめちゃイケてるッ!』総合演出)さんとか、もっと名前が出て評価されていい。だから僕がこうやって取材を受けるのも、もっと俺らみたいのが注目を浴びてもいいんじゃないのという思いもあるんです」
■規制であきらめてるやつが多いだけ
「でもね…20・30代のディレクターが今は面白くないです。それはもう本当に。もっとね…もっとグチャグチャでいい。規制、規制であきらめてるやつが多いだけ。そのうち規制の幅で動いて、そこまでしか考えなくなっちゃう。それはどうせ無理だろってそこから始めちゃうんで。それじゃ絶対勝てないですよね、俺らには。絶対勝てない。若手の脅威を全っ然感じないです。脅威を感じて『やられたな』と思ったのは戸渡さんぐらいですよ。でも同い年ですからね(笑)。44でまだできると思うのは幸せですよね」
一方でテレビでやれないことが増えているのも事実。だから映画を撮った。
「テレビでやれないことを映画でやるってのはありますよ。これもそうですよ。心のどこかで中指立ててるんでしょうね。テレビでできないことをDVDだとか映画で思い切りやって、僕らが本当に描きたい振り幅はここまであるっていうのを観てもらえれば。おかしくてバカな大人がバカな芸人と作った本当にバカな映画で、観た人が『どうしようもねえな、これ』と思ってくれればそれでいいです」
■『上島ジェーン ビヨンド』
死んだと思ったアイツが帰ってきた。ダチョウ倶楽部・上島竜兵が巻き起こす、夏の海を大荒れにする愛と狂気のサーフドキュメンタリー。2009年公開の前作は『第19回東スポ映画大賞』特別作品賞を堂々受賞。「たけしさんにもう一回ホメてもらいたくて、目に留まるように『ビヨンド』を付けて、あとで怖くなって許可をもらいました(笑)」(マッコイ)。夏を待てずに公開中。
2014/05/07