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「正解はわからないけど、誠実でいたい」宮沢りえ&石井裕也監督が語る映画『月』

 実際の障がい者殺傷事件をモチーフにした辺見庸氏による小説を原作に、人間の命と尊厳という難しい題材に挑んだ映画『月』が13日より公開中。障がい者施設で働く主人公・洋子役で主演するのは、宮沢りえ。監督・脚本は、『川の底からこんにちは』や『舟を編む』、コロナ禍を生きる親子を描いた『茜色に焼かれる』、新作『愛にイナズマ』(10月27日公開)など、常に新しい境地へ果敢に挑み続ける石井裕也。2人に本作への思いを聞いた。

映画『月』(公開中)宮沢りえ、石井裕也監督(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc.

映画『月』(公開中)宮沢りえ、石井裕也監督(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc.

――森の奥深くに存在し、その実情は隠ぺいされ続けてきた、障がい者施設のスタッフという当事者を演じた宮沢さん。出演に迷いはなかったのですか?

宮沢石井監督が書き上げた脚本から何かとてつもない迫力を感じて、自分が洋子という役にふさわしい表現ができるだろうか、という不安はよぎったのですが、タブーとされる領域に踏み込んだとは思っていなくて、断るという選択肢はなかったですね。それがどうしてだったのか、うまく言葉にできないのですが…。この仕事をやっている中でも、なかなか巡り合うことがない作品だと思いますし、その主人公に選んでいただき光栄でした。

――本作は、『新聞記者』や『空白』などの話題作を多数手掛けてきたスターサンズの名プロデューサーで、2022年6月11日に急逝した故・河村光庸さんが最も挑戦したかった題材だったとうかがっています。石井監督は河村さんから直接オファーを受けたそうですね。引き受けた時の心境を「怖かったですが、すぐに逃げられないと悟りました。撮らなければいけない映画だと覚悟を決めました」とコメントされていましたが、もう少し詳しく聞かせていただけますか?

石井監督この作品のテーマは、「人間の存在」そのものです。果てしなく自問自答を繰り返すことになるし、真正面から向き合おうとすると、どこかで必ず自分に刃が向かってくる。それでも、今回扱っている問題は、障がい者施設に限ったことではありません。保育園や高齢者施設での虐待事件、学校のいじめ、組織の隠蔽…、すべての問題に通じることだと思いました。見て見ぬふりばかりでいいのか、という思いもどこかでずっとありました。どんなに大変な思いをしようと、いま、ここで引き受けざるを得ない問題なんだろうな、と思いました。

――洋子はこれまでの人生の中で、贖罪にも似た気持ちを抱えている女性。しかも、妊娠していることが判明して、高齢出産になることもあり、彼女は産むという選択をすべきか思い悩む。「いのち」についてとことん向き合い、考える洋子を演じていかがでしたか?

宮沢この物語の洋子ほど、「いのち」って何?「生きる」って何?ということを深く考えることが、これまでの私の人生にはなかったな、と思いました。言葉にするとうそっぽく聞こえちゃうかもしれないですけど、本当に「いのち」について考えました。逆に、いままで深く考えずに済んできたことが、とてつもなく幸せなことだったのかな、と思いました。

映画『月』(公開中)宮沢りえ(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc.

映画『月』(公開中)宮沢りえ(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc.

――石井監督は覚悟して挑んだ本作を作り上げて、良かったと思うことは?

石井監督劇中の入所者たちが虐待を受ける描写に関してはプロの俳優が演技していますが、日常の風景を描写する場面では、実際に障がいがある方々にご出演いただきました。いままでにない特別なことだったと自負しております。障がい者の方々の暮らしにカメラを向けられたのは、とても大きな意味があったと思っています。別に綺麗ごとでも何でもなく、僕はこの作品を通して、「生きてる」ってこと自体が不思議で面白くて、素晴らしいんだと感じました。

――宮沢さんと、洋子の同僚役の磯村勇斗さん、二階堂ふみさんは障がいがある方々と共演されたということですね。

宮沢そうですね。撮影が始まる前にも施設にお邪魔して、勉強させていただきましたが、いざ、撮影となって、“施設で働く洋子”を演じようとすると、全部うそっぽく見えるんじゃないか、と思ったんですね。共演する相手は、お芝居をしているわけではないから。私たちがいい芝居をしようとすればするほど、ボロが出るのではないか、と。どうすれば彼らと対等でいられるか、すごく考えました。それは、ふみちゃんも、磯村くんも同じだったと思います。それで、「こういう答えが出ました」、ということはないまま、監督の「OKです」を信じて、撮影していきました。映画が完成したいまとなっても正解はわからないままですが、こんなにも誠実でいたいと思った現場はほかになかったと思います。

――印象に残っているシーンを挙げるとすると?

