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「5人に1人がプロデビュー」令和の“トキワ荘”、プロ漫画家を生むシステム構築と功績

 2006年に設立されたプロの漫画家を目指すクリエイターを支援する「トキワ荘プロジェクト」。手塚治虫などの昭和を代表する漫画家たちが若手時代に暮らし切磋琢磨したアパート「トキワ荘」を彷彿とする同プロジェクトが、15周年を迎えた。設立の背景や現代の漫画家に必要なことについて、責任者である特定非営利活動法人NEWVERYの菊池氏に話を聞いた。

漫画家は孤独な作業だからこそ、オフライン・オンラインでつながるコミュニティが重要

――今年15周年を迎えました「トキワ荘プロジェクト」は、どのような経緯でスタートしたのでしょうか?

菊池さん これまで漫画家としてプロデビューをするためには、出版社が集中する東京に住むことが王道のルートでした。自分のマンガを制作しながら、東京に住む漫画家のアシスタントをして、出版社に持ち込むという流れが通例でした。そこで、収入が十分でない若手の漫画家のために、手頃な料金での住まいを提供する事業としてスタートしました。

――どのようなバックボーンのもと、プロジェクトが始動したのでしょうか?

菊池さん 私自身が、漫画家を目指していたという過去があります。漫画家は孤独な作業でありながらオフライン・オンラインでつながるという手段も少なく、周囲に理解を得られにくい職業でした。それは今も変わらない部分はありますが、特に理解者の必要性を強く感じていました。私の場合は、そういった環境で集中して漫画を描きたいという想いもあり、漫画関係の学校に通いました。漫画を描いていることを肯定され、励まされる空間を実体験し、漫画家を目指す者同士のコミュニティの重要性を知り、「トキワ荘プロジェクト」の設立へと繋がりました。

――支援内容について教えてください。

菊池さん 「住居」「成長」「仕事」の3つのプログラムで構成しています。住居支援では、東京を拠点としたシェアハウスで、同じ目標を持つ仲間とのコミュニティの場を提供しています。そして成長支援としては、マインドセット研修や定期的な審査を行い、PDCAサイクルを自ら回し、セルフマネジメントができるように、ビジネス界の人材育成の技法を応用し、プログラム化しています。また仕事支援では、NEWVERYが受託した漫画・イラスト・アニメーション関連の制作業務を通じてチームとして働き、実践的な技能や職業観を養っていきます。

――「トキワ荘プロジェクト」の現在について教えてください。

菊池さん 開始から今年6月までは、民家をシェアハウスとして利用していたため、1棟あたり5、6人の制限がありました。今年6月に40人規模の大型シェアハウスを開設し、多様なバックグラウンドを持つ漫画家志望者と出会い、成長できる住まいを実現しました。ハード・ソフトの両面での施策が有機的に結合し、人間的な面での成長につながっていると感じています。

懸命に努力する姿を仲間と対面でリアルに認識し合うことが、今の時代ではむしろ大切

――これまでに570名以上が入居し、125名以上がプロデビュー。5人に1人と高い実績を残せた秘訣とは?

菊池さん 生活の場を通じて仲間と出会い、漫画家を目指して競い合うことで、それぞれが自分自身にとっての具体的な目標と締め切りを、自然と意識するようになりました。ネットを通じてバーチャルに知る仲間ではなく、リアリティのある存在として目の前に同じ目標を持つ者がいるわけですから、自分自身もサボってはいられないという焦りがでます。NEWVERYでは、メンバーの相性や作品の方向性を十分に把握し、お互いの競争に適した環境づくりに努めました。その地道な積み重ねが、成果につながったと考えています。

――どのような方が漫画家としてプロデビューされたのでしょうか?

菊池さん 後にアニメ化された西修先生(『魔入りました!入間くん』/NHKアニメワールド)や坂本拓先生(『潔癖男子!青山くん』/TOKYO MXほか)、足立いまる先生(『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』作画担当/AT-Xほか)を始め、『数学ゴールデン』の藏丸竜彦先生、『はぐれ勇者の異世界バイブル』の那珂山みちる先生、『LV2からチートだった元勇者候補のまったり異世界ライフ』の作画を担当した糸町秋音先生など、プロの漫画家として活躍されています。

――出版社などの企業と強いパイプがあるのでしょうか?

