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知的障害のある兄と向き合う“きょうだい児”、1着のブラウスから見つかった関わり方の答え「兄が自分らしく生きていく未来に」
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目次
「障害のあるお兄ちゃんがいるのに、頑張っているね」その言葉が悔しかった
ヘラルボニーの大門倫子さん(HERALBONY LABORATORY GINZA Galleryでの作家・浅野春香による個展『メブキ Budding』前)
「子どもの頃に兄の障害を強く意識していたかというと、あまり覚えがないんです。両親にも分け隔てなく愛情を注いでもらっていましたし、日常ではテレビのチャンネルの奪い合いをしたりと、ごく普通のきょうだいとして育ちました」(大門さん)
自分や周囲の友だちとの“違い”は感じていた。だが当時の大門さんにとって、それはむしろ前向きに受け止められるものだったという。
「よく兄と一緒に自閉症の子どもたちが集まるイベントに連れていってもらいました。その場所がとても楽しかった。周りの子たちができない経験ができるのは、兄が“特別”な存在だからなんだと、ちょっと自慢にも感じていました」(大門さん)
しかし成長するにつれて、その“特別”は少しずつ別の意味を帯びていく。
「誰しも思春期になると“違い”を明確に意識し始めますよね。それゆえに“他と違う子”“変わっている子”が排除されるといったことは、たしかに周囲で起こっていました。私に関してはいじめなどの経験はなかったのですが、むしろ『気を使われているのかな?』と感じてモヤモヤする場面は増えていきました」(大門さん)
同じ学校に通っていたため、当然、先生たちは兄の存在を知っている。「障害のあるお兄ちゃんがいるのに、頑張っているね」といった言葉をかけられた時は、「悔しかった」と振り返る。幼少期に兄の“特別”をまっすぐに受け止めていた分、成長とともに社会のまなざしに戸惑う場面も増えていったのかもしれない。大門さんがヘラルボニーで働くようになった土台には、多感な時期の複雑な揺らぎがあった。
きっかけは1着のブラウス「障害がある人の表現や存在に価値を見いだせる」
ヘラルボニーの大門倫子さん(HERALBONY LABORATORY GINZA Galleryでの作家・浅野春香による個展『メブキ Budding』前)
「実習もことごとく中止になり、映画制作の資金を貯めたくてもアルバイトもままならず苦しい時期でした。一方、家で過ごす時間が増えたことで、兄の存在もこれまで以上に意識するようになっていました」(大門さん)
就職活動の時期には「障害のある兄が自分らしく生きていく未来」を模索し、福祉に関わる仕事も選択肢として頭に浮かんだ。しかしそれが大門さん自身が「やりたいこと」なのか、すぐに答えは出なかった。
「そんな時に、作家の岸田奈美さんが東京パラ五輪のコメンテーターをされていた時にお召しになっていた鮮やかな青いブラウスが目に飛び込んできました。このステキなブラウスは『どこのブランドのものだろう?』と調べたところ、ヘラルボニーに行き着いたんです」(大門さん)
ブラウスのデザインそのものはもちろん、障害のある人を“保護や福祉の対象”としてではなく、その人の表現や存在そのものに価値を見いだす姿勢にも心を動かされた。さらにそれをビジネスとして社会につなげ、正当な対価を作家に還元するヘラルボニーの事業に強く惹かれた。
「自分が学んできたクリエイティブの領域と、兄の存在を通して考えてきたことが、1つの線で結ばれたように感じました。ここで何かをやらなければきっと後悔する──。そう直感して、当時のヘラルボニーには採用窓口がなかったのですが、メールで直談判しました」(大門さん)
インターンを経て、2022年に新卒入社。やがてヘラルボニーの事業の発展とともに、昨今は大門さんもJALやJRグループなど大型プロジェクトに携わるなどキャリアを積んでいる。
同社事業の核にあるのは、障害のある作家の作品をIP展開し、作家に正当なロイヤリティを還元する仕組みだ。国内外79の福祉施設、293名以上の作家とライセンス契約を結んでいる(2025年12月時点)。ただ、その目的は単に「アートを売る」ことではない。障害のイメージそのものを変えるために、あえて営利企業として挑む。それがヘラルボニーの創業時からの強いこだわりだ。
実現したいのは、誰もが尊厳を持って生きられる社会「アートは手段の1つに過ぎない」
