「視野が狭い人」「視野が広い人」を分ける、たった1つの違いとは何か。
次々と新たなビジネスを仕掛ける稀代の起業家、佐藤航陽氏。「これからどう生きるか?」を徹底的に考察した超・期待作『ゆるストイック』を上梓した。これからの生き方として重要なキーワードは、「ストイック」と「ゆるさ」。令和のヒーローたち(大谷翔平、井上尚弥、藤井聡太…)は、なぜストイックに自分に向き合い続けるのか。『ゆるストイック』では、「どのように日常を過ごしていくべきか」を言語化し、誰でもできるプロセスとしてみなさんに共有する。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)
自己責任論の裏に潜む権力者の思惑
現代社会では「すべては自己責任だ」という言葉を耳にする機会が増えました。
一見すると個人の主体性を重んじるように思えますが、その裏には危うい側面があります。
自己責任論は、ときに権力者が自らの責任を回避するための装置として利用されるのです。
自己責任論の表の顔
自己責任論は、一人ひとりが自律的に行動するための指針としては有効です。
失敗を環境や他人のせいにせず、自分にできる改善を探す姿勢は、成長の糧になります。
その意味で「自己責任を持つ」こと自体は健全な考え方です。
責任転嫁の仕組み
しかし問題は、社会の構造的な欠陥までも「自己責任」とされてしまうことです。
たとえば、不十分な教育制度や不安定な雇用環境によって生じる不利益を、すべて個人の努力不足にすり替える。これにより、権力者や制度の側が責任を免れ、現状が温存されてしまいます。
自己責任論は、強者にとって都合のよい言説にもなり得るのです。
視点を二重化する
すべてを自己責任で捉えてしまうことは、「視野が狭い人」の特徴です。
逆に、「視野が広い人」はどう考えるのでしょうか。
自己責任論に流されないためには、視点を二重化することが重要です。
第一に、自分の影響範囲に集中して行動を続けること。
第二に、社会の仕組みによる不平等を正しく認識すること。
この二つを併せ持つことで、個人の努力を続けつつ、制度改善の必要性も見失わずに済みます。
自己責任論は、自律を促す一方で、権力者の責任逃れの道具にもなります。
私たちは「すべてが自己責任ではない」と理解したうえで、それでも自分にできる小さな積み重ねを続けるべきです。
社会構造に翻弄されすぎず、しかし盲目的に受け入れるのでもなく、その中庸の姿勢こそ「ゆるストイック」の実践です。
私たちもまた、自分の影響範囲を見極め、ゆるストイックに生きましょう。