菊池さん 「トキワ荘プロジェクト」の成長支援のひとつとして、出版社と連携した“出張編集部”を設けています。過去には、西日本最大規模の漫画イベント『京都国際マンガ・アニメフェア(京まふ)』に参加し、約70編集部、約20社の出展をコーディネートし、約500名の漫画家志望者と出版社をつなぐ取り組みを行いました。そのほか、出版社と連携した勉強会や漫画の持ち込み会など、さまざまな講座も行っています。

――昭和を代表する「トキワ荘」は、木造2階建てのアパートに手塚治虫さんや藤子不二雄さんら、錚々たる漫画家が居住していました。それを継承するかのような「トキワ荘プロジェクト」ですが、異なる立ち位置もありますか?

菊池さん 昭和のトキワ荘を生んだ社会環境と、令和では異なります。当時、漫画家は、今ほどにはまともな職業だと思われていませんでした。漫画家を目指す若者がひとつの場に集まることは、現代とは想像がつかないほどの意義があったと思います。現在は、漫画家を目指す他者の存在がネットを通じて可視化され、スマホで漫画制作スキルの情報が簡単に手に入り、デジタル&オンラインで制作活動ができる時代です。しかし、ネットを通じて自分の弱点を指摘してくれるフォロワーはいるのでしょうか。オンラインで誰でもつながる時代だからこそ、逆に誰も気にしてくれない時代でもあります。

――では、どのようなことを大切にしているのでしょうか?

菊池さん 私たちは、対面で接し、懸命に努力する姿をリアルに認識し合うことが、今の時代ではむしろ大切だと考えています。時代背景を無視して漫画家が一緒に住んでいるというだけで、「令和のトキワ荘」と位置付けて自己満足するのは、運営者として大変危険なことだと思います。次世代の作家を支える私たちは、現代の社会環境に適した成長の場を慎重に見極め、その方法論を常に定義、実装していかなければなりません。昭和のトキワ荘のように、社会に大きな影響を与えた作家たちを生んでいけるよう、挑戦していきたいと思っています。

デジタルの普及により制作以外の総合的な職業人としての成長が求められる

――昭和のトキワ荘のように時代を象徴するような漫画家を生むには、現状では何が足りていないのでしょうか?

菊池さん 漫画の楽しみ方が多様化した現代において、時代を象徴するような作品を生むためには、あらゆる分野の知恵を反映した圧倒的な創作力が必要です。作家1人ひとりに任せて自然と実現できるものではなく、周囲のサポートが欠かせません。その点で私たちには、協力関係にあるクリエイターや企業の数がまだまだ足りていません。今後は、アニメや映像、音楽、現代アートなどのクリエイターと連携してチームをつくるだけでなく、テクノロジー、金融、法律などの専門分野の企業とタッグを組んで、作品を社会に広げていくためのサポート体制を築いていきたいと考えています。

――15年間プロジェクトを運用し、手応えは?

菊池さん 時代に即したプロジェクト運営と価値提供ができていると同時に、私たちも常にチャレンジを要求される難しい分野でもあると感じています。近年は、漫画家が活躍できるフィールドも増えました。そこでNEWVERYでは、新たに一般企業向けの漫画制作事業をスタートしました。会社の方針を分かりやすく漫画で伝えるなど、同事業は多くの企業や団体から好評を得ています。「トキワ荘プロジェクト」と漫画制作事業を合わせた複合的な活動で、漫画家たちの活動のフィールドを広げている、という実感があります。

――世界的にも日本の漫画やアニメは、高い評価を得ています。次世代の漫画家を育成する上で、「トキワ荘プロジェクト」の存在意義や役割とは?

菊池さん 日本における漫画界発展の歴史に過度にとらわれることなく、新しい時代の漫画のあり方を常に模索しながら、人材育成のためのベストな方法を導入していく必要があります。「トキワ荘プロジェクト」は、名前こそは昭和の郷愁を誘うものではありますが、システムとしてはビジネスでの最新の手法を採り入れています。21世紀における人材育成のベンチマークとなる存在となっていきたいです。

――現在の課題や今後は?

菊池さん デジタルの普及により、本来出版社が担う宣伝やマーケティング業務が、作家個人のレベルに下りてきているケースが見受けられます。同時に高度な制作過程においては、作家個人で行うのではなく、相互補完的にチームを作り、分担して制作していくことも一般化しています。そのため作家は、制作以外の面を含めた総合的な職業人としての成長が求められ、チームでの働き方を学んでいく必要があります。その点で私たちは、より実践に即した学びの場を設けていく必要があります。今後は、一般企業向けの漫画制作事業を拡大し、そのなかで実践的な経験を積み重ねながら、漫画家として持続的に成長できるように、長い期間をかけてサポートしていきたいと考えています。
◆「トキワ荘プロジェクト」オフィシャルサイト(外部サイト)

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