ヘラルボニーの大門倫子さん(HERALBONY LABORATORY GINZA Galleryでの作家・浅野春香による個展『メブキ Budding』前)
「それは社内でも絶えず議論しているテーマです。『障害』という言葉を使わずに語れる世界が来れば一番良いですし、『ヘラルボニー』という言葉自体にポジティブなイメージが集約されるのが理想です。しかし現時点では、社会に根強い偏見がまだ残っています。だからこそ私たちは、『まずは作品から入り、その背景に障害のある作家のストーリーがある』という届け方を徹底しています」(大門さん)
既存の評価軸に縛られない、ありのままの表現(アール・ブリュット)には独自の価値がある。だからこそ、まずはアートそのものの力を信じて発信し、社会の価値観の変化に合わせて伝え方を模索していく姿勢を大切にしている。そうしたクリエイティブへの挑戦は国内にとどまらず、パリでの子会社設立や世界最大級の広告祭『カンヌライオンズ』での受賞など、世界へと広がっている。
「国や地域によって『障害』の定義は大きく異なり、捉え方は全く違います。それでも、現地で海外チームとともに活動する中で、私たちが美しいと信じて届けてきたアートは、国境や文化を超えて深く届くのだと実感しています」(大門さん)
さらに、ヘラルボニーが目指すのは誰もが尊厳を持って生きられる社会の実現であり、「アートはそのためのわかりやすい手段の1つに過ぎない」と大門さんは強調する。
「現時点ではどうしてもアートがクローズアップされやすいのですが、当事者の家族から『アートを描く人しかヘラルボニー事業の対象にはならないのでしょうか』といった切実な声をいただくことも増えています」(大門さん)
障害のある人の尊厳が守られる社会の実現に向けて歩みを進める一方で、既存の事業モデルでは十分に目を向けきれなかった人たちがいる。そうした課題と向き合うために、同社は非営利の一般財団法人ヘラルボニー財団を設立している。
「こうした大きな課題への答えはすぐに出ないかもしれない。中長期的に向き合っていく必要があると考えています。それでも、私たちが本当に大事にしたかったことを、諦めずに考え続けるための事業体です」(大門さん)
日常の接点から障害のイメージを変えていくきっかけに、約1年半の対話で結実した『サントリー天然水』との協業
サントリービバレッジ&フードの土屋友胤さん(HERALBONY LABORATORY GINZA Galleryでの作家・浅野春香による個展『メブキ Budding』前)
「サントリー天然水は、人と自然が共生したより良い未来のためにアクションを続けてきたブランドです。その根底にある『人間の命の輝き』という考え方にヘラルボニーの活動との共鳴を見出し、このたびお声がけさせていただきました」(土屋さん)
ヘラルボニーの大門倫子さん(HERALBONY LABORATORY GINZA Galleryでの作家・浅野春香による個展『メブキ Budding』前)
「『サントリー天然水』は、これまでヘラルボニーがコラボレーションしてきた商品の中でも、最も生活者に身近なものになったのではないかと思います。スーパーやコンビニの商品棚といった日常の接点の中に、障害のイメージを変えていくきっかけをたくさん散りばめられる意義深い取り組みになりました」(大門さん)
『サントリー天然水』
小林覚(こばやし さとる)さん
水上詩楽(みずかみ しがく)さん
「キレイなラベルだな」から始まる気づきの連鎖、5年後、10年後の景色を変える
サントリービバレッジ&フードの土屋友胤さん(HERALBONY LABORATORY GINZA Galleryでの作家・浅野春香による個展『メブキ Budding』前)
「大門さんがヘラルボニーと出会った時のように、この商品を手に取ってもらった方が『キレイなラベルだな』『かっこいいな』と思って、調べたら『なるほど、こういう背景があるんだ』という新たな気づきが生まれることに期待しています。『サントリー天然水』のように多くの方の手に届くブランドだからこそ、未来に向けた想像力が湧いてくるようなきっかけを届けられたらうれしいです」(土屋さん)
(左から)ヘラルボニーの大門倫子さん、サントリービバレッジ&フードの土屋友胤さん(HERALBONY LABORATORY GINZA Galleryでの作家・浅野春香による個展『メブキ Budding』前)
「『差別をしてはいけない』と正面から伝えるのではなく、心が動いた体験を入り口に、自分の中にあった価値観が揺さぶられる。そうしたことの先に、5年後、10年後の社会の景色が今とは違って見えるようになっていたらいいなと思います」(大門さん)
(文/児玉澄子 写真/片山よしお)