維新の風は前からも吹く
幕末期になぞらえ、16代目は“明治維新”と社長自らが語った新型「トヨタ・クラウン」。確かに形もパッケージングもこれまでの15代とはガラリ一変しているが、大事なのはクラウンを名乗るにふさわしいかどうかだ。「クロスオーバー」の仕上がりを試す。
THE高級車
初めてクラウンに乗ったのは高校2年くらいのころだったかと思う。バス停に向かう下校時、一緒だった友人のお父さんが偶然クルマで通りかかって、ラッキーなことに家まで乗せていってくれるという。
そのクルマが110系の「4ドアハードトップ スーパーサルーン」だった。過去最高の人気となった120〜130系が登場する前夜のモデルではあるが、ちまたでは既に初代「ソアラ」と並ぶ頂点という雰囲気を漂わせていて、部屋に松田聖子と「RZ350」のポスターを貼っていた高校生風情にもそのオーラは伝わってくる。
別珍というかベロアというか、ぬるっとした肌触りの後席に座ると、体がふかっと沈み込むように包まれて、ドアを閉めると車内がしんと静まり返る。もう、その後のことはよく覚えていない。エンジンがかかってるんだかなんだかよく分からないうちに、そして走ってるんだかいないんだかワケが分からないうちに家のあたりに着いていた。
それはわが家の10年落ちの「スプリンター」とは時空すら異なる感のある移動体。初めて見たものをお母さんだと思うアヒルのように、僕はクラウンを宇宙から舞い降りた高級車の母として育つことになった。上京するとそれがタクシーとして普通に走っていることに、東京は恐ろしいところだと思うこともあったが、程なく世間ずれしてクラウンのある風景が日本の日常だと思うようになるのだから、やっぱり東京は恐ろしいところだと思う。
恐らく日本人の最も多くが、僕のように乗るなり乗せられるなりして意識し、体験してきた高級車。まあ高級車という表現もどうかと思うが、なぜかクラウンにはその形容がしっくりくるのも確かだ。
こういう昭和的感性から平成を挟んでこの令和的な感性まで、くまなくカバーすることが求められる。創業何百年の酒蔵や製菓処だって、その時々の素材や生産設備の時流をも嗅ぎ取りながら、変わらないと認められるがために微妙に変わる努力を重ねているという。そこにテクノロジーという超倍速バイアスも絡んでくるクルマとして、日本最古の看板がどうあるべきかのオペレーションはさぞや大変なことだろう。現に21世紀から向こう、クラウンの歴史は「ゼロ」だの「リボーン」だの「ニュル」だのと、何がなんでも生き抜かんというキーワードに彩られるものだった。...