■『花紀京・岡八郎』の影に『エンタツ・アチャコ』あり?
花紀京(通称、京ぼん)(1937-大阪市生まれ)。この名前を聞いただけで、ニッカポッカ、腹巻き、ニット帽を身に付けた姿をイメージされる方も多いと思います。
父は戦前から戦中にかけて活躍した横山エンタツ。花菱アチャコとの漫才コンビでは“日本一の漫才師”と謳われたエンタツは、『読まない雑誌はなかった』と言われているほどの博学者でした。そして、そんな父の背中を見て育った花紀京もまたしかり。
一方、岡八郎(1938-2005尼崎生まれ)の名前を聞くと、“奥目の八ちゃん”と親しまれた愛称、下町風情の漂うツッコミとキレのあるギャグを蘇らせる方も多いでしょう。
岡八郎は高校卒業後、尼崎電線に就職する傍ら、新劇サークルに入りスタニスラフスキーの演劇や発声、ダンス、演技の勉強をしていました。働きながら宝塚映画の研究生となるも映画俳優の道を断念。しかしその後、務め先の社長の口利きで花菱アチャコを紹介してもらい、吉本ヴァラエティの第一回研究生になりました。
「吉本百年物語」10月公演〜これで誕生!吉本新喜劇〜より
(次回掲載は10月14日)文・小竹洋介
「吉本百年物語」(1)吉本発祥のナゾ
「吉本百年物語」(2)漫才と落語
「吉本百年物語」(3)東京の吉本
「吉本百年物語」(4)慰問演芸団で中間搾取?
「吉本百年物語」(5)惚れて惚れられ ワカナ・一郎
「吉本百年物語」(6)戦死した芸人のこと
「吉本百年物語」(7)“浪花のおかん”と言うけれど
「吉本百年物語」(8)親子から夫婦へ
花紀京(通称、京ぼん)(1937-大阪市生まれ)。この名前を聞いただけで、ニッカポッカ、腹巻き、ニット帽を身に付けた姿をイメージされる方も多いと思います。
父は戦前から戦中にかけて活躍した横山エンタツ。花菱アチャコとの漫才コンビでは“日本一の漫才師”と謳われたエンタツは、『読まない雑誌はなかった』と言われているほどの博学者でした。そして、そんな父の背中を見て育った花紀京もまたしかり。
岡八郎は高校卒業後、尼崎電線に就職する傍ら、新劇サークルに入りスタニスラフスキーの演劇や発声、ダンス、演技の勉強をしていました。働きながら宝塚映画の研究生となるも映画俳優の道を断念。しかしその後、務め先の社長の口利きで花菱アチャコを紹介してもらい、吉本ヴァラエティの第一回研究生になりました。
「吉本百年物語」10月公演〜これで誕生!吉本新喜劇〜より
(次回掲載は10月14日)文・小竹洋介
「吉本百年物語」(1)吉本発祥のナゾ
「吉本百年物語」(2)漫才と落語
「吉本百年物語」(3)東京の吉本
「吉本百年物語」(4)慰問演芸団で中間搾取?
「吉本百年物語」(5)惚れて惚れられ ワカナ・一郎
「吉本百年物語」(6)戦死した芸人のこと
「吉本百年物語」(7)“浪花のおかん”と言うけれど
「吉本百年物語」(8)親子から夫婦へ
2012/10/13