「情報を得ること=知的インプットではない」
そう語るのは、インプットの最強技法と意識改革をまとめ、大手書店でベストセラーランキング上位にランクインしている書籍『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』の著者・菅付雅信氏。
菅付氏は坂本龍一や篠山紀信などの天才たちと数々の仕事をこなし、下北沢B&Bでの<編集スパルタ塾>、渋谷パルコの<東京芸術中学>、博報堂の<スパルタ塾・オブ・クリエイティビティ>や東北芸術工科大学でクリエイティヴについて教えている。
本連載ではその菅付氏に、クリエイティヴの本質についてさまざまな角度から語っていただく。第8回は、日々熱心にインプットをしているのに「物知り」止まりの人が多い理由について分析する。(聞き手、文/ミアキス・梶塚美帆、構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
知的インプットのふりをしている人が多すぎる!
拙著『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』では、天才になるため、プロとして生きていくためには、知的インプットの習慣が必要だと伝えました。
それに対して「知的インプットならとっくにやっているけど天才になれない」と言う方がいらっしゃいます。また僕の知人は、「たくさんインプットをしていて物知りではあるけれど、天才ではないおじさんたちが会社に大量にいる」と感想を述べてくれました。
天才と彼らを隔てるものは何なのでしょうか?
僕が思うに、世の中には知的インプットをしてるふりの人が多すぎます。
「情報を得ること=知的インプット」ではありません。この連載の第1回でも説明しましたが、知的インプットとは「自分を賢くするもの」だけを選んで、ハードにインプットすることです。
たとえば読書なら、頭のダンベルになるような負荷がかかる本を選ぶのです。何十回も苦もなく持ち上げられるようなダンベル、つまり読みやすくて楽しい本を選ぶのでは知的インプットにはなりません。
もし、他人から見たら一見難しそうな本を読んでいても、本人にとって大して頭に負荷を与えられていないのであれば、それは知的インプットにはなりません。
そして、ただ読むのではなく、書かれていることに対して「本当にそうなのか?」と疑い、反証し、自分の考えを整理していってください。一冊一冊、目の前の本の負荷を確認しながら読んでいくようなイメージです。
次から次へとページをめくり、深く読み込んでいないなら、それも知的インプットにはなりません。もっと言うと「著者が書いていることをすべてすんなり理解する」ような読書は頭のトレーニングではないです。
忙しいフリをしている人も多すぎる
「知的インプットのふり」に加えて「忙しいふり」の人もよくいらっしゃいます。クリエイティヴの第一線に立ち続け、世界を飛び回りながら膨大な作品を生み出してきた人たちと接してきた僕からすると、大半の人は忙しいふりをしているだけで、本質的に忙しい人はごくわずかです。
本質的な忙しさとは何かというと、本当にやらなければいけないことでスケジュールが埋まっていて、なおかつ知的インプットの時間を確保しスケジュールに組み込んでいる状態です。
無駄な打ち合わせや会議が多いようなら、それも本質的な忙しさではありません。本質的に忙しい人は、当然電車の中でスマホをダラダラ見る暇なんてありません。電車の中でスマホを見てニヤニヤしている人は忙しい人ではないです。
ハードな環境に身を置こう
「知的インプットのふり」と「忙しいふり」を治すいい方法があります。それは「普段から知的トレーニングをしている人たちがいる」環境に身を置くことです。
ハードな知的インプットをしている人が目の前にいる環境に身を置きましょう。彼らと一緒に仕事をしたりコミュニケーションを取ったりするのです。先ほど説明した、頭に負荷がかかる重いダンベルを毎日持ち上げている人を日常的に見るということです。もしも職場にいないのなら、図書館でもいいですし、さまざまな社会人ゼミ、クリエイティヴのゼミに通うことを勧めます。
そうすることで「僕のダンベルはまだまだ軽いし、トレーニングの時間も足りていない」と自覚できるはずです。周りから「なんでも知っていてすごいですね」とお世辞を言われるような環境にいても大きな成長はありません。
もしあなたが天才ではなくただの「物知りな人」止まりなら、まずは環境を変えることを試してみてください。
そうでないと、十数年後には立派な「知的インプットをしてるふりオジさん」になって、特に結果も出していないのに、若い人にありきたりの知識をひけらかすだけの人間になってしまうでしょう。
(本記事は『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』の著者・菅付雅信への特別インタビューをまとめたものです)