宮沢どのシーンも印象深いので、一つを挙げるのは難しいのですが…。劇中、何度も虫が出てくるんですよね。脚本を読んだ時から気になっていて、撮影中も虫やヘビを撮ることに翻ろうされているスタッフの姿を目撃してきました。虫を入れた意味は、何なんだろう、一寸の虫にも五分の魂ということなんだろうか、といったことを考えていました。洋子は「きーちゃん」と呼ばれている入所者のことが気になって、親身になっていくんですが、そのきーちゃんにも通じることなのかな、とか。この映画の中で、いろいろなことを象徴しているようにも思える虫が出てくるシーンを挙げたいと思います。

監督虫やヘビなどの生きものは、原作の小説にもたくさん、過剰なほどに出てくるので、それを映画的に表現したいと思いました。生のイメージをできる限り見せたかったんです。

映画『月』(公開中)石井裕也監督(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc.

映画『月』(公開中)石井裕也監督(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc.

――映画をご覧になる方に伝えたいことはありますか?

宮沢映画の中で洋子が働き始める重度障がい者施設は、深い森の中にあって、世間とは地理的にも心理的にも隔絶されたところにあります。もちろん一括りにはできないけれど、そういう場所にあることが多いそうです。だから映画を観て、すごく衝撃を受けるかもしれません。自分に何ができる?社会動かせる?何にもできないんじゃない?できるとしたら何?と考えたり、悩んだり、とまどったりするかもしれません。

 障がい者だけでなく、この映画には表立って口にしづらい問いかけがたくさんちりばめられています。思うことはあるけど、やっぱり口にしないほうがいいのかなとか。言ったところで偽善的に聞こえたら嫌だな、とか。いままではっきり思っていたわけではないけれど、自分にもこういう気持ちがあったんだ、とか。自分の心臓を開いて見られたみたいな感覚になるかもしれません。直感的に思ったことと向き合うことも、理性的に言葉にすることも難しいと感じるかもしれません。じつは私もこうしてインタビューに応えながら、すごくもがいています。

石井監督それでいいと思います。多くの方々がこの問題に興味を持っていると思います。ただ、真正面から向き合うのが苦しいことも感覚として分かっている。だから目を背けよう…、じゃなくて、是非この映画をきっかけに一度向き合ってほしいと思います。そう心から思うんです。その上で何かやっぱり重かったとか、苦しかったとか、自分には関係ないなとか、いろんな感想を抱いてもらって全然構わない。まずは、目の当たりにしてほしい、という気持ちがすごく強いです。

映画『月』2023年10月13日公開

 深い森の奥にある重度障がい者施設で働き始めた堂島洋子(宮沢りえ)。東日本大震災を題材にしたデビュー作の小説で一躍脚光を浴びたが、それ以来、新しい作品を書けずにいた。彼女を「師匠」と呼ぶ夫の昌平(オダギリジョー)とは、慎ましくも愛にあふれた日々を送っていた。

 施設では新しい出会いがあった。同僚の若い職員である、作家を目指す陽子(二階堂ふみ)や、絵の好きな青年さとくん(磯村勇斗)。そして、もう一人。光の届かない部屋で、ベッドに横たわったまま動かない“きーちゃん”だ。洋子はどこか他人に思えず親身になっていく。

 一方で、洋子はほかの職員による入所者への心ない扱いや暴力、虐待も目の当たりにする。園長に訴えても「そんな職員がここにいるわけない」ととぼけるばかり。障がいを持つ人たちの生活を支援するはずの施設で、不都合な現実の隠ぺいがまかり通っている。そのことに誰よりも憤っていたのは、さとくんだった。彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげていき…。そして、その日がやってくる。
宮沢りえ
磯村勇斗 
長井恵里  大塚ヒロタ  笠原秀幸  
板谷由夏  モロ師岡  鶴見辰吾  原日出子 / 高畑淳子
二階堂ふみ / オダギリジョー

監督・脚本:石井裕也
原作:辺見庸『月』(角川文庫刊) 音楽:岩代太郎

企画・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸
製作:伊達百合 竹内力 プロデューサー:長井龍  永井拓郎
アソシエイトプロデューサー:堀慎太郎  行実良
撮影:鎌苅洋一 照明:長田達也 録音:高須賀健吾 美術:原田満生 美術プロデューサー:堀明元紀  装飾:石上淳一 衣装:宮本まさ江 ヘアメイク:豊川京子 千葉友子(宮沢りえ) 特殊メイク・スーパーバイザー:江川悦子 編集:早野亮 VFXプロデューサー:赤羽智史 音響効果:柴崎憲治 特機:石塚新 助監督:成瀬朋一 制作担当:高明 キャスティング:田端利江
制作プロダクション:スターサンズ
制作協力:RIKIプロジェクト
配給:スターサンズ
(2023年/日本/144分/カラー/シネスコ/5.1ch)
(C)2023『月』製作委員会
公式HP:tsuki-cinema.com
公式Twitter:@tsuki_movie

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